枕草子 (My Favorite Things)
【第515回】 ペースダウン(2001年4月19日)
- 5:30に起きて往路あさま502号。考えてみるともう1年以上,通勤記録として乗った新幹線を書いているが,最近飽きてきたので,何も毎日書かなくてもいいんじゃないかと思っている。ともかく,あまりに忙しいので,この日記もややペースダウンするかもしれない。
- ちょっと弱気になっているのは,竹内君の食中毒に続いて,萩原君が扁桃腺に膿がたまって入院してしまったことも影響しているかもしれない。忙しくて疲れが溜まってくると,身体にガタがくるというのは,きわめてありそうな話だ。
- 長野から高崎までは,半分眠りながら講義の構想を考えていた。
- 講義は快調。前回よりはちょっとペースが掴めてきたような気がする。受講人数は,1コマ目の生態学は若干減って,2コマ目の社会調査は若干増えた。生態学の方が準備には時間をかけているので,もったいないような気がするが,どちらもいろいろ書いてくれる学生が多くて張り合いがある。
- 終了後,今日はまだ自転車がないので(明後日は午後息子の授業参観があって年次休暇をとるので,午前中にTRYに行ってEspressoを買ってくる予定で,そうなればたぶん来週からは高崎近辺の待ち時間がなくなるはずだ),1時間もバスを待たねばならない。暫く待っていたが,耐え切れなくなって北高崎駅方面に歩き始めた。北高崎駅が見える場所に,ラーメン屋があった。バスが来るにも信越線が来るにも,まだ30分以上あったので,ここで昼食をとった。ラーメン屋を出ると,電車が来るには4分程度の間がある筈なのに,なぜか目の前で踏み切りが閉まった。待てど暮らせどどちらからも電車など来ないので,ぼくを含め,踏み切りの前で待っている人々のいらいらが募ってきた頃,西方から「試運転」と表示された電車が現れた。最後尾につながれていたのは,なんとD51だった(右写真)。石炭も大量に積まれていた。そのせいか異様にゆっくりしたスピードで走っていて,影も形も見えないうちから踏み切りが閉まっていたわけだが,あの美しいD51の姿を拝めたからには,文句などいう筋合いではないのかもしれない。どのみち,早く踏切を渡っていてもバスも電車もまだまだ着かないわけだし。
やっと来た信越線に乗って高崎駅に着いたら,今度は新幹線が来るまで20分以上待たねばならなかった。新幹線の中で寝過ごしてしまい,東京駅から引き返そうとしたらまた20分ほど待たねばならなかった。間が悪いというかなんというか。疲れた。
- 研究室に着いてからは論文を読み,ちょっとそれについてのDiscussionをした他は,メールの返事を書いたり,国際保健学専攻のWEBサイト立ち上げの打ち合わせをしたり。疲れのせいとかネクタイをしているからというのは言い訳にならんが,効率が上がらないまま,終電1本前で帰宅。
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