サイトトップ | 書評

書評:高野秀行『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の雑誌社)

最終更新:2013年8月6日

書誌情報

書評

500ページ以上あるけれども抜群に面白かった。本書は,全世界のメディアから内紛が続く危険地帯で難民が飢餓と暴力に苦しむ場所として報道され,國井先生の『国家救援医 私は破綻国家の医師になった』でも「破綻国家」として悲惨な状況が強調されていたソマリアに対し,自力で敢行した実地報告である。まずは安全なソマリランドに入って,どうしてソマリランドでは平和が維持されているのかという謎に迫って氏族という鍵を見つけ出し,次いでプントランドと戦国南部ソマリアにも入って(偶々南部ソマリアに入ったときに戦闘がなかったという僥倖には恵まれたのだが)その実情に迫った,世界的にも貴重なルポだと思う。

國井先生の本でも,激しい戦闘が続く南部ソマリアとは別に,北部にはソマリランドとプントランドという半独立地域が存在することは書かれていたが,國井先生はユニセフに所属する医師として支援に入ったので,支援を必要とする人たちのところを訪れ,支援が必要とされている状況を中心に経験し,それを描いたという側面は免れない(60年に1度の旱魃と内戦による飢饉で子供の半数が栄養失調の危機に瀕していると書かれていたし,カートについても,密航機の中に積まれていて,噛んだ若者が興奮して暴徒になると言われていて悪名高いという伝聞が書かれているだけであった)。しかし,逆に言えば,本書からは,國井先生の本に書かれていたような医療援助に際して問題となる点は浮かんでこない。できれば併読すべきだと思う。

本書の著者,高野秀行氏は,早稲田の探検部出身で,処女作『幻獣ムベンベを追え』から一貫して現地没入型のルポを書いてきた人だ。「誰も行かないところへ行き,誰もやらないことをやり,誰も知らないものを探す」という筋金入りの探検家なのだ。世界中で他の誰もやったことがないことである点が強みだし,援助者として入るわけではないので,記述に色がない(第3章「大飢饉フィーバーの裏側」によると,ケニアのダダーブ難民キャンプで「どうして逃げてきたのか」を聞き取ったところ,旱魃よりもイスラム原理主義過激派組織「アル・シャハーブ」との戦争の被害者が大部分だったそうだ)。その上で,文献などもちゃんと調べているし,聞き取り結果もできる限りでクロスチェックしていて,インフォーマントの立場や視点による答えの違いを当然のこととして受け入れ,その上で事実関係の整合性は押さえている。自らもカートを囓り,現地の宴会に参加することにより,氏族関係を含む,ソマリ人の文化に触れることが可能になり,そこから引き出した氏族の情報に注目することによって,ソマリ人の歴史や行動原理を読み解いている記述が,実にスリリングだ。著者は,「アンフェタミンと同様,カートをやると気が大きくなり,恐怖心がなくなる。集中力も増すので,エチオピアでは受験生にも人気だという。いっぽう,ソマリ人エリアでは独裁政権時代も今も「戦争」に使われている」とか,エチオピア産カートの最大の顧客がソマリランドで,ソマリランド人成人男子の大半は午後の大半の時間はカート宴会をしていて仕事をしない,というふうに客観的な視点をもちながらも,カート宴会を通して現地の人々のつながりの中に飛び込んでいくのだ。かなり強い精神力がないとできないと思う。

ユーモア溢れる筆致とソマリ人への愛が,本書の魅力をより高めている。日本から遠く離れた地のことだが,本書を読んでしまうと,もうソマリ人が経験している悲劇を他人事とは思えない。

【2013年8月6日】


リンクと引用について