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精神保健(テキスト第12章)

テーマとしては,いかにして心の健康を保つかということ。また,それを可能にする社会システムはどうあるべきかということ。最大のポイントは,誰にとっても他人事ではないということ。テキストp.306にあるように,「健康と精神障害(疾病)の間に明確な線が引けるわけではなく,むしろ両者は連続した状態」であり,自分の問題として考えるべき(他の疾病と同様に)。

精神保健と心の働きの理解

精神保健(mental health)とは?
●心の健康を保つこと。物質的基盤でみれば心は脳の機能であり,mental healthとspiritual healthは異なる。ただし,健康自体が社会の文脈に依存するし,身体と独立ではないので,大脳生理学的条件だけでは規定されない。精神は行動に表出するので,その理解には行動観察が手がかりとなる。
精神状態の要素
●意識(consciousness):外的な刺激に対して個人が反応する程度。脳に障害が生じると意識レベル(覚醒レベルともいう)は低下する。自分では認識できない精神活動としての無意識(unconciousness)とは別の話。(注:テキストではこの説明だが,unconciousnessの対義語としてのconsciousnessもある。例えば,ロジャー・ペンローズ『心は量子で語れるか』講談社ブルーバックスでは,まさしくその意味で,意識には2つの異なる側面があり,1つは意識の受動的な側面でawarenessが含まれ,知覚や記憶の利用も含まれるが,もう1つは能動的な側面で自由意志の概念や自由意志の下での行動が含まれる,と述べられている)
●知覚(perception):視覚,聴覚,味覚,嗅覚,触覚,痛覚,平衡感覚など。それぞれ特定の感覚器官で感知され,中枢に伝わる。
●記憶(memory):記銘(情報を覚えること),保持,想起からなる。短期記憶と長期記憶がある。長期記憶にもエピソード記憶と意味記憶がある。
●感情(emotion/feeling/affection):選好(preference),評価(evaluation),気分(mood),情動(emotion/affectivity)に分類される(注:英語はテキストによってばらつきがある)。
●動機づけ(motivation):行動を起こすもとになる目的,欲望,やる気など。生物学的動機と社会的動機に大別できる。複数の動機が相反するとき,葛藤(conflict)が生じる。動機による行動が妨害された状態を欲求不満(frustration)という。欲求不満状態では(1)攻撃的反応,(2)代償的反応,(3)自我防衛的反応等が生じる。Maslow AH (1954) "Motivation and Personality" Harper & Row, New York.が動機づけとなるニーズを5段階(five fundamental needsとして,physical health, security, self-esteem, love-belongingness, self-actualization)に分け,広く引用されている。
●学習(learning):生得的にはもっていない行動を後天的に獲得すること(獲得するための能力自体は先天的に備わっていて,遺伝的プログラムと呼ばれる)。条件反射は学習の一種である。動物行動学者の日高敏隆は,『人間は遺伝か環境か? 遺伝的プログラム論』(文春新書, 2006年)の中で,ヒトの学習は集団の中でなされる点に特徴がある(p.72)と述べている。
●人格(personality):個人ごとの感情,動機づけ,行動の仕方に一貫した特徴。性格(character)や気質(temperament)は人格の一部。ロールシャッハ,YG,内田クレペリンなど古典的な「性格診断」は科学的根拠が無いテスト(cf. 村上宣寛『「心理テスト」はウソでした 受けたみんなが馬鹿を見た』日経BP社,2005年)だったが,基本的な性格が外向性(Extraversion),協調性(Agreeableness),勤勉性(Conscienciousness),情緒安定性(Emotional Stability),開放性(Openness to Experience)の5因子からなるという(注:5因子の構成は論文によって微妙に異なるが,これが代表的であろう。e.g., Barrick MR, Mount MK: "The big-five personality dimensions and job performance: A meta-analysis." Personnel Psychology, 44: 1-26, 1991; Gosling SD et al.: "A very brief measure of the Big-Five personality domains." Journal of Research in Personality, 37: 504-528, 2003)「ビッグ・ファイブ」仮説は,多くの研究者から支持されている。ただし,この因子を抽出するためのテスト方法はいろいろ提案されていて,他言語に翻訳したときにもテストとしての信頼性が保たれるかは実証される必要があり,日本語版について取り組んだ1例として,村上宣寛(2003)"日本語におけるビッグ・ファイブとその心理測定的条件." 性格心理学研究, 11: 70-85.が,妥当性はあるものの細部では英語圏と異なった構造をもつ可能性があることを指摘している。他の性格因子としては,「タイプA行動パタン」(Friedman M, Rosenman RH "Association of specific overt behavior pattern with blood and cardiovascular findings." JAMA, 169: 1286-96, 1959:競争心や攻撃性が強く時間の切迫感をもちながら努力するタイプ),「ハーディネス」(Kobasa SC "Stressful life events, personality, and health: An inquiry into hardiness.", Journal of Personality and Social Psychology, 37: 1-11, 1979:ストレスのかかった条件下での積極性,コントロールできるという感覚,新しい状況や挑戦を楽しむ姿勢によって特徴付けられる)といったものについて,健康との関連が指摘されている。
社会の中での人間〜社会心理学的接近
文化も精神活動の産物
集団内でのアイデンティティの位置付け,相互作用による互いのアイデンティティの変容
社会的支援の影響
集団への帰属と個人の自立の両立の重要性
これらを研究する学問分野が社会心理学。伝統的には実学。しかし科学を志向して(参考:竹村和久(編著)『社会心理学の新しいかたち』誠信書房,2004年),リスクコミュニケーションや合意形成,マルチエージェントモデリングなどを含んだ研究が展開されつつある。

