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アルミニウム容器とアルツハイマー病の話

この文書の元は1995年頃,パソコン通信のボードに書き込んだものである。それを若干改変して,1997年4月頃,喫茶MLで話題になったときに投稿した。今回,青空MLで話題になったので([4561][4569][4570][4571]),若干の新しい情報を追加し,webで公開することにした。

最終更新:
2002年 9月 17日 (火曜日) 18時45分
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「アルミニウムと健康」(日本アルミニウム協会提供)
提供者の立場から考えても当然のことながら,肯定的言説には激しい否定的言説をぶつけている。
日本アルツハイマー病協会「予防」のところと「資料」のところに,いくつかの疫学研究の結果が紹介されているけれども,このサイトの重点はケアにあるように思う。
アルミニウムそのものとアルツハイマー病の関係について
●Garruto RM (1991) Pacific paradigms of environmentally-induced neurological disorders: clinical, epidemiological and molecular perspectives. Neurotoxicology, 12: 347-77.

動物実験と南太平洋の鉄アルミナ質土壌の地域では中枢神経の変性疾患が高いことを組み合わせて,アルミニウムが中枢神経の変性を促しているかもしれないと論じている。

●Fasman GD and Moore CD (1994) The solubilization of model Alzheimer tangles: reversing the beta-sheet conformation induced by aluminum with silicates. Proceedings of National Academy of Sciences, USA, 91: 11232-11235.

アルツハイマーで死亡した患者の脳の二つの病変部位の一つで神経原繊維変化(neurofibrillary tangle)を起こしているところがあり,そこからアルミニウムがみつかって,そこから得られたタンパクに3価のアルミニウムイオンを加えたところ,高次構造がαらせんやランダムコイルからβ構造に変わり,十分な量のアルミニウムを加えると,ついにはタンパクが不溶化して沈殿してしまうことがわかった。

→アルミニウムが病変を引き起こしたのか病変部位にアルミニウムが引き寄せられたのかは不明。
●Vyas SB and Duffy LK (1995) Stabilization of secondary structure of Alzheimer beta-protein by aluminum(III) ions and D-Asp substitutions. Biochemical and biophysical research communications, 206: 718-723.

3価のアルミニウムイオンは、脳内のアミロイドタンパクのアスパラギンが3箇所で右旋性のものに置換されたもの(アルツハイマーアミロイドタンパク)と協調作用して、そのタンパクのβ構造の特徴を強化し安定させる役割がある。

→アルミニウムがあるとアルツハイマーが悪化する可能性があることを示唆するので,イニシエータかどうかは不明だが,プロモータになりうるとはいえる。
アルミニウム曝露中,飲食物の寄与は?
●Soni MG et al. (2001) Safety evaluation of dietary aluminum. Regul. Toxicol. Pharmacol., 33(1): 66-79.

食物や調理に使われる水や容器からの溶出などは,制酸剤や鎮痛剤のアルミニウム含有量に比べればずっと小さい。健康な人体はアルミニウムを吸収しないような効果的なバリアをもっているので吸収率は1%未満であり,大部分は尿(と糞便)中に排泄されてしまう。アルミニウムを脳に直接打ち込めば神経毒性を発揮することが動物実験でわかっている。カナダで高レベルのアルミニウムダストに職業曝露したヒトについては,認知能力や神経学的な損傷が見られた。しかし,食物からの摂取で健康なヒトがアルツハイマーになったという臨床事例はない。アルミ容器を使ったときに食物中のアルミニウム濃度が有意にあがったという報告はあるが,その絶対値は小さい。

●Marcus DL et al. (1992) Dietary aluminum and Alzheimer's disease. J. Nutr. Elder., 12(2): 55-61.

普通に食物や水から摂取されるアルミニウムは,1日当たりせいぜい12-14 mgであり,脳においてありうるアルミニウム濃度は1リットル当たり10-15から10-5モル程度である。このレベルのアルミニウム濃度では脳における糖代謝に影響は出ない。

●飲料水中のアルミニウム濃度が高い地域は,低い地域に比べてアルツハイマー病の発症リスクが高いとか,認知機能に差があるといった疫学研究(とくに地域相関研究)がたくさんある。リスク比が1.35〜2.6くらいだが,概ね有意である。
→ただし,飲料水中のアルミニウム濃度が高い地域では,土壌の性質から考えてマンガン濃度が高い可能性やカルシウム濃度が低い可能性があるから,地域相関研究だけではアルミニウムが悪者という証拠にはならないと思う。
●Wettstein A, Aeppli J, Gautschi K, Peters M (1991) Failure to find a relationship between mnestic skills of octogenarians and aluminum in drinking water. International Archives of Occupational and Environmental Health, 63: 97-103.

