今朝は久々にマンデリンが会心の出来であった。ライブコーヒーで月曜に買ったハイローストの30 gをナイスカットミルの目盛6くらいでやや粗めに挽いて,90度を超えるくらいの湯で600 ccほどペーパードリップしたのだが,酸味は少なく,甘みがややあって,木の実のようなコクがあり,苦みは普通だが,何とも言えぬ風味があった。
しかし,味を語るのは難しい。「何とも言えぬ風味」ではいけないとは思うのだが,それを語る語彙がないのだ。栗原堅三「味と香りの話」(岩波新書)にあるように,味を関知するメカニズムすらラベルドライン説とアクロスファイバーパターン説との間で決着がついていないのだから,脳のレベルで外部化することはまだできないような気がする。味覚センサーのような機械もあるから,メカニズムがわからなくても外部化できる可能性もあるが,言語化するにはメカニズムがわかることが必要であろう。生物の生存にとって重要な,甘味(糖のシグナル),うま味(タンパク質・アミノ酸のシグナル),塩味(ミネラルのシグナル),酸味(腐敗物のシグナル),苦味(毒物のシグナル)くらいは強弱という軸で説明できるが,コーヒー豆の個性を語るには,もっと繊細な言葉が必要である。
甘味や酸味や苦味なんてものは,豆の個性というよりは,ローストや抽出の仕方で大きく変わってしまうのだ。例えば,キリマンジャロのフルシティを高温の湯でさっと抽出したら,ブラジルのハイローストを低温の湯でゆっくり抽出したものよりも酸味が少なくて苦味が強いに違いない。それで,アーロン・エルキンズ「楽園の骨」(ハヤカワ文庫)に出てくるようなテイスティング用語が登場するわけだが,piquant(ピリッとした味)なんてただ言われても「これがpiquantだ」と体験付きで教えて貰うまでは実感できまい。最近出た,UCCコーヒー味覚表現委員会「珈琲ブック:田崎真也のテイスティング」(新星出版社)でもその辺は誤魔化されていて,酸味と苦みを中心的な2つの軸にして,後は主観的に表現して楽しめればいいと書いて済ましているのが現状のようだ。豆ごとに付された「田崎真也のTasting Memo」では,例えばマンデリンだと「香り●焼きたてのビスケットのロースト香を主に,ピスタチオのような青豆の香ばしい植物系の香りをほんのりと感じる。」などとあって努力のあとは感じられるのだが,実際今朝のマンデリンの風味がそうだったかというと,ちょっと違うような感じがするのである。まあ,ぼくは味の研究者ではないので,美味しいというだけで充分といえばそうなのだけれど。