枕草子 (My Favorite Things)

【第168回】 人口60億人の日(1999年10月12日)

先週の学生実習は,実習指導自体が体力的にきつかったわけではないのだが,なぜだか大層疲れた。その反動で日曜日は子どもを近所の公園で遊ばせながらノタッと過ごした。が,昨日は体力も回復したし,天気も良かったので,大峰城というところに行って来た。子ども2人を自転車に乗せ,善光寺前のバス停まで押していくのに40分ほど。これはどうということはなかったのだが,バスに乗って七曲りというグニャグニャ道で強烈な横Gに耐えた後,荒安というところから大峰城まで1.5 kmの山道を歩くのがきつかった。自分だけならたいしたことはなかったと思う。しかし,3歳の娘を抱きかかえながら,途中で拗ねてしまった息子5歳のやる気をかき立てつつ城まで歩くのはかなりの試練だった。大峰城にいった目的は,農水省から特別な許可を得てやっているという,「生きたヘラクレスオオカブトムシ」の展示を見ることだったのだが,展示そのものははっきり言って期待はずれだった。狭いケージの中に,申し訳ばかりの床敷きを撒いて,1匹飼いされているものがいくつかあっただけで,やや展示方法に疑問を覚えた。外国産のカブトムシ類が他にも何種類かいたのだが,中には死んでいるとしか見えないものもあった。もう少し,生息環境を考えた展示はできないものだろうか? 大峰城は狭いところだからできない,というなら,別の場所でやっても良いはずだ。では大峰城に行ったのは損だったか,というと,そんなことはない。なぜなら,眺望が素晴らしいのだ。4階の天守閣から見える長野市内の眺めと,遠くに霞む山々まで,視界を遮るものは何もないのである。城の外のトイレも良く整備されていたし,蜻蛉がたくさん飛んでいて,和むには最高である。もっとも,売店などもないし,自販機は釣り銭切れだし,公衆電話すらないので,所詮徒歩でくるようには作られていないようなのが,やや不満である。

さて本題。世界の人口が60億人を超えたと国連から発表された。「政治的な理由で」60億人目がサラエボで生まれた男児になったという説明に,何か釈然としない人が多かろうと思う。しかし,考えてみれば世界の隅々まで国連の目が行き届くわけはなくて,例えばパプアニューギニアでも,ブッシュで出産して数週間経ってから村に帰ってくるなんてことはよく起こるわけだし,そこまで考えなくても,世界のどこかで誰か一人死んだら60億番目が1人ずれてしまうわけだから,「ちょうど60億人目」などというのが正確にわかるわけはないことは自明だろう。人口推計の曲線から,おそらく11日に60億人に到達する筈だと考えて,政治的にサラエボを選んだということなのだ。推計だからもちろん異説があって,米国センサス局の推計だったら先月の段階で既に60億を超えているし,たいした意味があるわけではないのだが,今日12日を"the Day of 6 billion (60億の日)"と定めたそうだ。

国連のニューズリリースには,人口が60億に達したことには良い面と悪い面がある,と書かれている。良い面とは,人口60億が,健康と長寿を目指した個人レベルや集団レベルの活動の結果だということであり,悪い面とは,60億人口の8割は途上国の住民で,毎日生まれる356000人の赤ん坊のうち90%は途上国生まれであり,彼らのうち5人に3人は基本的な衛生状態が悪く,ほぼ3人に1人はきれいな水へのアクセスを欠いている,ということである。各国政府が1994年のカイロ会議で誓約した,女性のリプロダクティブ・ヘルスを達成するための努力を続けることを思い出すきっかけとなる,とも書かれている。国連の発表には直接触れられてはいないが,南北問題を考えれば,人口増加は先進国にとっても他人事ではないし,地球環境という視点に立てば,急激な人口増加が環境に大きな影響を与えない筈がない。1987年に大学院入試の勉強をしていたとき,フランス語の科学雑誌(日本でいえば「科学朝日」みたいな)を読んでいて「50億人目が生まれた」とかいう記事がでてきた記憶があるから,あれから12年ちょっとで10億人増えたわけだ。恐ろしい増加速度であり,このまま増えたら地球では収容しきれなくなるまでにたいした年数はかからなそうである。だからといって,先進国から途上国に向かって「人口を減らせ」ということはできない。だいたい,国内では少子化対策をしておいて,途上国には生むなというのは,甚だ欺瞞的である。現実としては,途上国でも家族計画プロジェクトが国家主導で進められているところでは劇的に人口増加速度にブレーキがかかっているのだが,これが逆に途上国の経済のさらなる悪化を招いてしまうとしたら,国連がそれを推進することは,リプロダクティブヘルスに貢献するという目的だとしても,果たして「善いこと」なのだろうか?

東海銀行とあさひ銀行は合併でなく経営統合で,2000年10月に共通の持ち株会社を設立するということだったが,長期的に見れば合併に向かっているといってよかろう。ふーん。


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