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書評:イチロー・カワチ『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』小学館101新書

最終更新:2013年12月16日

書誌情報

書評

基本的に社会疫学はコンテクストに注目する疫学なので,ほぼ人類生態学とスコープが重なり,とても親近感があるのだが,本書は公衆衛生学と社会疫学の入門書として重要なトピックをコンパクトにまとめて書かれており,例示も多くて(p.93〜94のフェデックス・グラウンドの話など,労働基準監督官の仕事を扱ったドラマ「ダンダリン」11月27日の回のストーリーのネタ元かもと思われたし,マクドナルドのコールセンターの話とか,シカゴ熱波のときの北ロンデールと南ロンデールの死亡率の違いとか,理解を助けてくれて)お薦めできる。というか,最近やった講義のいくつかで,学生に買って読むことを薦めた。安いし。

『アメリカに移住すると10年で10ポンド体重が増えるので「アメリカ移10(住)現象」と呼べるかもしれませんね』などのユーモア感覚が随所に見えるのがチャーミングだし,きっと講義でも大人気だろう。Kawachi先生のお話をもっと聞きたいと思った方は,11月15日から配信されている無料のオンライン講義を聞くと良いかもしれない。

本書の説明の中には,米国というかハーバードならではの特性と思われる記述もあって興味深い。p.59の格差が健康に影響を与えるメカニズム3つ目の話は,たぶん日本の大学で質問したら,違う答えが返ってくると思う(神戸大の公衆衛生学の講義の中で学生に聞こうかと思っていたのだが時間がなくて聞けなかった)。本書の書き方はかなり一般読者に配慮されているので,p.70〜71に書かれている「健康の敏感期」というのはBarker仮説の話だが,epigeneticsにまでは踏み込まないし,その他にも記述を簡略化しているところが多い。が,巻末に参考文献リストが付いているので,重要なところは原典を辿れば確認できるようになっているのが素晴らしい。

なお,誤植を2つほど見つけた(p.62の図の出典,Does relatire ...となっているが,明らかにDoes relativeの誤植。p.67「相対する効果」はおそらく「相反する効果」)が,新書にしては少ない方か。

【2013年12月16日】


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