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書評:川端裕人『雲の王』(集英社)

最終更新:August 28, 2012 (Tue)

書誌情報

書評

神戸から長野に向かう電車の中で読んだが,荒れ狂っている窓外の天気に,実にぴったりな小説だった。川端本人がブログに書いているように,伝奇風味もあるが,実に本格感のある気象学小説であった。先日,盛和スカラーズソサエティの記念講演で聞いた,数理モデルによる気象予測の話を思い出した。

大雑把なあらすじとしては,空気中の水蒸気や温度が見えるという不思議な能力をもった一族の末裔であるらしい子持ちヒロイン南雲美晴さんが,自らの出自の謎と能力を解き明かしつつ,兄貴がしでかした不始末の尻ぬぐいをするため,兄貴自身や気象オタクの同僚黒木に協力し,「雲の王」である巨大台風を制御しようとする話,といえるか。

しかし,この兄貴の,海外の研究所に所属して年間50本の論文を発表してしまうという強烈さとか,ほのぼの系の気象観測技官でありながら日本茶の美味しい淹れ方に拘りをもっていたりする高崎さんとか,謎の一族の隠れ里かという「郷」に住むリク婆とユキ婆とか(ユバーバとゼニーバか,きんさんぎんさんかと思いながら読んでいた。もっとも,どちらもがめつくはないし,ちょっとだけ神秘性があるのできんさんぎんさんとも違う感じだが),世のお母さんたちがこんな息子が欲しいと思いそうな,美晴さんの息子楓大とか,キャラ萌え要素もふんだんに散りばめられていた。

また,気象やアコウを含む自然描写の鮮烈さは相変わらず素晴らしかった。とくに雲ができあがっていくイメージが素晴らしく,本書を読む前と読んだ後では,天気の見方が変わってしまいそうだ。一つだけ引っかかった点。少年野球の場合,普通の大会だと5回までのことが多く,市大会のベスト8でも7回までだと思う(まあ,0-0のまま延長戦になり,9回に決着がついたと考えれば,ありえないことではないが)。

それにしても天気が大荒れだ。窓の下に見える天竜川も茶色く濁った水が渦巻いていて,怖いくらいだ……と思っていたら,急に青空から強い陽射しが降ってきた。雲の王が南に抜けたか?

松本過ぎから再び天気が悪化し,低い黒雲から横殴りの雨が窓を叩くようになった。天竜川のとは別の「龍神様」であろう。天気をこういう見方ができるって楽しいことだ。『雲の王』に感謝。それにしても,Willcom03で流しているAikoの『時のシルエット』が,偶然「雨は止む」にさしかかったのはできすぎだった。

【以上,2012年7月7日,鵯記より所収し加筆修正】


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