枕草子 (My Favorite Things)
【第1回】 曾て読んだ本について(1997年5月6日)
- 人間の土地 by サン・テグジュペリ(新潮文庫)パイロットの独白。一気に読み終えるのが勿体無く感じて,一週間かけて読んだなんて本は,後にも先にもこれだけである。「夜間飛行」も名作である。これら名作を読んで,アントワーヌが意志強固な聖人君子かと思っていた時期もあったのだが,ポール・ウェブスターの「星の王子様を探して」を読んだら偶像が崩壊した。とはいえ,一つだけいえることは,アントワーヌはコンスエロを心の底から愛していたのだろうし,人間を信じていたのだろうということだ。
- 賢者の石 by コリン・ウィルソン(創元推理文庫)賢者の石を探すという話といってしまうと単純化し過ぎか。人類の可能性を信じていいのかも,という気になるので元気が出る。
- 星虫 by 岩本隆雄(新潮文庫)ファンタジーノベル大賞の優秀賞だったと思う。この後日談である「イーシャの舟」も併せて読むとより元気がでる。なぜ元気が出るのかというと,テーマが「信頼」だからである。ちゃんと報われる信頼。なんて書くと,太宰の「走れメロス」みたいだ。でも,友人でも何でもない「異生物」が相手だから,より根拠の無い信頼である。それが報われて気持ちいい,ということは,性善説小説である。新井素子の「二分割幽霊奇譚」前後の一群の作品に近いかもしれない。新井素子は「グリーンレクイエム」以降,人類ダメ小説(たぶん(c)平井和正)へ傾斜がはっきりしたから,もともと人類ダメ派なのかもしれないけど。
- 38万人の仰天 by かんべむさし(中公文庫?)これも信頼が報われる話である。って書くとネタばらしかも。かんべむさしは「同姓同名逆人生」とか「公共考査機構」とか,暗くさせてくれる名作も多いが。
- 少女小説家は死なない by 氷室冴子(集英社文庫コバルトシリーズ)「今日も元気に生きよう」というフレーズに敬意を表して。氷室冴子は天才である。
- 複合汚染 by 有吉佐和子(新潮社ハードカバー)忘れもしない名著。小学校6年の時に,もしこの本に出会わなかったら生態学の研究者など志さなかったであろう,という本。選挙の話も,小学校6年生の頭に,「大人の正義」を疑わせるに十分なだけの影響力はあった。
- 若き数学者のアメリカ by 藤原正彦(新潮文庫)これを読んで留学したくなったのは,ぼくだけではなかろう。
- 遥かなるケンブリッジ by 藤原正彦(新潮文庫)もう,凄いとしかいいようがない。堀込ゆず子さんのヴァイオリン演奏の描写が「解説」で褒められているが,あの描写に唸らない人がもしいたら,その人の文章への感受性の乏しさが気の毒,といっていいほどである。さすが新田次郎の子。いやもっとも,アーシュラ・K・ル・グインが凄いのはクローバー夫妻の娘だからではなくて本人が凄いからだというのが自明であるように,藤原正彦さんの場合もそうなのだが。
- 花の性 by 矢原徹一(東京大学出版会)すべての大学院生はこの本を読むべきである。
- 地球家族 世界の国々の一般的な家庭の全持ち物を並べてもらって,その一家の人々とともに写真におさめ,簡単な日常生活の解説を付したもの。共通性と多様性が同時にわかるのが特色。写真の方が文章より雄弁かも。
- クジラを捕って,考えた by 川端裕人(パルコ出版) 彼は駒場での同級生である。これを書いた時はまだ彼は日テレ勤務だったけど,今はフリーライターとして活躍中。調査捕鯨の船に半年乗り込んで来た体験記。クジラを巡る問題を通して,欧米と日本の関係とか自然保護運動のrationaleとかいろいろ考えさせる。
- 無告の民 by 大石芳野(岩波書店) クメールルージュ全盛期の危険だったカンプチアのルポ。序文は大江健三郎。
- 古い骨 by アーロン・エルキンズ(ハヤカワ・ミステリアスプレス文庫)形質人類学者探偵ギデオン・オリヴァーものの邦訳1冊目。原作は,(1) Fellowship of Fear,(2) The Dark Place,(3) Murder in the Queen's Armes,(4) Old Bones,(5) Curses!,(6) Icy Clutches,(7) Make No Bones,(8) Dead Men's Hearts,(9) Twenty Blue Devils,の9冊がこの順に出版されている(1997年5月現在)。そのうち(1)と(9)を除けば全部邦訳されている。形質人類学の「骨を見る目」をうまく謎解きに生かしている点で評価すると,この「古い骨」か(原作(4)),邦訳2冊目だった「暗い森」(原作(2))にとどめをさすと思う。「暗い森」を楽しむには,本多勝一の「殺される側の論理」(朝日文庫)とシオドーラ・クローバーの「イシ」(岩波書店)も併読すべきである(とか書いてしまうとネタばらしかも)。「古い骨」はモン・サン・ミッシェルという舞台装置も最高だし,終盤の息つく間もない展開もすばらしい。ギデオンの私生活も徐々に展開するので,これは出版順に読むべきである(ジュリーとの会話がいい味だし)。蘊蓄は骨ばかりじゃなくて,最新作(9)のコーヒーの蘊蓄もなかなかである。(9)はまだ邦訳は出てないけど,英語も読みやすかったし,終盤の謎解きで,前半に散りばめられていた伏線が次々に拾われていくのは実に見事で爽快だった。英語の本を4晩(寝る前と風呂の中だけ)で読んでしまったなんて,これだけである(実を言えば睡眠時間が減ったのだけれど)。
(9)の邦訳のタイトルは「楽園の骨」であった。名訳だ(1998年1月追記)。
