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出生 (Birth)

Last updated on February 8, 2007 (THU) 13:46

東京大学で行った「人口学」の講義資料(2003年度2004年度プレゼン2004年度配布資料)も参照されたい。

はじめに

出生は,移動がなければ,人口変化に正の寄与をする唯一の人口動態であり,「人口変化」と同じ次元の現象である。つまりは,人間の集団の複雑な営為が引き起こした結果として見える現象を対象としているわけで,単一の側面だけでは説明しきれないのが当然であり,その理解には多面的及び学際的なアプローチが必要となる。

しかし一般に,例えば,「日本の少子化はなぜ起こったか?」「少子化を改善するにはどうしたらよいか?」などと政策的問題設定が行われる際に,この多面的アプローチの必要性が意識されることは稀である。多くは社会経済的側面からだけの対策が立てられているようである。仕方ない面もあるのだが,少子化対策などがうまく行かない原因の一端は,そこにあると思う。ここで「仕方ない」という理由は,多面的アプローチをする専門家が不足していることだ。

日本に限らず,世界中を見渡しても,人口学者の多くは社会経済的側面からのアプローチを主としており,生物人口学の専門家は数えるほどしかいない。では,生物学者の方はどうかと見れば,分子生物学が花盛りであり,個体以上のレベルを対象とする研究は,相対的に手薄である。生態学や人類学の中では,生物人口学的な研究をする人もいるわけだが,人類学会の発表を見ても大半が遺伝か形質か考古で,生態とか人口といった研究はごく稀である。それゆえ,生物人口学的な知見の集積が足りないということはいえると思う。逆に,産婦人科学的な,不妊治療,生殖医療といった観点からアプローチされる医師の方々には,社会経済的側面や文化的側面が相対的に不足していたり誤解があったりすることがまま見られる。

この小論の目的は,出生という現象をまるごと理解するために,如何に多様なアプローチが可能でありまた必要かということを広く世に示すことにある。筆者の力不足により不十分ではあるが,意気込みだけはご理解願いたい(但し未完である)。

1. 出生のプロセス

1-1. 生物学的側面

1) ヒトの出生の生物学的特徴

2) 再生産期間

3) 性的成熟・性交・妊娠・出産・授乳(産後不妊期間postpartum amenorrhea)

4) 生殖内分泌学的制御プロセス

1-2. 文化的側面

1) 通過儀礼としての妊娠・出産

2) なぜ子どもを産むのか?

1-3. 社会経済的側面

1) 出生力転換の原因についての論争

シカゴ学派とイースタリンの論戦(「子どもの相対価格」は不変か可変か?)のような経済学的な言説も考慮する必要がある。「人口転換理論」にやや詳しく説明した。

1-4. 出生の近成要因(proximate determinants)

現象レベルで出生の要因分解をしようという,最も人口学的なアプローチである。

1) 妊孕力(fecundity)と出生力(fertility)

2) 出生力の近成要因 (Bongaarts, 1978)

3) 自然出生力の近成要因 (Wood, 1994)

1-5. 出生力のハザード解析

これまであげた出生へのアプローチの多くは,人口学が個体群レベル以上の学問として発達してきたこともあり,個人差をほとんど意識してこなかった(もちろん,年齢による層別化はされていたし,社会経済的属性に着目された研究もあるが,それは常に層別化として導入され,個人差として扱われたことはなかった)。しかし,生態学における個体差への着目(Individual Based Modelなど)をあげるまでもなく,遺伝要因あるいは環境要因によって,さらに偶然のばらつきによって,出生力には個体差があることがいまや明確であり,個人差を避けて通ることはできない。最近になって発展している,個人間のばらつきを考慮した分析法として,ここではハザード解析を紹介する(Wood et al., 1992)。

1) 用語説明

受胎確率(fecundability)
1月経周期あたりの受胎数。つまり,妊孕力のある受胎待ち時間(fecund waiting time for conception)の逆数である。
有効(effective)
「出生に到達する」という意味。effective fecundabilityといえば,妊娠可能な状態になってから,出産に帰結する妊娠までの月経周期数の逆数である。

2) フレームワーク

ノンパラメトリックなモデル(カプラン・マイヤの方法など)とパラメトリックなモデルが存在する。後者の多くは,指数分布,ワイブル分布など,数学的性質が良く知られた経験分布を当てはめるもの。etiologicalなプロセスをモデル化するのが今後の方向性として望ましい。

3) ノンパラメトリックなモデルの基本

4) パラメトリックなモデルの基本

1-6. 出生を自然出生から乖離させる要因(受胎確率の低下/胎児死亡率の上昇)