精神活動と身体の状態の関連

なぜ精神と身体は関連があるのか
●大脳から神経伝達やホルモン分泌調節を介してその他の臓器にも影響が出るから。
●ヒトの大脳新皮質には約140億の神経細胞があり,1個の神経細胞につくシナプスは約1万。神経系は中枢神経系(脳と脊髄)と末梢神経系(その他)に分けられる。意識や知能などの精神活動は脳の高次機能が主体で,その主役は大脳新皮質(とくに連合野)。記憶には海馬など大脳辺縁系も大事な働きをしている。脳の機能の局在性は,脳の障害をもった患者を研究することでかなり明らかになってきた。この辺りの話については,V.S. ラマチャンドラン,サンドラ・ブレイクスリー著(山下篤子訳)「脳のなかの幽霊」角川書店,1999年が面白い。
欲求と適応
●欲求には一次欲求(生きていくために必要な生理的欲求:食欲や睡眠)と二次欲求(自我欲求及び社会的欲求:名誉欲や所有欲など,社会の中での自己実現を図りたいという欲求)がある。後者の方がより大脳依存。
●欲求が満たされない場合は欲求不満(frustration)となるが,そのとき欲求を断念したり,その欲求に結びつくイメージを排除しようとする心理的な動きを防衛機制(defence mechanism)という。
●自己実現に結びつくために努力するのは目標に到達するための適応行動なので合理的機制であり,目標をあきらめて別の満足に逃げるのは代償機制である。青年期に性的欲求が高まったときに学問,芸術,スポーツなどに打ち込んで代償機制を働かせることを昇華(sublimation)といい,うまく機制がとれずに精神的に幼稚な行動をとってしまうことを退行(regression)という。
●欲求不満が解消されない場合や人間関係が思うようにいかないなどが原因で日常生活に支障をきたすとき,不適応(maladjustment)を起こしているということがある。適応困難を起こしている状態をストレス状態(stress)といい,その心理社会的原因をストレッサー(stressor),結果としての心身の不調や生活の乱れをストレス反応 (stress reaction)と呼ぶ(なお,医学用語としてのストレスは,Selye H (1936)「外界からのさまざまな刺激に対する生体の共通した反応」として位置づけられた)。自分なりに適応状態を維持しようと努力することをストレス対処(stress coping)といい,周囲の支援(social support)が重要である(cf. Lazarus RSらのモデル)。

