枕草子 (My Favorite Things)

【第70回】 価値観のゆらぎ(1998年10月3日; 10月4日誤変換を訂正;2000年3月24日表現を若干訂正)

昨夜は,船橋市民文化ホールで行われた『三番瀬環境フォーラム「明日の海と街が見えるか!」三番瀬の環境補足調査を研究者が語り始める』に行って来た。行って来たといっても話を聴いてきただけだが,いろいろ考えさせられた。フロアからの発言の機会がなかったのが残念である。

ご存じない方のために書いておくと,東京湾の一番奥の,船橋市と市川市の辺りに,生物相が豊かなことで知られている三番瀬と呼ばれる干潟と浅瀬の海域があるのだが,千葉県が,「国際性・文化性豊かな環境都市づくり」をめざして,流域下水処理場や廃棄物最終処分場の建設とともに商業用地・住宅地・緑地などを作り,第二湾岸道路のための用地確保をするための「市川II期」と,「国際物流と海洋性レクリエーションの拠点形成」をめざしてコンテナ埠頭を建設し,併せて人工海浜や緑地などを作るための「京葉港II期」の二つの埋め立て計画を打ち出したために(最初に打ち出したのは1963年だから,ぼくが生まれる前のことだ),それに反対して三番瀬を守ろうという市民運動が,大分前からあるのだ。例えば,ぼくも昨日入会してしまったが,三番瀬フォーラムなど。

オイルショックで一時立ち消えになった計画が1985年に復活したが,その頃から市民運動も活発になり,環境庁や日本海洋学会が市民運動側についたこともあって(不況のせいもあるだろうが)計画は簡単には実施に至らず,干潟等生態系の調査が慎重になされてきている,日本でも珍しいケースなのである。先頃,補足調査専門委員会の報告が県の環境会議に対して出されたのを受けて,市民に開かれた報告を,というのが昨夜の企画であった。

最初の講演は,長良川河口堰問題で活躍した河口生態学者の西條八束さんであった。西條さんの講演は三番瀬specificではなくて,調査結果の情報公開の意義ということであった。長良川の場合は,公開されてもその結果が全く無視されて,1995年から当時の野坂建設大臣が「国家が国民の血税を使って行う公共事業に間違いはない」として運用を開始してしまったわけだが,それでも公開されないよりはずっとましである。少なくともそれを使って誰もが正確なデータに基づいた論議ができる。アセスメントの進歩のためにも有益だ,という論旨には共感した。社会調査では東京大学社会科学研究所附属日本社会研究情報センターの「SSJデータ・アーカイブ」のようなものが出来てきたことを考えると,環境調査についてもそういうアーカイヴができれば有意義だと思う。

次の水産庁中央水産研究所の松川康夫さんが,補足調査の結果報告ということだったのだが,概要は,千葉県のホームページ内にあるということで,講演では実際のデータは全然でなくて,どういう流れで補足調査に至ったか,なぜ松川さんが参加したのか,という説明に終始していたように思う。次の風呂田利夫さん(東邦大学理学部)は東京湾の生物関係では有名人なのだが,講演は概念論に終始し,実状を語るデータが皆無であった。一般向けということもあるだろうが,それだけに,現状を示すデータを語るべきではないのか? 続く千葉県中央博物館の中村俊彦さんも概念論だったが,「干潟を守ろうと思った」という中村さん個人としての気持ちが素直に現れていて気持ちよかった。彼の論理には共感するが,実は致命的な弱点があるのだ。「干潟を守るんだ」という気持ちの客観的評価がないところである。

