枕草子 (My Favorite Things)

【第644回】 老化防止とは(2001年9月8日)

娘を保育園に送ってから,その足で長野駅に向かい,あさま510号に乗っている。今週は息子の授業参観のために年次休暇をとったからということもあるし,夏休み明けの各種締め切り(とくに人口分析方法論の原稿と未来開拓研究の分析枠組み作り)に追われていることもあって,忙しいのである。それに,喫茶者の端くれとしては,今朝の信濃毎日新聞社会面のコラムにあった,烏龍茶や緑茶の摂取が老化促進マウスの雄での老化を防止し,烏龍茶の方が効果が大きい,とかいう研究の詳細が知りたいので,そのソースを探して(新聞記事ではソースが明らかでなかった)詳細をチェックするというのも,今日やっておきたいと思っている。

そもそも,老化防止効果なんてものを言うためには,「老化」をきちんと定義しておくことが必要である。老化は多面的現象だから,評価軸をはっきりさせておかないと,動物実験をしてもどこに効果が出たのかがはっきりしない。次に,緑茶とか烏龍茶といっても等級も品種も生産地もさまざまなので,例えば安溪鉄観音と凍頂烏龍茶では味があれだけ違うということは成分も大きく違って当然だし,緑茶といっても玉露と上煎茶と番茶では違うだろうし,煎茶でも,品種が「やぶきた」なのか,それともその他のもの,例えば「さやまかおり」なのかによって違うだろうし,蒸し茶か釜煎り茶かという製法の違いの影響も出るだろう。「やぶきた」の「深蒸し」というレベルで特定できても,春茶と夏茶では成分が違う筈だ。もっといえば,同じ茶葉を使っても,いれ方や湯温や抽出回数によって,まったく浸出液の成分が違ってくる。つまり,相当厳密にその烏龍茶の作り方がspecifyされていないと,それが何物なのかということがわからないのである。こういう謎だらけのときは,原文に当たるに限るので,大学で探してみようと思っているというわけだ。

探した結果,サントリーのニュースリリースが見つかった。国際栄養学連合17回国際会議(17th ICN)で発表されたものだった。企業の発表である場合,大抵ニュースリリースが出ているので,日経プレスリリースで検索すれば早かったと思われる。

さてその内容だが,まず,烏龍茶も緑茶も品種や産地や摘んだ時期,製法の記載はなかったから,その時点で緑茶と烏龍茶の比較,という一般化は無意味になっている。つまり,それぞれが緑茶を代表し烏龍茶を代表するのかどうかがわからない。次に,滲出(山西貞「お茶の科学」[裳華房, 1992]では「浸出」)の条件が,茶葉1 gに対して水1リットルで20分,烏龍茶が100℃,緑茶が70℃と書かれているのに引っかかった。100℃で20分というのは,最初の温度が100℃だったということだろうか? それとも煮沸を続けたということか? ふつう,烏龍茶を美味しく淹れるには,3〜4 gの茶葉に対して100〜200 mLの熱湯(97〜99℃)を注いで3〜4分の浸出とされているから(前掲書),普通には人間は飲まないようなレベルで徹底的に抽出したものと考えられる。そうすると,この実験は,烏龍茶や緑茶というよりは茶葉が含んでいる成分をターゲットにしたものといえる。

結果では,緑茶や烏龍茶の持続的な摂取によって血液の抗酸化力が大きくなったと書かれているが,血液の抗酸化力というのが何を測っているのかがわからない。「お茶の科学」では,「老化を防ぐ抗酸化作用」と題して,表18.2に各種の茶の理論的抗酸化活性が掲載されているのだが,これによると烏龍茶の中でも萎凋と揺青の過程における発酵度が高いものはカテキン類がかなり分解してしまい,抗酸化活性は低いはずなので,おそらくこの実験で使われた烏龍茶は,烏龍茶の中でも発酵度が低い,包種茶なのだろうと思われる。「老化と遺伝子」によれば,「老化」は「動物が性的成熟を遂げた後に始まる体の構造と機能の劣化」(p.6)と書かれているのだけれど,「劣化」は価値観が入った言葉なので,これは必ずしも明確な定義とは言い難い。第8章で,食事制限によって寿命が延びることはわかっていて,それが過酸化物の蓄積が防がれるためだと論じられているので,細胞中過酸化脂質濃度のようなものなら,老化の代替指標にすることはまだ可能かもしれない。

しかし,この実験で採用されている「血液の抗酸化力」以外の老化の指標は,「体毛の消失,目の周囲の皮膚状態および行動に関する状態などを点数化し」て計算した「総老化指数」と,学習試験結果なのだが,学習試験の結果が良かったのはカフェイン摂取による短期的反応かもしれないので,老化が防止された証拠にはならないと思う。では「総老化指数」は,といえば,どうやって計算したかが書かれていないので評価のしようがない。体毛や皮膚などはエストロゲンレベルが高ければ変化が抑制できそうなので,雌で水摂取群との差が見られなかったのは,サントリーのリリースにある「雄よりも老化が遅い」というより,おそらく雌雄間でのエストロゲンレベルの違いを反映しているのだと思う(老化促進マウスのエストロゲンレベルがどう変化するのかをぼくは知らないが)。そもそも老化促進マウスがどういう遺伝的変異のせいで早く老化症状を呈するのかがわかってないので,そこを詰めてからでないと,ヒトのふつうの老化現象に適用可能かどうかはわからないはずだ。

以上の理由で,この発表の価値を評価するには,圧倒的に情報量が不足しているのだが,いずれにせよ(1)動物実験であり,(2)普通は飲まないような淹れ方をしている,という2点だけ考えても,烏龍茶を飲むと老化が防止できるなんて軽はずみな結論には到底結びつき得ないことだけは確かである。くれぐれも誤解しないように>マスコミ各位。

あまり仕事は進まなかったのだが,今日は早めに帰る予定である。


結局19:02上野の559号になった。以下備忘録。


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