精神保健の課題

ライフステージに応じた支援
個人の努力だけで社会環境の変化に適切に対処することは難しいので,精神的健康を守るためには社会的・組織的援助が必要であり,それが精神保健の課題。ライフステージに応じた支援が必要。
(例)小児自閉症,不登校,ひきこもり,空の巣症候群,仕事上の悩みやストレスが原因のうつなど。
精神保健への国民の義務
精神保健福祉法第3条に,精神保健への国民の義務として,(1)精神的健康の保持及び増強に努める,(2)精神障害者等に対する理解を深める,(3)精神障害者等の自立と社会経済活動への参加に対し協力する,ことが明記されている。
精神の測定
精神的健康度の評価の目的は,正常・異常とか健康・不健康という画一的評価ではない。精神的健康状態をある程度定量的に把握することによって,支援をどのようにしたらいいかという対策を立てるのに役立つことが大事。
精神的健康度の測定方法は,大別すると,面接と質問紙による検査がある。面接は面接者(interviewer)と被面接者(interviewee, client)からなる。精神状態を把握するためのもっとも基本的な方法。ラポール(円滑な心の交流)が大事。情報を得るだけでなく,語ることで心の癒しをもたらす効果もある(治療的面接)。後者はカウンセリングや精神療法の現場で行われている。
質問紙検査は,既に述べた性格5因子を測定するもののほか,ストレス状態を把握するものとしてPSS (Perceived Stress Scale; 14項目からなる質問紙で,さまざまなストレスが掛かる状況を経験した頻度を尋ねるもの)等,認知機能を評価するものとしてMMSE(Mini Mental State Examination;30点満点の質問紙で点数が低いほど認知機能に障害あり)等,抑うつ状態を調べるものとしてGDS (Geriatric Depression Scale;高齢者において抑うつ症状を示す15項目の有無を尋ねるもの),CES-D,SDS,DSD,THI-D等が有名である。自殺者が年間3万人もいる現代において,その危険因子としてのうつ状態の早期発見の重要性から考えても,よい(簡便でかつ感度や特異度が高い)質問紙が必要である。

精神障害の現状と動向

受療率
受療率はガンや心疾患より高く,高血圧性疾患に次ぐ。
年々緩やかに増加。年齢別では90歳以上が最も多い。入院患者では統合失調症が60%を占め,次いで血管性及び詳細不明の痴呆,気分障害(躁うつ病を含む)である。外来では気分障害が約3割を占め,統合失調症が24%でそれに次ぎ,神経症性障害も2割近くなっている(2005年「患者調査」)。
病床数
全国の精神病床数は約35万で,うち約9割が私立病院。平均在院日数が327.2日(2005年病院報告)であり,他科より極端に長い。退院患者への社会支援システム(リハビリテーションシステム)が不備なために,社会的入院が多くなっている。
分類
分類の仕方には,原因による分類(内因性,外因性,心因性)と症状による分類(DSM-IVとICD-10)があるが,今後はより客観的で国際標準である後者が中心になるはず。他の病気と違って,精神科ではICDよりもDSM-IVが中心的に用いられている。DSMは多軸診断なのが特徴。
主な精神科疾患には統合失調症(schizophrenia),気分障害(mood disorder)【大うつ病(depression),双極性感情障害(躁うつ病)(manic-depressive syndrome)を含む】,癲癇(epilepsy),精神遅滞(mental retardation),認知症(dementia),アルコール依存(alcohol dependence),神経症(neurosis)といったものがある。統合失調症については,天才数学者ナッシュの半生を描いた「ビューティフル・マインド」を読むことをお薦めする。痴呆については脳血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆(アルツハイマー病ということの方が普通)が多い。