ヒトの価値観は,artすなわち人智と,natureすなわち自然の両極の間で揺れていると思う。人智に100%の価値観を置くと,培養脳にでもなって人工の神経内分泌攪乱物質にまみれて死んでいくことになりかねないし,自然に100%の価値観を置くと,裸になってザイールの森にでも入るしかない。どちらもできないので,その間で揺れるわけである。もとより数直線のように何%と決められるものではないが,この揺らぎを忘れてはならない。例えば,三番瀬に立ったら「干潟の生物相はすばらしい」と自然側に振れているような人でも,車で通勤するときに渋滞にあって「もっと道路をうまく作って欲しい」と人智側に振れるかもしれない。もちろん文化は,それが伝統文化であっても,人智に含まれる(ヒトの適応は,概ね人智がらみである)。「干潟を守る」論議をしているときは,暗黙のうちに自然側に価値観が振れている。だから,人智側に価値観が振れたときのことは考えないことが多い。逆に,開発という立場での議論は,自然側に価値観が振れたときのことは考えない。これが,環境保全問題における議論のすれ違いのもとである。複数の価値観からみた利点・欠点・許容可能性の擦り合わせの結果得られる妥協案としてしか,真に有効な解決は見えてこないと思う。

わかりにくいだろうか? つまり,個人の「干潟を守りたい」気持ちベースの展開では,開発に対する有効な反対論にはならないということだ。経済効果に至高の価値をおく論理に対して戦うには,少なくとも住民の意識調査をして(さっきも言ったように価値観が場面場面で揺らぐから難しいが,状況設定質問みたいなことをすれば,ある程度探れると思う),どれくらい「干潟を守りたい」気持ちをもつ住民がいるのか,という定量的な情報をもたないと,武器にならないのではないか。あるいは,人智として,干潟保全には埋め立てによる経済効果以上のヒトの適応的価値があると言えればよいわけで,環境保全はヒトの健康維持や幸福のためにプラスに働くということを,ある程度定量的に出すという手もあるが。いずれにせよ,環境保全問題に対して,ヒトの研究者があまり積極的にコミットしないできたのはまずい。大いに反省すべき点と思う(ぼくも東京湾調査に本腰を入れることを,ここに宣言しておく)。ただ,第三部の討論会で,保全運動の地域間の連携の弱さが指摘されていたが,それ以上に研究分野間の連携が弱いのも事実である。学際的共同研究は,必要性が叫ばれながらも成功例がほとんどない。

4人目の演者,東京農工大教授の小倉紀雄さんは,他の演者とは毛色の違う視点から講演された。干潟の経済効果を計算し,大型の処理場を作るよりも金がかからず水質浄化してくれるNature's Serviceとしての干潟の存在意義を,データによってクリアに示してくれたのである。先に書いた論理でいうと,経済効果としても干潟の保持の方に少なくとも対費用効果の面では優位性があるということを示したので,人智の中の経済という同じ価値観の軸上での,埋め立てに対する真っ向からの反論になっている。しかも,同時に排出源での対策もやらないと流域下水処理に反対しても破綻するので,家庭での雑排水対策に2割の人が協力すればCODが6トン削減できるといった予測も立てて説明してくれたので納得した。この講演を聞けただけでも行った甲斐はあった。

小倉さんは水質検査の専門家で,ブルーバックスの「調べる・身近な水」とか築地書館の「東京湾の汚染と災害」の第3章「東京湾の海水の汚染」といった本を書いているが,後者によれば,東京湾の海洋調査は1909年から行われ,1971年からは科研費によるさまざまな研究グループのデータの蓄積があるそうだ。CODなどで示される汚染が1970年頃の最悪の状態から80年にかけて激減したあと,横這いになってしまったのは,流入負荷が減らないことと,自然浄化作用が小さくなっているためという。自然浄化作用を回復させるには,さらに人智を加えて環境改変をする必要があるわけだが,そうした改変をする前に,経費と効果を概算して予測をしようという態度には科学者として共感する。もっとも,講演の最後に,三番瀬の「レクリエーション空間としての重要性」とか「江戸前漁業の伝統文化」に触れたのはいかにも付け足しで,「だからそういうことについてのデータが必要じゃないんですか!」と突っ込みたくなった。第3部のディスカッションでは,神奈川県水産総合研究所の工藤孝浩さんのイシガレイの漁獲高をもとにした「東京湾は一つ」という話がクリアでよかった。今回の補足調査の意義を端的に示した報告だった。

今日は長くなってしまった。ここまで読んでくださった方には感謝したい。


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