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生態学第19回
「生態系の間接効果と非決定性」(2001年10月25日)

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最終更新: 2001年11月9日 金曜日 20時18分

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講義概要

生態系の間接効果
▼種間競争や被食捕食関係などを考えれば,ある種の個体数の消長が,直接関係のある他の種の個体数と関係することは自明。
▼生態系を考えると,直接関係しなくても,間接効果があることも容易に想像できる。
砂漠の種子食性のアリとネズミの関係
Indirect relationship between mouse and ants in Arizona desert.
間接効果を与える架空の食物網の数理模型
Hypothetical indirect relationships
数理模型による間接効果の説明
▼種1から種4への被食捕食関係がないときと,種1から種4への被食捕食関係があるときでは,群集行列にはその部分が変わるだけだが,その逆行列に符号をつけた感度行列にはいろいろな場所で違いが出る。種1と種2の関係(間接効果である)に関して言えば,符号が変わることがある。
▼明示的に考えている被食捕食関係が限られているために群集行列では0のところが多くても,感度行列では0のところはほとんどなくなってしまう。間接効果があることを意味する。
殺虫剤の逆理
▼殺虫剤を撒いても,害虫の天敵を殺してしまうと,却って害虫の個体数が増えることもある。
▼世の中にこのような例は多い。人間の浅知恵ということか。
京都宣言の逆理
▼京都宣言では,漁獲対象の魚の間の被食捕食関係があるとき,どちらも満遍なくとるのが望ましいとされている
▼しかし,普通に数理模型を立てて最適解を求めると,どちらか1方だけ獲ったほうが良いと出る。
▼間接効果をうまくモデル化できていないから。
多様性と安定性の逆理
▼多様だから安定とは限らない。Eltonがワイタムの森で素朴に考えたことを支持する数理モデルはまだない。


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「安定」の定義は生物によってやはり異なるものでしょうか。
▼安定性と多様性の関係を評価するために必要な「安定」という概念は,さまざまな多様性をもつ生態系に共通していなければなりません。しかし,目に見える姿としての安定性は,たしかに生物によって異なるでしょう。例えば,イワシは大きな個体数変動を示しますが,ちゃんと振幅している限りは安定といえます。しかし,ヒトがイワシほどの個体数変動を示したら,それは不安定と解釈されるでしょう。
生物の多様性を守るためにヒトを犠牲にすることはやむを得ないと言える?
▼そう考える人たちはdeep ecologistと呼ばれていますす。ディープエコロジーについては,京都精華大学環境社会学科のwebサイトの環境雑学マガジンの11月3日付けの記事に,ちょうど取り上げられていました。
殺虫剤を撒いても害虫の天敵を殺してしまうと却って害虫の個体数が増えるとあるが,例えばどんな虫があてはまる?
▼マメハモグリバエは豆科作物の葉を食害しますが,その幼虫に卵を産み幼虫から羽化するカンムリヒメコバチや,卵に産卵するハモグリミドリヒメコバチなど28種の寄生蜂が知られています。ホソヘリカメムシの卵に産卵するカメムシタマゴトビコバチはカメムシが分泌する集合フェロモンの成分の1つに誘引されることがわかっています。
間接効果をうまくモデル化するにはどうしたらいい?
なるべく詳細なモデルを立てるしかないでしょう。しかし際限ないので,ほどほどで妥協するのが普通です。
京都宣言の時には専門家の意見を聞かなかったのか?
聞いて,経験的には京都宣言の方が正しいらしいことはわかっているのですが,単純な数理モデルでは京都宣言に合う結果が出てこないということです。
殺虫剤の逆理について:殺虫剤で寄生蜂が激減した結果害虫が増加するということは,寄生蜂は餌が増えるからその個体数は増加して,結局は殺虫剤を撒く前のような状態になる?
▼コナガに寄生するコナガサムライコマユバチやコモリグモなどは農薬に非常に弱く,ごく薄い濃度でもたやすく全滅してしまいます。そうなったら,殺虫剤耐性を獲得したコナガが餌であるアブラナ科の野菜を食べ尽くすまで増えるだけです(モンシロチョウの幼虫などと種間競争を起こすことはありえますが)。
この夏,「網戸に虫来ない(アースあみ戸に虫こない)」という殺虫剤(?)を買ったが,網戸に直接薬をスプレーして虫を避けるのは良いとして,網戸に付いた薬が風を家の中に取り込む際(空気の入れ替え時など),風に乗って部屋に入り,自分も殺虫剤を吸い込んでしまうのではないかと思い,使うのをやめた。もし使っていて,身体に悪影響がでたら「殺虫剤の逆理」になる?
▼ヒトが過ごしやすくなる目的で使った薬品が逆にヒトを病気にする,という意味では逆理ですね。ただ,網戸に塗って虫が来ないようにする薬なら殺虫剤ではなく,昆虫忌避剤だと思います。1957年から使われているDEETが代表的なものですが,殺虫剤よりは低毒性のはずです(「買ってはいけない」では環境ホルモンを含んでいるといって批判されていますが)。DEET処理やデルタメスリン処理をした蚊帳で蚊を効率的に駆除するところから発想したのでしょうが,蚊帳と違って網戸を介して囮餌があるわけではないので,その効果は小さいでしょう。網戸は,風通しの良さと昆虫の侵入しにくさがトレードオフの関係にあるので,風通しが良いまま昆虫が侵入しにくいように,ある程度大きな目の網戸に昆虫忌避剤を塗ることは合理的です。安井至さんすら「無意味」と言っていますが,必ずしもそうとは言えません。DEETなら普通数時間しか有効でないので,1.5ヶ月も持続するというのは,ただのDEETではないのでしょうが。
多様性と安定性の逆理のところで,安定だと多様といえる?
▼必ずしもそうは言えません。環境変動がない限りは,2種の競争系でも,1種しかいない系でも安定になることはありえます。
強引に生態系に逆らうことこそ,最も影響が強いということがわかった。殺虫剤などを減らすような努力はしているのか?
▼IPM (Integrated Pest Management)という考え方があり,米国などでは殺虫剤使用量を減らす努力がされています。遺伝子組換え作物もそのような流れで出てきたものという側面もあるのですが,必ずしも成功しているとは限りません。
大昔は人間も生態系の間接効果をもろに受けていたと思うが,今はどう? ちょっと複雑ですが受けていると思うのですが。
▼明らかに受けています。

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