主な精神科疾患

統合失調症
10代後半から20代後半までの発病が多い
症状;幻覚・妄想およびそれらに基づく言動の異常。具体的には「幻視」;目の前に虫が飛んでいる、「幻聴」悪口や命令が聞こえる。「被害妄想」他人が自分に危害を加えようとしている、「空笑」独りでゲラゲラ笑う。「独語」独り言を言う、身だしなみがだらしない、話がまとまらないなど
以上の一つのみを認めても精神分裂病と即断できない。診断は精神科医が面接して行う。
有病割合;約0.7%(2005年)
原因;遺伝や養育者の接し方が考えられるが明確ではない。
経過;服薬の中断による再発が多い。幻覚・妄想の消失後、自発性、創造性、臨機応変さに欠け、仕事能力が低下する「欠陥状態」に陥ることがある。
以前は精神分裂病と呼ばれていたが,2002年に日本精神神経学会により統合失調症という疾患名になった。
抑うつ状態(大うつ病)
女性に多く、発病は30歳代に多い。
症状;抑うつ気分と活動性の低下。
具体的には抑うつ気分、悲観的な考え、自殺企図(うつ病の10-15%が実行;回復期に危険が高まる)、自己卑下、意欲減退、焦燥感、興味・関心の喪失、倦怠感、易疲労感、集中力減退
身体症状;睡眠障害(熟睡できず朝早く目が覚める)、肩こり、頭痛、頭重感、下痢、便秘、性欲減退、症状の日内変動(午前中は気分、体調が不良――午後には改善)
有病率;3-5%と考えられるが、軽症のものまで含めると非常に多い。
原因;明確でない。性格として几帳面、仕事熱心、気遣い、融通が利かないといった人が、人事異動(昇進を含む)、仕事の失敗、引越し、身内の不幸、子供の独立、離婚、経済的困窮、退職などを契機として発症することが多い。
経過;治療(服薬)により多くは1〜2ヶ月で回復。仕事等の負荷の軽減により回復が促進されることが多い。誘因が認められず、抑うつ状態を繰り返す場合を「うつ病」という。
躁うつ病
症状;「躁状態」と「うつ状態」が時期をおいて繰り返し出現する。「躁状態」では、気分の高揚、開放的、多弁、多動、疲れない、浪費、などを認める。
認知症
いったん獲得された知能が脳の器質的障害により持続的に低下した状態をいう。
脳血管性の認知症(認知症全体の40〜60%を占める)とアルツハイマー型認知症(同20〜30%)が主で,前者は男性に多く,後者は女性に多い。
以前は痴呆と呼ばれていたが,2005年から行政用語としては認知症を用いることとなった。
主要2つのタイプがともに加齢と共に発症率が増加するので,高齢化社会の進行に伴って増加するとみられている。

