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市民シンポジウム:少子・高齢社会における医療環境のあり方を考える
2004年12月4日,14:00-17:00,群馬県庁29階,291会議室
以下は,表記シンポジウムについて,中澤が個人的に記録した内容のメモである(注は中澤の感想である)。聞きながら打ったので,誤記や誤解があるかもしれないことを,予めお断りしておく。誤りがあればご指摘いただきたい。
なお,総合司会は,田村遵一 群馬大学総合診療部教授だったが,急用で中座されたので,途中から酒巻教授に交代された。
基調講演
- 1. 少子・高齢社会における医療倫理−家族愛の語りを中心に−
服部健司 群馬大学医学哲学・倫理学教授;参考:市民医療倫理フォーラム
- ◆個人主義と家族主義:「この国には家族主義という麗しい精神風土がある」という語りが昔からある(川の字で眠るとか,一緒に風呂に入るとか)。日本はお互いに助け合うことが求められてきた。親元から早く独立するなんてのは大事ではない。親と仲良くするのがいいとされる。結婚式も何々家と何々家。新郎と新婦の名前が書かれていることはない。親族紹介もある。最後は新郎の父親が締めくくる。これは個人主義の国ではありえない。ただし家族主義は日本だけではなく,南ヨーロッパやアジアでもある。医療現場でも癌の告知が本人を跳び越して家族に伝えられる。どこまで治療するかも家族に尋ねられる。個人より家族。家族は助け合う防波堤にもなるが,内側の人に対しては実は暴力的(親が子供に命令するとか結婚に文句をつけるとか)。
- ◆家族像の変貌:しかし家族が変わってしまっている→家族主義も成り立たない。個人主義の国では自己管理能力の高さが評価される。仕事の後は有機野菜や豆腐を食べて一所懸命運動する。日本でも,家族のありようは変わってしまった。農家では一家総出で田畑にでて食物生産。その間,おばあちゃんが孫の面倒をみるとか,兄姉が弟妹の面倒をみるとか勉強を教えるとか。老いた祖父母の面倒をみるとかいった福祉機能ももっていた。ところが,会社勤めの人には転勤がある。地縁が切れて孤立化。できることが限られてくる。家族がこれまで果たしてきた機能を外部に委託するようになる。警察とか保育所とか。家族が果たす本来の役割はどんどん小さくなってきた(家族の地盤が弱くなってきた)。何ができるか? かつては息子の嫁が介護をしてきた。いまは女の子だけしか子供がいない家が4割。
- ◆介助と福祉の在宅化・家族内化:この辺り,春日キスヨさんが本の中で書いている。「家がいい」は「家族と一緒がいい(〜家族愛の美しい語り)」とは異なる。医療の在宅化が進んでいるけれども,多くの人は家族に負担をかけたくはないと思っている。家族に負担をかけるくらいなら施設で面倒を見てもらった方がいい。昔と違って地縁・血縁が回りにないので,家族だけでは在宅医療・介護はできない。
- 2. 少子・高齢社会における医療連携
酒巻哲夫 群馬大学医療情報部教授
- ◆医療連携の話の前に,人口ピラミッドの予測:少子高齢化がどういう風に進んでいくか。2000年,2025年,2050年=釣鐘型。極端な進み方。少子側は,出生率低下が持続
- ◆他の特徴は,国民皆保険制度,医療機関へのフリーアクセス,先進国に比して安価な医療費(対GDP)。しかし,「長期入院,社会的入院,ねたきり」という特徴。西洋では「ねたきり」の人がいないので話しても通じないといわれる
- ◆世界の医療提供体制と日本:人口当たりのベッド数は他国より多い。ベッドあたりの看護師数,医師数はずっと少ない→ねたきりの原因?
- ◆どこの先進国でも起こっていること
- 医療の高度化と専門分化
- 終末期医療費が最も高額
- 医療費抑制政策が焦点
- ◆日本の未来:高齢者の医療を社会が支えきれなくなる
- ◆どうすればよいのか?
- 保健,福祉,医療制度の改革:包括医療制度への転換,混合診療の導入,etc.
