枕草子 (My Favorite Things)

【第130回】 子どもの時に虫垂をとってしまった女性は出生力が高い? (1999年4月14日)

昨夜は22:30頃家に着いたのだが,上の子が寝ぼけて起きてきて,「ただいま」と言って抱いていたら腕の中で眠ってしまった。うーん,やはり遠くても別居は考えられんなぁ,今のところ。今朝は靄がひどかったのだが,5:40に家を出たときはほとんど晴れていたので実害はなかった。いや,自転車で駅まで飛ばしても15分かかる都合上,視界が開けていないと怖いのである。始発は6:00だから本当は5:30に出ると余裕があるのだが,昨夜帰ってから仕込んでおいた水出し紅茶(Sikkim, Temi Estate)を500 mLのペットボトルに移し,鞄に入れるのにやや手間取ったので,自転車を飛ばす羽目に陥ったのだった。いや,それにしてもSikkimの水出しはうまい。なに,作り方は簡単である。普通のガラスポットに水を入れ,茶葉をやや多めに入れて,そのまま冷蔵庫で何時間か放っておけばよい。ペットボトルに漏斗を差して,茶漉しを通して注ぎ込めばできあがりだ。満足満足。ついでだから書いておくが,自転車をよく使うおかげか,夕食が遅いにもかかわらず腹の脂肪が落ちてきたような気がする。店頭で精米してくれる「みのりや」という近所の店で買った米を炊いてみたら,水が良いこともあってうまいので朝から山盛りで食べているのだが,胃にもたれることもないし,体調もよい(もっとも,なぜか東京にくると鼻水が出るのだけれど,きっと花粉症の名残であろう)。やはり水は生活の基本であると思う。

…って,今日はその話ではないのだった。表題は,British Medical Journalの最新号に出ていた論文の結果である。なにやら一見,風が吹くと桶屋が儲かるといった感じの冗談みたいな話だが,データはクリアなのだ。虫垂といえば,炎症を起こしたときの急性虫垂炎が俗に「盲腸」としてよく知られており,そうならない限り摘出手術はしないものだと思っていたが,実は摘出してみたら炎症を起こしていなかったケースが20%から30%にもなるのだそうだ(少なくとも北欧の場合)。著者らの結論によれば,不幸にしてそういうケースになった女性は,一般集団よりも高出生力の素因をもったサブグループに属しているということだ(つまり,この研究は幼時の経験が成人してからの健康に影響するという生活史分析のフレームではなく,あくまで遺伝的素因という立場である。生活史分析と遺伝疫学の話もおもしろいので,また稿を改めて書く)。といっても俄には信じがたいと思うので,もう少し細かく説明しよう。

著者はスウェーデンの大学病院の外科医と,医学疫学及び統計の専門家の合同研究グループである。穿孔性の虫垂炎が腹膜の癒着などによって卵管の機能不全を起こし子宮外妊娠や不妊のリスクを高めることは以前から言われており,外科医は,「診断の正確さを多少犠牲にしても,とにかく虫垂摘出手術は早めにする」ことを推奨してきたのだが,誤診,つまり炎症がなかった場合の予後の長期的な影響をみることはこれまであまりされてこなかったし,実は正しく診断された場合についても本当に出生力低下を防ぐのに役に立っているかということは十分な定量的評価を受けてこなかったので,それを試みたというわけである。

データは,1964年から1983年までの間に虫垂摘出手術を受け,そのとき15歳未満だった9840人の女性と,対照として誕生日をマッチングしてランダムに選んだ,虫垂摘出手術を受けていない47590人の女性の,全出産回数と初産年齢である。虫垂摘出手術を受けた人のうち,退院時の診断が虫垂炎だった人は6714人(うち穿孔性が899人)で,残り3126人には虫垂に炎症がなかった。転居したり死亡したり観察期間中に出産がなかったりという打ち切りデータも含めた解析をするため,Coxの比例ハザードモデルを使っている(ただし全年齢プールすると比例ハザード性が満たされなかったために,年齢を3群に層別化している)。

結果としてわかったのは,次のことである。(1)子どものときに穿孔性の虫垂炎で虫垂切除した女性は対照と初産年齢に差がなく(ログランク検定でp=0.20),虫垂炎でないかまたは穿孔性でない虫垂炎で子どものときに虫垂摘出した女性は対照よりも初産年齢が有意に早かった(ログランク検定でp<0.001)。この関係は手術時の年齢と出生年をコントロールしても変わらなかった。すべての変数を使った回帰分析では,手術時の年齢は有意でなかったが,出生年の有意効果があって,1960年以前に生まれた人に比べて,それ以降に生まれた人は初産年齢が有意に遅かった。(2)観察期間中の総出産数は,虫垂炎でないかまたは穿孔性でない虫垂炎で子どもの時に虫垂摘出した女性は平均それぞれ1.61と1.36で対照の1.27より有意に多く,,穿孔性の虫垂炎だった女性は1.21で対照と有意差がなかった。

以上より,著者は穿孔性の虫垂炎だった女性も出生力は低くないので,「怪しければ摘出」という方針は正当化できないと論じている。誤診で摘出された女性の出生力は却って対照より高かったわけだが,これは,出生力が高くなりがちなことが知られている,教育期間が短く社会経済階層が低い女性にそういうケースが多かったことによるのだろうと示唆し,それゆえ誤診で摘出するのはよくないだろうと結論している。

結論そのものはいいとしても,この論理にはちょっと穴があると思う。穿孔性の虫垂炎の女性だって,もともとは対照の女性より出生力が高かったかもしれないではないか。つまり,穿孔性でないのに摘出された女性の教育期間や社会経済階層が低かったかもしれないという推論がなりたつのなら,穿孔性の虫垂炎で虫垂摘出された女性だって教育期間や社会経済階層が低いかもしれないという推論も同じように成り立つ筈である。その意味で,この結果だけから「怪しければ摘出」は必要ないと言い切ってしまうのには無理がある。甘いなあ。ま,目を引くのは間違いないけどさ。

文献:Anderson, Roland, Mats Lambe, and Reinhold Bergstrom (1999) Fertility patterns after appendicectomy: historical cohort study. British Medical Journal, 318: 963-967.


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