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生態学第20回
「どうやって生態系は多様化したのか
〜進化生態学のモデル」(2001年11月8日)
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最終更新:
2001年11月14日 水曜日 20時29分
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講義概要
- 問題を逆に捉えてみよう
- ▼前回,生態系は多様で複雑な関係でなりたっていて,ちょっとした種間関係の変化でも間接効果があらわれ,しかもそれが予測不可能であることを示した。
- ▼しかし,生態系が今あるようになったということは,それが進化の道筋で適応的だったからと考えることもできる。
- ▼生態系を複雑系*として一般化してみる〜要素還元万能論へのアンチテーゼ
- * M.M.ワールドロップ「複雑系」(新潮文庫)
- コンピュータによる進化の実験
- ▼種間関係だけを定めた複数種の生物をプログラムとして作って,全体がどうなるかをシミュレーションしてみると,間接効果が見える
- ▼種間関係が変わりうるように,進化できる生物をコンピュータ上に実現してみたらどうか? と考えた研究者が現れた。→いわゆる「人工生命」の研究
- 人工生命
- ▼一定のアルゴリズムに従って生活,死亡,繁殖を行う生物のモデル。複数個体を同時に生活させ,相互作用も考える。従うアルゴリズムそのものを遺伝子を模した記号列で表し,繁殖の際に突然変異や有性生殖でアルゴリズムが変わるようにすることで進化を表す。
- ▼ライフゲーム,遺伝的アルゴリズム,神経回路模型なども人工生命である。
- ▼生態系の進化を考える人工生命モデルとしては,Tom RayのTierraが有名。
- ▼webからダウンロードできたり,Javaで書かれていてブラウザで参照するだけで実行できるものが多い。ライフゲームの例として,LifeX (Windows用),生態系シミュレーションの例としてSF作家としても有名な数学者ルーディ・ラッカーのBoppers (Windows用),進化する人工生命の実験としてHelix4 (Windows用)を紹介。リンク集としては,人工生命の宝庫から辿ると良い。
- 進化生態学の考え方
- ▼人工生命のように,生態学的な関係が,どのように現在の形に進化したか,と考える学問を進化生態学という。(cf. 進化心理学)
- ▼問題設定の例:雌雄はなぜ半分ずついるのか? ヒトだけがなぜ繁殖しなくなってからも長期間生き続けるのか? シマウマはなぜ草を食べ尽くさないで休んでいるのか?
- ▼考え方の例:血縁淘汰,進化的に安定な戦略(ESS),おばあちゃんの孫育て仮説,分別ある捕食者説
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- 進化生態学の考え方は,1つの問題について何種類くらい?
- 問題によって違います。例えば,なぜ個体ごとに雌雄に分かれている生物では,体の大きさや子の世話・性行動・移動定住性・利他行動など,行動上のさまざまな側面に雌雄の違いが見られるのか? という問題に対しては,(1)子育てをしない生物では,精子を作る方が卵を作るのに比べて圧倒的にコストがかからないために,雄の繁殖成功が雌との出会いを増やす能力と強く関係するのに対して雌の繁殖成功が卵を生産する能力や適切な産卵場所を選ぶ能力によって決まってくるため,性行動は雄をプレーヤーとして繁殖可能な雌を巡って競合するというゲームのモデルで説明しやすいとか,(2)孔雀の飾り羽のように雄だけが極端な形質をもつことの説明として,他の雌と同じ好みをもつ方が有利になるという正のフィードバック効果であるランナウェイ仮説とか,優れた遺伝子を子どもに残すことを通じての間接的な利益としての「セクシーな息子」仮説(既に否定されたが)とか,わざと極端な形質をもっていても生きられることをディスプレイすることで他の形質の優秀さを示すという「ハンディキャップの原理」など,さまざまなアプローチが知られています。
- 人工生命についてもう少し詳しく知りたい。
- 人工生命については,ワールドロップ「複雑系」(新潮文庫)の第6章を読むことをお薦めします。自己を記述し変化し増殖するプログラムのコードは,自己組織化する複雑系という意味で,生命と極めてよく似ています。ラングトンは1971年の暮れから1972年初頭にかけてアルバイト中に見たライフゲームの画面に生命そのものを感じて,「人工生命」というパラダイムを考え出したということです。ランダムにパラメータを変化させながら自己複製をし,広がるコンピュータウイルスは,人工生命の一種といえます。小説の中では物凄く強力な遺伝的アルゴリズムを組み込んだコンピュータウイルスが拡散してパニックが起こるというアイディアが何度も使われています(幸森軍也「あなたの待つ場所」角川ホラー文庫,川端裕人「S.O.U.P.」角川書店,ディレーニイ&スティーグラー「ヴァレンティーナ」新潮文庫など)。
- おばあちゃんの孫育て仮説などの考え方についての参考書,本などの紹介希望。
- おばあちゃんの孫育て仮説は,提唱されてまだあまり時間が経っていないので,載っている本は多くないのですが,杉本正信・古市泰宏「老化と遺伝子」東京化学同人の第2章に取り上げられています。進化生態学や行動生態学の理論については,柴谷・長野・養老編「講座進化(7)生態学からみた進化」東京大学出版会や,巖佐庸編「数理生態学」共立出版が参考になると思います。
- 今日紹介された他にもお薦めプログラムは? ESSとは?
