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【第194回】 雪辱(2005年1月14日)

6:35起床。2度目のアラームということだ。

着替えと食事と食器洗い等々したら,7:36になっていた。まずい,もし長野電鉄が定刻に来てしまうと,たぶん走っても間に合わない。さりとて,この雪道というかアイスバーンを自転車で強行するというのも,20分で間に合う確率は限りなくゼロに近い。しかし,これまで3日間の実績からして,長野電鉄は遅れるのではないか? しかも,昨夜は晴天だったし,今も降ってはいないから,昨日までほどは遅れないのではないか?

0.05秒で,そう判断をくだし,ぼくは長野電鉄の駅まで走った。すると,期待通りに2分遅れで,長野電鉄各駅停車長野行きが入線してきた。無茶苦茶に混んでいるのはこれまで3日と同じだが,今日は7:51くらいには長野駅に着きそうだと思うと,心が弾んで,電車が揺れるたびに周りの人たちとまるで粉体のように微妙にずれながら揺れるのは気持ち悪いのだけれども,耐えるのも苦にならない。

果たせるかな,往路あさま504号には,2分の余裕をもって間に合った。しかも4号車まで自由席だ。これは,昨日まで3日間の雪辱を果たしたと言っていいだろう。雪のせいだったから,まさに雪辱……って,本当にそういう語源なのかどうかは知らないが,ともかく溜飲が下がった。


こんなことをしている暇はないような気もするが(でも研究の一環として,いつかはやらねばならないことだから,時間の無駄ではない),リスクコミュニケーションの試みを作ってみた。この試みは,研究室に来るために新前橋から自転車を漕いでいる途中で思いついて,漕ぎながらその思いつきに没入してしまったため,細い道の信号が赤に変わったのをまったく見過ごしてしまい,危うく車に轢かれるところだった。いや,信号待ちをしていた車のドライバーの方が冷静に停まっていて下さったので事なきを得たが,我ながら大迷惑野郎であった。危ない危ない。

資料作りは完了しなかったが帰途に着いた。金曜なので復路あさま571号が長野行きになるのだが,長野電鉄はそんなに本数が無いので,結局帰宅時刻は昨日と同じだった。

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