精神保健福祉活動

対象
対象は精神障害者を含む国民全員である。
目的
一次予防(狭義の予防),二次予防(早期発見と治療),三次予防(社会復帰)を図ることを目的とする点は,精神保健福祉活動も他の保健福祉活動と同様。
活動
活動を担うのは保健所(精神保健業務としては[1]管内の精神保健の実態把握,[2]精神保健福祉相談,[3]訪問指導,[4]患者家族会等の活動に対する援助・指導,[5]教育・広報活動,協力組織の育成,[6]関係機関との連携,[7]医療・保護に関すること,とされる)と精神保健福祉センター(保健所を指導・技術援助する目的で整備された専門機関で,各都道府県1つ以上。http://www.pref.nagano.jp/xeisei/withyou/list/list-mhwc_jp.htmにリンク集がある。群馬県では「こころの健康センター」)。
群馬県の特徴として,アウトリーチ活動(精神科で通報になりそうな救急事例に対して,医師,保健師,事務員のチームが出向いて対応する)に力を入れていることが挙げられる。早期発見が大事なので有意義。従来の医療・司法のあり方では適切な対処ができていなかったので,画期的な取り組みといえる。「こころの健康センター」の精神科救急情報センターが対処している。
精神保健二次予防に特異的な入院制度
病識の欠如により二次予防が困難な場合があり,都道府県知事は,2名以上の精神保健指定医の判定により入院しなければ自傷他害の恐れがある場合は強制的に入院させること(措置入院)が可能。
都道府県知事は,緊急の場合(自傷他害のおそれが著しく急速な対応を要する時)には,精神保健指定医1人の判断で,72時間以内なら強制的に入院させること(緊急措置入院)が可能。
精神病院管理者は,急速な対応を要するにもかかわらず保護者の同意が得られない場合,精神保健指定医1人の判断で,72時間以内なら強制的に入院させること(応急入院)が可能。
精神保健指定医1人の診察により入院が必要と判定された場合,精神病院管理者は,保護者または扶養義務者の同意があれば,本人が同意しなくても医療保護入院という形で入院させられる。その場合,精神病院管理者は,10日以内に同意書を添えて保健所長を経て都道府県知事に届け出る義務がある(精神保健福祉法第33条)。
このように,本人の意思に反して入院させる場合が多々あるのが精神科の特徴。
ただし,患者自身の同意に基づき,書面による意志の確認をしてから入院する「任意入院」が1999年度の場合,全体の約7割。
法制
現行の法律としては,1950年に制定され,その後何度も改正を経て,1995年から「精神保健および精神障害者福祉に関する法律」(通称「精神保健福祉法」)[全文:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO123.html]となった法律に基づいて行われている(国立療養所賀茂病院のサイト内,http://www.hosp.go.jp/~kamo/seido/seihohou.htmに詳しい。1995年改正までの法律はhttp://www.hosp.go.jp/~kamo/seido/seihoh11.htm,1999年改正により,2000年施行分がhttp://www.hosp.go.jp/~kamo/seido/seihoh12.htm,2002年施行分がhttp://www.hosp.go.jp/~kamo/seido/seihoh14.htm,2005年改正分がhttp://www.hosp.go.jp/~kamo/seido/seihoh17.htm)。
最初の法律は1900年制定の「精神病者監護法」で,私宅監置を公認したもの。
1950年「精神衛生法」でやっと私宅監置が禁止された。精神衛生相談所と精神衛生センターが設置された。1965年の精神衛生法改正で通院医療の充実が図られるようになった(通院医療費の公費負担)。
1984 年に宇都宮病院事件が発生し,1988年に患者の人権に配慮した「精神保健法」となった。
1995年に「精神保健福祉法」となって福祉の視点が強くなり,「自立と社会参加の促進のための援助」が目的として謳われるようになった。精神障害者保健福祉手帳が作られ,市町村の事業への参加も謳われた。1999年改正で市町村中心の事業整備(在宅精神障害者への福祉事業としてのホームヘルプ,ショートステイ事業)。また,社会復帰対策として,社会復帰施設の整備(生活訓練施設,福祉ホーム,グループホーム,作業訓練施設)が謳われた。
障害者自立支援法(2005年制定,全文:http://law.e-gov.go.jp/announce/H17HO123.html,厚生労働省内参考ページ:http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/02/tp0214-1a.html)施行に伴い,社会復帰施設の事業体系が大きく変わった。