- 最長不倒距離 by 都筑道夫(角川文庫)ぼくはあんまりトリックで唸ったミステリってないのだが,これには唸った。あと,ペダンティックな名探偵という,名探偵ものの王道を踏んでいる点もお気に入り。もちろんこの物部太郎探偵シリーズの,「七十五羽の烏」ともう一つ(タイトル忘れた)も傑作。いわゆる島田荘司以降の新本格を崇めている若僧に是非読ませて,カルチャーショックを味わわせてやりたい。
- 御手洗潔のダンス by 島田荘司(光文社カッパノベルス)御手洗・石岡コンビの本格ミステリで,これに出てくるトリックも大胆だなと思った。最近のこのシリーズは「眩暈」とか「アトポス」とか「暗闇坂の人食いの木」とか長すぎてしまらない点もあるので,この比較的初期の中編集がぼくのベスト。暗闇坂なんてキームンを飲む場面しか印象に無いし。もっとも,「占星術殺人事件」での初登場以来,御手洗潔のペダンティシズムに徐々に磨きがかかってきただけのことかもしれないけれど。
- Contagion by Robin Cook This is a kind of medical thriller. It is not suitable for genuine riddle-lover to follow the story. However, you can probably enjoy unexpected criminals.
(1998年1月付記)邦訳がでたけどいくつか誤訳が目に付いた。テレーズのキャラクタが会話文にいかされていないように感じた。
- Invasion by Robin Cook I have read this with great pleasure. This is a novelization of the TV series in NBC network. Thus, it has extreme thrill with short intervals. It's like Aoi-uchu-no-bo-ken (The adventure in the blue galaxy) by Sakyo Komatsu or Hoshi-mushi (The star bug) by Takao Iwamoto, in the sense of encouranging readers. Obviously the author has been inspired by the Andromeda parasites (by Michael Cliton), but the idea by the author concerning the way of invasion was so unique. It has some kind of similarity as the Blood music (by Gregg Bear) in a manner of existence of alien. This is as thoughtful as I know from the viewpoint of the aim of invasion. Although there are some confusing points, I can recommend it as worth reading.
(Additional comments in Japanese) Penn. Stateでやった実験の途中経過報告で忙しくって本なんか読んでいる場合じゃないっていうのに,面白すぎて止められなかった逸品。終わり方に若干の不満は残るが。(4/14/1997読了)
(More additional comments in Japanese) でも,Biological Journal Clubで役に立ったからいいや。(4/21/1997追記)
(1998年1月付記)これも邦訳がでた。
- 幻詩狩り by 川又千秋ことばをテーマにしたSFが面白くないわけが無い。
- The children of mind by Orson Scott Card This is the conclusion of the Ender's saga. As much as preceding Ender's stories, this is fantastic.
- ヴィーナス・シティ by 柾 吾郎(ハヤカワ文庫JA)コンピュータをテーマにしたSFはついつい読んでしまう。「ネットの中の島々」に近い。「マイクロチップの魔術師」にも近い。「ヴァレンティーナ」とも類似点が。みんな傑作と思うけど,今のところ,「ウォーゲーム」を除けばこれが一番。「ウォーゲーム」は爽快感がたまらない。
- ディオゲネスは午前3時に笑う by 小峰元(講談社文庫)いわゆる青春推理小説という作品群を彼は何冊も書いているけれど,たぶんこれが一番できがいい。
- 苦界浄土 by 石牟礼道子(講談社文庫)水俣病患者のルポ。
- 花の木登り協会 by イーデス・ハンソン(講談社文庫)関西の人にはどう受けとめられるのだろうか?
- 世界名作全集(1) by 清水義範(文春文庫)笑える。
- 超革命的中学生集団 by 平井和正(角川文庫)人間性悪説小説を読んだのはこれが始めてだったからショックを受けた。ぼくも中学生だったし。これからウルフガイシリーズと幻魔大戦に進んだのだったなぁ。
- 奇想,天を動かす by 島田荘司(光文社カッパノベルス)吉敷刑事を主人公とする一連の作品群は,ミステリとして一流なのだが(トリックも伏線もぴたりと決まっている。とくにこれと「北の夕鶴2/3の殺人」),読後感が異様に暗く落ち込んでしまうのが評価が分かれるところか。御手洗ものも性悪説小説だが,探偵のペダンティシズムが強いのでここまで落ち込まずに済む。でもたまには現実を見据えて落ち込んでみるのも悪くない。いまは文庫になっているようだ。
▲次【2】(曾て聴いた音楽について(1997年5月26日)
) ●枕草子トップへ