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書評:瀬名秀明『小説と科学 文理を超えて創造する』,岩波書店

最終更新: August 24, 2005 (WED) 13:02 (書評掲示板より採録)

書誌情報

書評

高校生向けの講義録を再構成したものである。東大生協本郷書籍部でも山積みであったが,この種の本としてはきっと記録的な売れ行きになるのだろう。瀬名さんという人には,面白さを期待させる何かがあるのだ。

小説と科学の共通性と違いに関連した本書の主張には概ね賛同する。下のURLでぼくが学問について書いたことと通底するが,まあ,まっとうな研究者なら,多かれ少なかれ同じような考え方をしているものと思う。高校生に向けて話したものだから,「勉強」に関する勘違いを正すこと(本当は,教科書を覚えることではなく,「知らないところと知っているところの境目を見分ける作業」という主張)や,複眼的な物の見方のすすめ,さらには「好きなことをやれ」というメッセージも,まことにもっともである。あとがきによれば,「高校生相手に,このテーマだったから」引き受けた講演とのことであり,瀬名さんの熱意が感じられた。

もっとも,すべての高校生が研究者になれるわけでもなりたいわけでもなく,「創造する」職業につく人がごくわずかである現実を考えると,ここまで正論を語ってしまってはいらだちを感じる高校生もいそうである。老婆心ながら心配してしまった。もちろん,作家や研究者を志す若い人には手放しで薦めたい良書だし,「社会常識的な枠に(無意識に)縛られて自分の枠を決めてしまったり,マスイメージの氾濫に飲み込まれて思考停止してはいけない」という内容の主張は,万人が弁えておくべきことと思うのだけれど。

1つ気になったのは,清水義範さんの『国語入試問題必勝法』を引き合いに出しての,国語教育批判なのだが,これはいわゆる「ネタばらし」に当たるのではなかろうか。『国語入試問題必勝法』未読の方は,本書59ページ最後から60ページ最初の段落は読まない方がよいと思う。

本書のポイントはあと2つあると思う。1つは小説作法(科学との異同の話も絡むが)そのものについての,きわめて実践的なガイドとなるという点であり,もう1つは「パラサイト・イブ」(以下PE)と「BRAIN VALLEY」(以下BV)の,作者自身による解説である。一般に,小説というのは,出版された瞬間に作者の手を離れて自己主張を始めるものだから,作者が読者に読み方を強制するのは変なことである。しかし,意図したことがあまりに読み過ごされ,作品そのものとは無関係な妙な解釈をされることにいらだった瀬名さんは,きっと不安になったのだろう。読者アンケートを統計的に解析して,どこが悪かったのだろうと分析するのである。普通は出版社の販売部門がやることであろうが,作者本人がやって,それをネタにしてしまうとは恐れ入った。結局本書では解説までしてしまったほど,妙な解釈へのいらだちは大きかったのだと推察する。(以下,PEとBVを未読の方は読まない方が良い)


瀬名さん自身の解説によれば,PEは共生がテーマで,BVは臨死体験とエイリアン・アブダクションの類似と相違を説明する大脳生理学的メカニズムの仮説的論証ということだ。言われてみれば確かに納得できるのだが,どちらの小説も盛りだくさんであり,決してそれだけがテーマではないと思う。『「神」に迫るサイエンス』の書評でも書いたけれど,BVのテーマには意識と進化という側面もあるだろう。作者が意図したかどうかとは無関係である。意図したことが読みとられなかったことを嘆くのは作者の自由だが,意図しなかったことを読みとってしまうのは読者の権利である。意図したことについては見事に描かれているから傑作と評価するのだけれど,それ以外の部分(とくにエンタテインメント部分)で不整合が気になったから小説としての出来には満点はつけられない,ということになるのだ。瀬名さんが批判している,社会現象と結びつけて書かれる解説は安直だからぼくも嫌いだが,少なくともWEB上のSF読みからのPEやBVへの批判はそうでなかったと思う。おそらく経験によって改善される筈なので,次回作には期待しているのだけれど。

最後にどうでもいい疑問が1つ。巻末の白紙数枚には何の意味があるのだろう? メモ用紙だろうか。

【1999年5月13日記】


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