精神保健福祉活動における今後の対策課題

早期発見と受診経路の確立(p.317,図12-12)
受療率が有病割合を大きく下回っているので,患者が相談できる窓口として,かかりつけ医師のほか,保健師や精神保健福祉センター「心の電話」などがまず重要。
次に保健医療従事者が必要に応じ精神科医を紹介するが,そこで専門医受診を躊躇する偏見を取り除くことが必要。
患者の重症度に応じて必要なだけの精神科医療を受けられるような体制の整備ももちろん必要
医療費負担の問題
精神保健福祉法32条による医療費負担の問題。大枠としての医療費削減という視点から見れば,厚生科学研究費補助金(厚生科学特別研究事業)総括研究の「精神保健福祉法第32条による通院医療費公費負担の増加要因に関する研究」(主任研究者:竹島正)などで指摘されているように,「公費通院制度の適用対象,適用範囲が不明確なことが,公費通院医療費の過剰な増加要因となっている懸念は否定できない」のだが,この適用対象や適用範囲を狭めることが,2002年10月1日から運用の変更ということで「通知」されたのは,なし崩し的に弱者切り捨てを生む危険を孕んでおり,精神保健福祉法第3条の考え方に反しているのではないかという批判もある。
患者の人権と公共の福祉
公衆衛生的によく問題になるのは,精神障害者の自己実現や人権と,公共の福祉との相克である。もちろん両立が理想なのだが対立しがちなので,2003年7月16日に成立した「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(医療観察法)[http://www.moj.go.jp/KEIJI/keiji22.html]の審議でも論点となった。この法律の第4章は「地域社会における処遇」にあてられており,入院による治療を行わない場合の地域での精神保健観察(保護観察所の長による処遇実施計画に基づく)などが定められている。ただ,これは実施計画に基づいて行われねばならないという点が「地域での」活動に馴染まない側面もあり,人の目が行き届いた伝統的地域社会ではうまく機能したであろう精神障害者に対する緩やかな監視や保護が,現在の地域社会においてうまく機能するかという点については未だ評価が定まっていない。
もっとも,医療観察法では,心神喪失又は心神耗弱の状態で重大な他害行為があった場合に,検察官による申し立てに基づいて鑑定入院を行い,裁判所における審判を経て入院又は通院で治療を行うことが規定され,加害者となってしまった患者の人権保護と社会復帰への道筋がつけられたという点は評価されるべきである。[参考:http://www.moj.go.jp/HOGO/hogo11-01.html]
うつと自殺の予防
1998年に全国自殺者は初めて3万人を超え,その後も高水準を持続。2006年にはわずかに3万人を下回ったが,2007年には再び増加し,全国で30777人(群馬県だけでも527人)。
2006年10月に制定された「自殺対策基本法」[全文:http://law.e-gov.go.jp/announce/H18HO085.html]で,(1)自殺対策の基本は,全ての国民にかかわる問題との認識をもって社会全体で取り組むことにある,(2)社会的要因への取り組みの必要性,(3)未遂者や遺族への支援の充実の必要性,(4)青少年や高齢者への世代別対策のあり方,が示された。
2007年6月には,「自殺総合対策大綱」[全文:http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/sougou/taisaku/pdf/t.pdf]が閣議決定された。「社会的な取組により自殺は防ぐことができるということを明確に打ち出すとともに,うつ病対策と併せ,働き方を見直したり,何度でも再チャレンジできる社会を創り上げて行くなど,社会的要因も踏まえ,総合的に取り組むこと」が謳われている。
7年連続自殺死亡率が1位となってしまった秋田県では重点的な取り組みが行われている(参考:http://www.phcd.jp/manual/kokoro/akita-jisatuyobo.html,健康秋田21重点分野5:http://www.pref.akita.jp/eisei/21healthguide/05.html)。群馬県でも取り組み中(平成17年「群馬県自殺防止対策会議」設置。平成20年3月自殺対策連絡協議会と庁内連絡会議の設置。群馬大学公衆衛生学教室を中心として「こころのチェックシート」を開発し,うつ症状や自殺のサインの早期発見を目指している)。
最近では「硫化水素による自殺の防止について」[http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/h2s/index.html]とか,自殺サイト対策[総務省「インターネット上の自殺予告事案について適切かつ迅速な対応を促進する取組」http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/051005_4.html]など,メディアの情報が影響していると言われている自殺の増加に対して,インターネット上で対策情報を発信するサイトやwebページも設置されている。
今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会
厚生労働省の検討会として2008年4月から開催されている。
設置の背景:精神保健福祉の改革ビジョン(国民意識の変革【目標】「精神疾患は生活習慣病と同じく誰もがかかりうる病気であることについての認知度を90%以上とする」,精神保健医療福祉体系の再編【目標】各都道府県の平均残存率(1年未満群)を24%以下とすることと各都道府県の退院率(1年以上群)を29%以上とすること),精神科疾患の疾病構造の変化,医療制度全体の改革,
第1回議事録[http://www-bm.mhlw.go.jp/shingi/2008/04/txt/s0411-1.txt]及び資料[http://www-bm.mhlw.go.jp/shingi/2008/04/s0411-7.html],第2回資料[http://www-bm.mhlw.go.jp/shingi/2008/05/s0501-3.html],第3回資料[http://www-bm.mhlw.go.jp/shingi/2008/05/s0529-8.html]が既に公開されている。

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