枕草子 (My Favorite Things)

【第518回】 先見の明（2001年4月24日）

• 早起きできたので，往路あさま502号で講義準備の続き。このまま上野から銀座線に乗り換え，新橋でゆりかもめに乗って芝浦ふ頭（別に埠頭くらい漢字で書いたってよさそうなものだが，何故か駅名表示は常用漢字に拘っているらしい）で降りてIMASでThinkPadを引き取ってくる予定。そうすると新橋から銀座線，丸の内線と乗り継いで本郷三丁目から研究室に歩くことになるので，昨夜自転車を研究室に置いてきたのは先見の明というべきか（以前，ゆりかもめが混むから新橋からIMASは自転車がいいとか書いたような気もするのだが，思った以上に自転車が大きかったので，銀座線に持ち込むのも多少はばかられ，とりあえず今日のところはゆりかもめを使っておこうと考え直した）。
• 今日はミーティングの日だ。予告によれば，中国のパンダ保護区でのヒトが手を加えないことによる環境悪化という話と砒素の話らしい。紹介される予定の文献はプリントアウトしたのだが，結局読まないままに発表を聞くことになりそうだ。前もってテーマがわかっているだけでも何も知らないよりましだが，事前にちゃんと読んでおけば，深いレベルでのディスカッションができそうだから，本当は全員が前もって読んでおくべきなのだろう。ただ，参加者が事前に読んでいるかどうかで発表の仕方を変えねばならないから，やったりやらなかったりでは駄目なのが難しいところだ。
• ミーティング終了は18:30だった。話を聞いた結果，上に書いた予想とはかなり違う話だった。やはりぼくには先見の明というものはあまりないらしい。
• 砒素の話と思ったものは，台湾で井戸水が高濃度の砒素を含む地域（ただし10年以上前にそれを飲み水にすることはやめている）で，砒素中毒によるものと思われる皮膚症状がある患者と年齢・性別などをマッチングした対照を選んで，尿中砒素化合物濃度を測ったケースコントロール研究の結果，濃度の絶対値には統計的有意差はなく，尿中砒素化合物に占めるDMA（メチル基が２つ結合した砒素）の割合が低めな人の方が高めな人に比べて患者を含む割合が有意に高かったことから，おそらく患者は砒素をメチル化して解毒する酵素が少ないか弱いのだろうと示唆した論文のようだった。
• 中国のパンダ保護区の里山保全の失敗かと思ったのは話が逆で，ジャイアントパンダが生息する地区を自然保護区域に指定したら，観光客が増えたことなどで却って住民の経済活動が盛んになり，人口も増えて人為的な影響が大きくなって森林が破壊され（森林面積の減少はリモートセンシングデータで実証している），パンダの生息に適した土地面積が減少したために，パンダ生息数も減りつづけているものと推定されたという話だった。大変に面白かったのだが，パンダの主たる食物である竹をリモートセンシングデータからは判別できなかったために森林で代用したという点が最大の論理的弱点かと思った。まったく人手が加わらない極相林だったら竹など生えないと思うので，薪採取などの人為的影響は必ずしもパンダにとってマイナスばかりではないはずで，パンダの生息数が減っている原因は，むしろ大気汚染などのようなもっと広域的なものに求められる可能性もあるだろうと思った。それに，かなり広範な人為的活動を完全に認める自然保護区など一般的ではないと思うので，当初思ったよりもこの論文のインパクトは小さくて，中国に特異的な話のように思った（端的に言ってしまえば，ここの保護政策が失敗しているだけかもしれない）。それにしても，この論文は最近Scienceに掲載されたもの（下記）だが，やはりScienceなどでは目を引くタイトルが大事なのだなあと実感させるものだった。
  

  Liu J, Linderman M, Ouyang Z, An L, Yang J, Zhang H (2001) Ecological degradation in protected areas: the case of Wolong nature reserve for giant pandas. Science, 292: 98-101.

• ミーティング後に共著論文の打ち合わせをした。帰りは終電１本前の予定。で，予定通りだったのだが，上野では満席で座れず，大宮まで立ったまま「人口学研究」用の書評原稿を書いた（帰る直前にメールを見たら，遅くも連休明けまでには最終原稿が必要だという催促があったので）。明日も同じ電車の予定なのだが，こんなに混んでいたら自転車を持ち込めるかどうかが不安だ。いっそ研究室に泊まってしまうのも手か。

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