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書評:見波利幸『「新型うつ」な人々』(日経プレミアシリーズ)

最終更新:2011年7月14日

書誌情報

書評

『「新型うつ」な人々』のまとめ図

著者は医師でなくコンサル業界の人だが,企業で実際にカウンセラー業務を通して多くの「新型うつ」症例に出会っているだけでなく,カウンセラーの養成などにも携わっているそうだ。途中まで読んだ印象では,多くの経験といくつかの文献から,「新型うつ」について,かなり納得のいくパースペクティブを提供してくれていると思った。従来型うつと適応障害とパーソナリティ障害という3つの病態にまたがる人を指して精神科医夏目誠氏が「現代型混合性うつ病」と呼んだ病態が「新型うつ」に対応するという指摘はもっともらしい(右の図は本書に掲載されている図に,本書で書かれていることを勝手につけたしてまとめてみたものである)。そのことから,新型うつの増加は,子供の遊び方やコミュニケーションの変化によって社会的スキルを身につける機会が減少したことと,かつての教育は規律を重んじ社会的なタガをはめることを目的にしていたので,ある意味ではパーソナリティが矯正される機会があったけれども,個性を重んじるゆとり教育ではパーソナリティを矯正しないので,極端なパーソナリティが成人になっても維持される人が多くなり,その人たちが厳しい社会に直面して新型うつになる可能性がある,という議論(そこまで明記していないが,ゆとり教育に触れたくだりは,たぶんそういう主旨なのだと思った)も,ある程度当たっていると思う。この現状分析に基づき,ではどうしたらいいのか,という議論が本書後半でされていた。

パーソナリティ障害への対処が本書中盤の事例にいくつも出てきたが,これは一般化は難しいし,高度なスキルが必要なので,著者が,精神医学的な知識だけでなく,3つの領域にまたがって「新型うつ」をきちんとアセスメントできる人を各企業で育成すべきと提言しているのは,正しいと思う(ある意味セールストークかもしれないが)。本書では触れられていないが,これは,たぶん不登校やひきこもりの子供たちに向き合っているスクールカウンセラーにも必要なスキルなのではなかろうか。

それだけで終わってしまうと,今「新型うつ」になっていたりなりかかっていたりする人には役に立たないが,本書の最終章で書かれていたのは,おそらく適応障害の部分でストレスへの対処法であり,こちらは万人に役に立つと思われた。曰く,(1)落ち込んだ出来事があったら紙に書き,その時自分がどう感じたかも書く,という作業を毎日最低1つ書き続けると,物事の捉え方の癖,言いかえると「認知の歪み」がわかるという「コラム法」(もう1歩進むと,その歪みを自ら直すことで,無駄にマイナスの感情に支配されることを減らせる),(2)感情は認知の仕方によって決まることを認識すること,(3)ストレス耐性を高めるためには副交感神経系の活性化が必要で,そのために,「よく眠る」「リラックスする時間をとる」「運動習慣をつける」「一日三食しっかり食べる」「思い切り笑って感情を解放する(但し怒りの感情は縄跳びを3分やって発散する)」「自然に親しむ」。これは良く言われていることで,まあ当たり前かと思うが,「新型うつ」になってしまっていたり,なりそうな人が予防的に実践することを心がけるには実行しやすい目標であろう。自分は日頃からあまりストレスを感じない人間だなあと思っていたが,図らずもこれはほぼ全部(睡眠時間は足りないが)自然に実践していることだった。総体として,実践的な良書だと思う。


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