上記多くの地域相関研究とは異なり,飲み水中のアルミニウム濃度と記憶力は関連がなかったという論文。ただし,80歳代の人を対象にしているので,アルミニウムによって引き起こされたアルツハイマーの人は既に死亡している可能性があるし,検査が限定的と思われる。

●Rogers MAM and Simon DG (1999) A preliminary study of dietary aluminium intake and risk of Alzheimer's disease. Age and Aging, 28: 205-209.

飲料水中のアルミニウム濃度に注目した研究は多いけれども,それよりもずっと濃度が高い食物中のアルミニウム濃度に注目した研究がなかったので,23人ずつという小規模な患者対照研究をやってみた結果,パンケーキやワッフルやビスケットなどのアルミニウムが多い食べ物を食べてきた割合が,患者と対照の間で有意に違っていた,という論文。

●Grant WB et al. (2002) The significance of environmental factors in the etiology of Alzheimer's disease. J. Alzheimers Dis., 4(3): 179-189.

Challenging Views of Alzheimer's Diseaseと題して2001年7月28-29日にシンシナティで行われたミーティングの報告。酸化的ストレスを介した神経毒性があるためにアルミニウムがアルツハイマー病を悪化させる報告が数多くあったとしている。

●Lindsay J et al. (2002) Risk factors for Alzheimer's disease: A prospective analysis from the Canadian study of health and aging. Am. J. Epidemiol., 156(5): 445-453.

カナダでの5年間のフォローアップによる疫学研究でアルツハイマー病のリスクファクターを調べた結果,喫煙や高血圧や制酸剤(アルミニウムを多く含んでいる)の使用はリスクと無関係だった。もっとも,この研究の力点は,非ステロイド系抗炎症剤の使用,ワインやコーヒーの摂取,定期的な運動がアルツハイマー病のリスクを低下させるという点にあるようである。

→つまり,疫学研究レベルでも結果に一貫性がないということだ。おそらくアルツハイマー病の発症が,遺伝素因も含めて,複雑な要因が絡み合って起こることによるのだろう。
容器から食べ物や飲み物へのアルミニウムの溶出について
●Gramiccioni L et al. (1996) Aluminium levels in Italian diets and in selected foods from aluminium utensils. Food Addit. Contam., 13(7): 767-774.

酸や食塩が強い食品のときに溶出が比較的大きいが,すべての食品がアルミニウム容器で調理され保存された場合でも,それ起源のアルミニウム摂取量は一日あたり6ミリグラム程度にしかならないので,1週間に体重1キログラムあたり7ミリグラム(成人男性で1日約60ミリグラム)というFAO/WHOの基準値(正確に言えば暫定許容水準)に比べて非常に低い(約10分の1)。

●飲料缶の内側はコーティングされているので,酸性の液体と接していてもアルミニウムはほとんど溶出しないと考えてよい。鉄におけるバンツーシデローシスのように,空気に触れている状態で,コーティングされていない金属容器にビールを入れておけば溶出量も増えてくるだろうけれども,飲料缶内部はコーティングされているのみならず密閉されているので,まず大丈夫だろうと思われる。
まとめ
以上あげた知見は,凡そ次のようにまとめられると思う。アルミニウムとアルツハイマー病に関連がないとはいえないだろう。しかし,容器からの溶出は,通常,他の摂取経路に比べてきわめて小さい。したがって,ここから引き出される結論は,もともとアルミニウム含有量が高い水を飲んでいたり,職業的なアルミニウム曝露があったり,アルミニウムを含む食品をたくさん食べているといった理由でハイリスクなために,少しでもアルミニウム摂取量を減らしたい,というのでもない限り,アルミニウム製の調理容器や,内側がコーティングされているアルミ缶について神経質に忌避する必要はないということになると思う。しかしもちろん,基本的には選択の問題である。ほとんど無視できるからといっても,ゼロではないことが気持ち悪ければ,圧倒的なアルミ容器の利点があるわけでもないので,無理にアルミ容器を使う(選ぶ)理由もないと思う。

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