枕草子 (My Favorite Things)

【第634回】 Daily Life(2001年8月29日;9月3日一部修正)

5:00過ぎに起きて食事をしたのだが,妻と話をしたりしているうちに始発は乗れない時刻になってしまい,結局往路あさま550号。猛烈な眠気に襲われて,熊谷まで熟睡。その後,昨日買っておいた週刊アスキーを読む。

今日は研究室に9:00に着けた。幸先いいぞ。

この後13:00頃まで仕事をして,生協第2食堂か,銀杏か,赤門前のまぐろ市場か,壱岐坂上の福のれんのどれかで昼食をとり,それから21:00まで仕事をして終電1本前で帰る,というのが最近の日々の生活である。往復の新幹線の中でも忙しいときは仕事ができるから,最大で14時間くらいになる。米国留学中と同じくらいの時間が確保できているはずなのだが,研究の進捗度が遅いのは,研究以外の仕事が多いからだろうか,それとも集中力が衰えてきているのだろうか。それともこのページのせいか?

長野に転居する前,正門近くに住んでいた頃は,朝4:00か5:00頃から7:00まで研究室で仕事をしてから帰って朝食をとり,子どもを保育園に連れて行ってから再び研究室に来て,昼飯は今と変わらないが夜は19:00に帰って夕食は家族揃って食べ,眠るのも子どもたちと同時だったから,今に比べると,もっと早寝早起きだったことになる。

卒論生から大学院生の頃はまったく逆で,目が覚めると既に太陽は高く上った10:00頃で,すぐに研究室に行って,15:00頃に朝昼兼用の食事,21:00頃に夕食を挟みながら24:00まで研究していた。プログラミングに熱中すると朝まで続けるなんてことも良くあったが,今はもう無理だろうなあ。

遅く眠る生活は,実は小学校高学年から高校までもあった。ぼくはラジオを聴きながら本を読んだり予習をしたりしていたので,夕方ラジオたんぱで通称ヤロメロという番組(大橋照子,斉藤洋美,小森まなみといった方々に加え,まだ売れていなかったツービートとかが出ていた公開番組であった)を聞き,ガッツナイター東海ラジオでドラゴンズの応援に燃えた後,毎日放送のMBSヤングタウン(横山みゆきとやしきたかじん中村行延の月曜日とか,石川優子が出ていた木曜日とかは欠かさず聞いていた)か小島一慶と林美雄の……あー,なんだっけ番組名を忘れてしまったがTBSラジオでやっていた番組とかを聴いていた。小学校のときは足掛け二日大進撃という番組があった週末以外はそこまでで眠っていて,何とか普通に昼間の生活もできていた。

しかし,中学校から高校になると,中島みゆきや谷山浩子のオールナイトニッポンとか,ゆき姉や重光久美のミッドナイト東海とか,ときどきはセイヤングとか走れ歌謡曲なんて番組も聴いて,大抵は午前3時,曜日によっては午前5時まで起きているようになった。それから2時間半眠って学校に行っていたわけだが,それでは当然睡眠が足りないわけである。じゃあ,いつ眠っていたのかといえば,学校で居眠りをしていたのだ。居眠りをしてもまったく気にしない先生もいらしたが,英語の教師で17ヶ国語が話せるというH先生は居眠りを許さない方で,休み時間に机に突っ伏して眠ったままH先生が教室に入っていらしたのに気づかず眠り続け,先生から出席簿ではたかれたという思い出が残っている。後ろの席のヤツに,なんで起こしてくれなかったんだよ,と後で聞いたら,何度も起こしたんだけど起きなかったんだと呆れ顔で言われたから,昼間学校にいても,ほとんど眠っているような状態だったんだろう。実際,生物と政経と国語と英語(それだけは面白かったので起きていた)以外の授業内容はほとんど頭に残っていないし。いま考えてみれば,勿体無いことをしたと思う。

予備校生だった一年間は,ちょうど文化放送のミスDJリクエストパレードがあった時期だったから,午前1時にそれが終わると同時に眠るという生活を習慣づけた。たしかその頃,早起きをすると脳の活性が上がるとかいう話を聞いて,予備校生としては早寝早起きに生活を変えようと思ったわけである。朝7時頃起きていたと思うが,暗示効果もあったのだろう,なんだか朝から頭の働きが良くなったような気がした。大学では,学部学生の頃はソフトボールに燃えていて,毎晩素振り300本とランニングを欠かさなかったので,それが終わると疲れて眠ってしまっていた。おかげで朝は6時頃目が覚めていたように思う。

このように日々の生活の変遷があるわけだが,現在の新幹線通勤を軸にした生活,それほど悪くないんじゃないかと思う。少なくとも深夜ラジオに明け暮れた中高生の頃や,夜通しプログラミングをしていた院生の頃のような生活よりは,ずっと健康的だ。もっとも,学部学生の頃や,正門前に住んでいた頃のように,22:00頃眠れればもっといいのだろうと考えると,新幹線通勤もずっと続けるものではないかもしれない。

帰りはいつもの終電1本前。川端裕人「The S.O.U.P.」を読み続けた。


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