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生態学第10回
「寄生と病気」(2001年6月21日)
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2001年10月14日 日曜日 23時55分
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講義概要
- 寄生の定義
- 寄生体は,その栄養を1個体あるいは2〜3個体の宿主から得る生物で,宿主を傷つけるがすぐには殺さない。
- 寄生虫学者の定義では,(1)寄生体と宿主の近接性,(2)環境制御について宿主に依存,が強調される。
- 生態学的には,寄生関係と共生関係を区別するのは,それが宿主に害を与えるかどうかである。
- 寄生体の多様性
- マイクロパラサイト(細胞内寄生体)細菌とウイルスがもっともはっきりしている。マラリア原虫やトリパノゾーマなど原虫も。宿主から宿主へ直接感染するものと他の種(ベクター)を通して間接感染するものがある
- マクロパラサイト(細胞外寄生体)腸管寄生虫,ノミ,シラミ,ダニ,菌類(例えば水虫)など。やはり直接感染するものとベクターを介して感染するものがある
- 島としての宿主
- 宿主は,寄生体によって植民される島と考えられる。つまり,伝播のベースでもある。
- 伝播は宿主間の接触確率(概ね人口密度と対応)に影響される
- 病気の広まりは宿主間の距離によって影響される(感染経路にもよる)
- 複数種の混合の影響
- 宿主を他の種と混ぜると,相対的に密度が低下する(例えばマラリアにおけるZooprophylaxis)
- 感受性の異なる宿主を混ぜる効果もある
- 寄生体と宿主の分布
- 寄生体は通常集中分布=寄生体の密度はあまり意味がない
- 代わりに使える指標が,有病割合(prevalence)と感染強度(intensity)
- 宿主因子
- 宿主は生きている
- 不均質な環境なので,宿主全体に広まるのではなく,特定の部位に寄生する
- 宿主個体内部で,寄生体には種内競争が起こる
- 宿主は免疫反応を起こす。免疫学的寛容を起こす場合もある
- ダイナミクス: マラリアの数理モデルを参照。
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- サナダムシも寄生体?(ダイエットに効くっていうけど?)
- 東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授がサナダムシを飲んで飼っているということで有名になった話です。藤田さんは「共生の意味論」(講談社ブルーバックス),「恋する寄生虫」(講談社)など,寄生虫関係の面白い本をいくつも書いています。
- もちろんサナダムシはヒトの腸管寄生虫ですから,立派な寄生体です。サナダムシに限らず,腸管寄生虫というものは,ヒトが食べて噛み砕き,分解して小さな分子にして,さあこれから吸収してやろうという段階で栄養を横取りするわけです。満腹感は胃の末端にセンサーがあって感じるので(血糖値も影響しますが),腸で寄生虫に横取りされて,胃の段階で食べたと思ったよりも少ない栄養しか吸収できなければ,当然やせてきます。もともと栄養状態が悪かったころは,子どもに腸管寄生虫が寄生すると,栄養失調の原因になることがあり,寄生虫は駆除しようという方向性が確立しました。
- 藤田氏は,この飽食の時代なら,食べ物のおこぼれをかすめとるような寄生虫を腸に飼っていても栄養失調になることはないから(有鉤裂頭条虫みたいな肉に食い込んでくるやつは駄目ですが),といって,わざとサナダムシの卵を飲んで飼うという体験をしています。大きくなってくると肛門からサナダムシの頭が出たり入ったりするそうです。
- 寄生体は独立生活の生物に進化する? それとも独立生活をしていた生物が進化して寄生体になった?
- 寄生体が繁殖するためには宿主がいなくてはならないから,当然寄生体の出現の方があとです。
- マラリア関連の補足
- ●蚊は血以外の栄養はとらない?
→メスの蚊の成虫は,産卵するために脊椎動物の血を吸います。中にはチカイエカのように無吸血性産卵をするものもいますし,オオカの類のように他の種類の蚊を捕食するものもいます。オスは水を飲むだけです。幼虫(ボウフラ)のときは,プランクトンを食べています。
- ●マラリア関連の本は?
→英語でもよければKnellの"Malaria"という本がOxford University Pressから出ていて手頃だったのですが,現在out of printだそうです。日本語では,橋本雅一「世界史の中のマラリア」(藤原書店),ロバート・デソウィッツ「マラリアvs人間」(晶文社,絶版),ロバート・デソウィッツ「コロンブスが持ち帰った病気」(翔泳社)あたりが読みやすいです。
- ●日本にもハマダラカがいると聞いたが,マラリアは流行しないのか?
→本州にはシナハマダラカ,沖縄にはコガタハマダラカなど,何種類かのハマダラカがいますし,かつては何度も流行が起こっていました。東北地方までは流行が起こったことがありますし,滋賀県の彦根あたりでは風土病となっていました。しかし現在ではハマダラカの個体数が少ないですし,何より海外で感染して持ち込む人以外には原虫をもった患者がいません。そういう患者はせいぜい年間100人にも満たないので,その人がたまたま発熱したのを放置しておいて国内でハマダラカに吸血される確率といったら,ほとんどゼロに近いです。とはいえ,今後地球温暖化によってライフサイクルが短縮されてハマダラカの個体数が増えたり,海外旅行がさらに活発になって患者の流入が増えたりすれば,マラリアが流行する可能性はあります。
- ●マラリアが蚊で感染するのにエイズが蚊で感染しないのはなぜ?
→マラリア原虫は,ヒトの血液中で生殖母体となっているときに,蚊によって吸血されると,蚊の胃の中で接合し,オオシストとなって増殖して,スポロゾイトを形成し,それが蚊の唾液腺に移行し,次に蚊が吸血したときに,蚊の唾液とともに人体に移る,というメカニズムで,患者から蚊を介して次の患者に移ることができます。しかし,エイズウイルスは,患者の血液中(のリンパ球)で生存していますが,それが蚊によって吸血された場合は,蚊の胃の中で血液が消化されるのと一緒に消化されてしまいます。蚊の唾液腺に移るメカニズムをもっていないので,エイズは蚊では感染しません。
- Q.現代人が花粉症などのアレルギーを起こしやすいのは,かつて体内にいた寄生虫がいなくなったからと聞いた事がある。寄生虫と人間は共生関係にあった? それならなぜ寄生虫と呼ぶ? 寄生虫ダイエットがブームになったことがあるが,身体に害はないのか?
- 「文明とアレルギー病」に詳しく書かれていますが,元々は井上栄博士の持論です。最近は東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授が広めています。共生との違いは来週。
- 蚊以外の吸血生物も寄生体を運ぶ?(コウモリやヒルなど)
- ペスト菌はネズミノミによって媒介されますし,インフルエンザウイルスは鳥やブタにも感染します。新型インフルエンザは鳥からブタを介してヒトにもたらされると考えられています。日本脳炎ウイルスは,ブタとヒトの間をカによって運ばれます。マレーシアで流行した致死性が高いニパウイルスは,ブタにもかかりますし,オオコウモリにも感染することが知られています。
- 試験はない?
- 前期の評価は,夏休みのレポートで行いますので,試験はありません。レポートの出来が悪かった場合でも,出席状況が良ければ救われるでしょう。
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