- いろいろなプログラムが公開されています(上記リンク集から辿れます)。多くはJavaで書かれていて,ブラウザで見れば実行されます。ESSとは進化的に安定な戦略と呼ばれます。先頃京都賞を受賞して昨日受賞記念講演をしたJohn Maynard=Smithさんが提唱した概念です。簡単に言えば,平均的な生き方が淘汰の上で安定に維持されることです。
- 部族によってすきっ歯な人がモテるとか,首が長い人がきれいだと言われるのは,くびれの例と同じこと?
- ケースバイケースなのでわかりませんが,タイなどに住む首の長い人たちは金属の輪を徐々にたくさん嵌めていって人為的に首を伸ばすので,それに魅力を感じるのは文化的な要素が大きいように思います。
- 雌雄なぜ半分ずついるのか? について詳しく知りたい。
- 進化的に安定な性比が1:1だという議論は,もともとR.A.Fisherによってなされたものです。数式で厳密に表現することもできますが,感覚的に説明すると,次のような仕組みになります。集団中の雌の数が雄よりも多いときは,雄についても雌についても交尾機会が集団内で一様ならば,雄が平均して雌よりも多くの子を残すことができるので,雄雌を決定する遺伝子の世代間伝達確率がその遺伝子自体の存在と独立ならば,その親で働く遺伝子のうち雄を作らせる遺伝子が,より多くの子孫に伝えられることになります。雄が雌よりも多くなった世代に至って,雌が雄よりも平均して多くの子を残すことができるので,今度は雌を作らせる遺伝子がより多くの子孫に伝えられることになります。それゆえ,進化的に安定な唯一の性比は1:1となるわけです。しかし現実には1:1でない場合もあります。例えばエジプトヤブカのいくつかの集団では,雄の方が雌よりも極端に多くなっています。これは,Y染色体上にある遺伝子Mが減数分裂のときにX染色体を壊すため,X染色体をもつ精子が劣化して,Y染色体の方が多く受精に成功するために雄が多くなっていることがわかっています。これだけだと雌がいなくなって絶滅してしまいますが,Mによって壊されない耐性X染色体が存在するので,そうはならないということです。この場合は,遺伝子Mが,自らが親世代から子世代に伝えられる確率に作用するので,前提の一つが崩れています。自分の腹の中で孵化する子どもを産み,子ども同士が交尾するダニの一種Acarophenaxでは,一腹の卵から雄が1匹だけ孵化し,15匹程度の姉妹と交尾した後で母親の体内から出ずに死んでしまうという,極端に雌に偏った性比になっていることが知られています。これは,局所的配偶者競争が起こるのでやはり前提の一つが崩れているからと考えられます。
- 遺伝的アルゴリズムや神経回路模型について,もう少し詳しく知りたい。
- 産業技術総合研究所の宇津木明男さんによる用語解説を参照。
- プログラムとして間接効果をシミュレーションする場合,どんなことに注目して見てみればいいか?
- 直接効果の妥当性があるかどうかを確かめた上で,パラメータをいろいろ変えてみて,どういう間接効果が出てくるかを見ます(感度分析)。
- 遺伝子組換え技術とバイオテクノロジーの違いを知りたい。間接効果のプログラムは自作するのか?
- 遺伝子組換え技術はバイオテクノロジーの一種です。プログラムは,ふつう、研究者が自作します。
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