1) 環境内分泌撹乱物質

2) 心理的ストレス

3) 生体リズムの擾乱(睡眠覚醒など)

4) 意図的な出産抑制(birth control, contraception, abortion)

1-7. 出生の年齢パタンのモデル〜数理人口学的アプローチ

Coale and TrussellのMとm,及びHadwiger関数を使って,戦後日本の出生力を分析した結果を,山口県立大学看護学部紀要に発表したので,そのドラフト[PDF形式]参考資料を掲載しておく。

1) Coale & Trussell (1974)のMとm

r(a)/n(a)=M*exp(m*v(a))という形で定義する。

2) ベータ分布

3) ガンマ分布

4) ゴンペルツ関数を使ったリレーショナルモデル

5) Hadwiger関数

2. 出生調査の方法論

2-1. 断面研究の場合

1) 計数データからの推計法とその指標

断面研究でヒトの数を数えることで計算できる指標は,以下の通りである。ただし,ここにあげた略称のうち,MISGとRBMは著者が勝手につけたものであり,一般的でない。

1 Fertility rateは一般に,分母が再生産年齢にある女子人口であることから,かつては特殊出生率と訳されていたが(分母が総人口であるbirth rateに対して「特殊」なので),近年ではどちらもたんに出生率と訳される。TFRは,ASFRが不変ならば,女性が生涯に産む子どもの数の期待値,すなわち完結出生力に理論的には一致するが,偶然変動によってばらつくことがわかっている(中澤,大塚 1997)。

2 「人口学用語辞典」には「異なった人口の出生率を比較する目的で…よく用いられる」とあるが,TFRなどでも人口構造の影響は除かれるため,標準化死亡率とは違って実際に論文などで使われることは希である。

2) 遡及聞き取りデータからの推計法とその指標

断面研究だが過去の人口について遡及聞き取りを行えば,以下の指標も計算できる。なお,ここでもPPR, DMRを除けば略称は一般的ではない。

2-2. その他の場合

1) フォローアップ研究の場合

基本的には遡及聞き取りデータの場合と同等である。コホートについての漏れのないデータが得られるが,反面,研究に時間と費用がかかるのが欠点である。なお,下記の指標のうちWTFRという略称もまだ定着したものではない。

2) 歴史人口研究の場合

長い時間軸での人口再構築特有の問題(資料からの脱落,資料の記録形式の変化)があるが,基本的には遡及聞き取りやフォローアップと同じ指標が使える。

3) 二次資料を利用する場合

その資料が得られた調査のフレームによって,上記の指標のどれかが使える。多数のデータが得られるという利点があるが,資料の取り方や質に不均質性がある可能性があることに注意せねばならない。

3. 出生分析の実際

3-1. Gainjの出生力分析

Dr. James William Woodによる。文献は,Wood, J.W. (1980) Mechanisms of Demographic Equilibrium in a Small Human Population: the Gainj of Papua New Guinea. Ph.D. Dissertation, The University of Michigan.など。

3-2. Gidraの出生力分析

大塚柳太郎教授をはじめ,我々のグループによる。文献は,Ohtsuka, R. and T. Suzuki [Eds.] (1990) Population Ecology of Human Survival: Bioecological Studies of the Gidra in Papua New Guinea. Tokyo: University of Tokyo Press.にまとまっている。その後の展開としては,Nakazawa, M. and R. Ohtsuka (1997) Mathematical Population Studiesがある(業績を参照)。

3-3. 日本の低出生力問題

文献は,河野稠果・岡田實[編] (1992) 低出生力をめぐる諸問題,大明堂。厚生省のWEBページにも資料多数(たとえば,「少子化に関する基本的考え方について」とかご意見募集「少子化問題」など)。

文献

Wood, J.W., D.J. Holman, K.M. Weiss, A.V. Bucanan and B. LeFor (1992) Hazards Models for Human Population Biology. Yearbook of Physical Anthropology, 35: 43-87.
個体群生物学へのハザードモデルの応用について,非常によくまとまったレビュー。
中澤 港,大塚柳太郎 (1997) 出生力の指標としてのTFRと完結パリティの評価[The evaluation of total fertility rate and completed parity as indices of fertility]. 人口学研究,21: 61-63.
シミュレーションで生成した仮想的な人口データを使って,さまざまな出生パタンに対してTFRと完結パリティを計算し,どういう場合にどちらを用いるのが妥当なのかを論じた小論。

Correspondence to: nminato@med.gunma-u.ac.jp.

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