- 現在の医療資源を効率よく活用する:医療機関の機能分担,情報の共有,医療連携
- 患者自身が医療を選択していく:知識の獲得,患者の選択権を尊重,教育の場
- 自らの健康を守り,高齢者として働く
- ◆自分の健康は自分で守ろうねというと個人主義になってしまう。家族でどうやって守るかが「日本型」の焦点
- ◆市民が自分のために作る健康管理システム
- 患者さんの日常
- できるだけ健康を維持する
- 早期に異常を発見する
- 家族みなでサポートする
- ◆取り組み例:検査結果が自宅でインターネットを通して見られると,医師に質問する焦点が絞れる。自己管理できる問診システム=ヘルスライフプラン
- 3. 東南アジアから見た日本の少子・高齢社会
小山 洋 群馬大学生態情報学教授
- ◆もう十数回行っていて,インドネシアがとても気に入っている。群大はパジャジャラン大学(@バンドン)と交流している
- ◆家族:美しく語られるけれども機能はないのでは? 社会全体として支援する仕組み:医療連携,情報公開,……
- ◆インドネシア:人口2億3千万人,人口増加率2〜2.5%,家族主義・大家族主義(いい面も悪い面も)
- ◆パジャジャラン大学との学生交換交流:4名ぐらいずつ10日間互いに受け入れて実習
- 県保健予防課訪問:健康問題についてレクチャーを受ける
- 老人保健施設訪問
- 痴呆老人グループホームにてドクターとディスカッション
- レポート:
- インドネシアでは家族でケアするので,施設見学は良い経験だったけれども,入所者が寂しく感じることもあるのでは?
- 老人介護は良好な質だけれども,インドネシアで作るなら群馬の老人病院とは違うものを作れる
- ◆インドネシアと日本の違い:GHQが来たことによって,日本は価値観がいったんきれいに失われた。農地改革と国民皆保険によって社会は均一化した。インドネシアはそれがなかったので,貧富の格差が残り,地主=小作関係もあるが,金持ちが貧乏な人の面倒をみるという大家族主義もその分残っている。
- ◆家族の機能を社会全体として支援して回復することがいいとするなら,そういう社会全体としての方向性(ストラテジー)を考えてもいい。
- 4. どのような医療環境をめざすか
橋本和博 県医務課長
- ◆医療提供体制について:昭和36年に国民皆保険により「いつでも,どこでも,誰もが」安心して医療を受けられる環境が整えられた。もちろん,制度だけでは駄目なので,それを担保する医療体制の充実も同時になされてきた。
- ◆医師数:人口10万人対でいうと,195.8人,群馬県は190人,3875人144病院(精神を除くと124病院)
- ◆医師法:応召義務=正当な理由無しに診察や治療の求めを拒めない
- ◆診療報酬:病院の収入。「安心を提供するため」の施策については,その都度,補助金がついている。
- ◆今後目指す体制
- 救急医療体制の整備(昔救急車で患者がたらい回しされたことがあったのがきっかけ)初期救急(在宅当番医制と休日夜間急患センター),二次救急(病院群輪番制),三次救急(救命救急センター,2医療機関=日赤前橋病院,高崎病院)/li>
- 小児救急医療体制の整備:救急病院に重ねて,小児だけを取り扱う体制を構築している。厚生労働省の指導では二次医療圏単位でとされているが,群馬では小児専門医が少ないんで4ブロック制。ただし東毛はまだ。
- 災害拠点病院の整備:今回の新潟中越地震でも日赤にはすぐに拠点ができた
- 僻地医療体制の整備
- 周産期医療体制の整備:出産数減少はあるけれども,同時に不妊治療によって,多胎児や未熟児がおおくなってきている。
- 精神科救急情報センターの設置:2004年1月から24時間体制
- 医療安全相談センターの設置:きっかけは横浜市立大の患者取り違え事故。看護師2人を雇用して(十分ではないが),苦情を受け付けている。年間900件くらいの相談がきている。
- ◆安全確保
- 病院内の医療事故報告制度(病院内のシステムを動かして報告せねばならない)
- 国立病院,大学付属病院等,全国255病院について,重大な医療事故は日本医療機能評価機構に報告する義務がある(ただし罰則規定無し)
- 都道府県における全病院に対する医療監視の実施
- ◆医療をめぐる環境の変化
- 臨床研修の義務化:人数が変わってきた。平成13年は119人。平成16年には86人へ減少。平成17年は94人へ。若干持ち直しているが,これが群馬県に残ってくれる医師の数と考えると少ない?
