書評:野尻抱介『ロケットガール』

最終更新: March 5, 2010 (FRI) 14:00 (旧書評掲示板ファイルから再現)

書誌情報

書名出版社名
ロケットガール富士見ファンタジア文庫
著者名出版年
野尻抱介1995

書評

ソロモン諸島から女子高生がロケットに乗って宇宙に行って帰ってくる話。思考実験という意味ではSFであるが,性善説だし読者を元気にすることを目指しているようなので,むしろ青春小説といった方がよいかも。ただし,夢が主体的に描かれないのがやや不満。その辺は続編で描かれるのかもしれないが。それと,ソロモン諸島であることには殆ど意味がないのも不満である。この設定ならトロブリアンド諸島民であってもいいし,ミクロネシアの島でもいいのではないか。せっかくソロモン諸島を舞台にするなら,それを生かして欲しい…と,「ソロモン諸島」に惹かれて買ったぼくなどは思うのであった。

宇宙に飛び出すことに関しては厳密な考証がなされているようだ。「夏のロケット」と比べると,それぞれ凝っているところが違っていて面白い。もっとも,富士見ファンタジア文庫の読者層に配慮してか,妙な読者サービスが仕掛けられていて,そこがちょっとひっかかる。表紙イラストも,大人が買うのはちょっと恥ずかしい。常軌を逸した楽天的両親とか,マッドな科学者たちとか,この手の作品の定番ではあるが,それだけに安心して読める面もあるので,功罪両面ある設定である。ぼくは主人公ゆかりの母親みたいな人は好きだけど(あ,感想になってしまった)。

傷はたくさんあるのだ。第一に,ゆかりがBMI15.6というのは,栄養学的におかしい。ほぼ間違いなく,病的な栄養失調である。ストーリー上軽い方が望ましいからといっても,そこまで痩せさせる意味はなかろう。絶対に普通の食欲がある健康な人の体重ではない。普通に食べていてこれだったら腸管における栄養吸収になんらかの異常がみられる筈だ。最近はミクロ系人気とかいうのもあることだし,150 cmで40 kgのBMI 17.8くらいの設定でもよかったのに,と思う。

第二に,いくら父が同じと言っても,異母姉妹でそんなに似るか? という問題がある。ミトコンドリアを初めとして細胞質の遺伝因子が全然違うんだから,違うのが当然の筈だ。しかもソロモン諸島に住んでいるのに,妹の方までが姉と同じく栄養失調的な痩せ方をしているという設定は,どう考えてもおかしい。それとも父親のX染色体に特殊な遺伝子が存在することを暗示しているのだろうか。 それなら凄いけど。

第三にソロモン諸島の記述がおかしい。漆黒の肌の人が多いのはWestern Provinceだけなのだが,Westernには高い山があったり毒蛇がいるような島はないのではないか。ビザの取得は,英領時代は英国大使館で可能だったが,独立後はヘンダーソン空港で入国時にとるようになった筈だ。日本で取ったような記載はおかしくないか? さらに,ホニアラに行くならニューカレドニア経由よりもブリスベーン経由かポートモレスビー経由が普通ではないか。

と,細かいことを言い出せばきりがないのだが,パラレルワールドの人だったりパラレルワールドの仮想ソロモン諸島だったりするのかも知れないから,SFあるいはファンタジーと考える限りそういう傷は無視できる。物理化学的な法則は現実世界と一致していることで(もちろん細かいことをいえば,生物だって物理化学的な法則に従っている筈なのだが,まあそれは置いておく),現実から架空へのジャンプはうまくいっており,思考実験として楽しめる作品となっている。こういう作品には,心の内面がほとんど描かれていないなんて不満は言うだけ野暮なんだろうな。

【Nov 13 (fri), 1998, 13:12記】


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