- 産婦人科,小児科医の不足。麻酔科,脳外科は数は多いけれども,それを標榜する病院が多いので,意思の数としては不足。産婦人科は,オープンシステムモデル事業:ふつうの検査は診療所,リスクの高い分娩は大病院で,とか。
- 医療特区の検討
- 医療制度改革の流れ
- 医療機関の再編整備
- 福祉との関係:療養病床が長期入院の場となっているのを,どうやって福祉につなげていくかが課題
- 5. 群馬県における高齢者対策の将来
角田雅博 県高齢政策課長
- ◆「高齢化対策主要指標について」という資料を参照:65歳以上人口割合:19.6%で全国31位。都道府県単位でみれば,まだ高齢化は進んでいない方。前期高齢者が1936万人,後期高齢者が1000万人を超えた。そのうち逆転する見込み。県内では南牧村と神流町が高齢化率が高い。中心市街地(前橋,高崎など)の空洞化も問題。日本の高齢化は,他の先進国に比べて進行が早い。7%から14%になるのにかかった年数が25年。フランスは100年以上。ヨーロッパ諸国はゆっくり。働く世代の負担:11人→3.3人。一人暮らし高齢者の状況:確実に増えてきている。世帯単位でも。要介護者数:増えていくと予測されている。
- ◆高齢者自身が社会の原動力となるように,高齢者の社会参加・社会貢献をやりやすくする。いかに元気で働ける高齢者をつくるか? 団塊の世代の人たちがあと10年経つと高齢者になる。そのときが問題。
- ◆老人福祉施設等の整備:介護保険3施設:合計約18000床で,82%の充足率。しかし特養には順番待ちが出ていて,整備が待たれている。しかし補助金が切れて問題。介護保険が始まっても措置はある。社会のセーフティネットという意味を込めて必要。有料老人ホームは増加中。
- ◆痴呆性高齢者対策:150万〜160万人→10年後には200万になると言われている。
- 6. 群馬県における少子化の現状と対策
大崎茂樹 県青少年こども課長
- ◆資料12ページから22ページまで:TFRは国レベルでは1.29まで来ているけれども,群馬県は1.38。p.16上の図は社人研による人口予測(注:2500年までカーブが書いてあるけれども,まったく無意味な図だ。過去の人口推計は何によるかといえば,鎌倉以降くらいなら,多くは宗門人別帳からのもののはず)
- ◆いろいろ対策しているけれども大変
パネル・ディスカッション
フロアからの発言と,それに対するパネリストの応答など。
- 元保健師の71歳の方の,スティーブン・ジョンソン症候群に罹った経験を経ての話
- 高齢者が多いなら(そのもっている残存能力を生かした)使い方に真剣に取り組めばいいのでは? サポート制度が必要。高齢者と家族関係は切っても切れない。病気を持ちながら生きている兄弟姉妹の使い道をうまく考えたら良い。
- よその県から来た人にもフレンドリーに(情報公開も含めて),今日配られたような資料を市民に知らしめて欲しい。県や市でもPRしてほしい。
- →酒巻先生:その通り。角田さん:長寿社会作り財団がシルバー職業斡旋とかヘルパー研修とか造園研修とかしている。
- →元保健師の方:シルバー人材センターは働こうという能動性がある人しか拾えない。そこを拾うものが欲しい。例えば高崎市の「未来塾」みたいな活動の存在は,人材センターまで行って初めてわかった。もっと広報があれば出会う機会が多いはず。
- →角田さん:ボランティア活動の組織化なども検討している
- →大崎さん:子育て中の若いお母さんたちが悩んでいるのが,子育ての相談相手が見つからないこと。アドヴァイスが欲しいのではなく,ただ聞いて欲しいという欲求。その意味での相談相手ならば,子育てを終えた後の高齢の女性が最適なはず。場所を作っていこうと考えている。現実に保育園でも子育て支援グループがあって,今日の資料でも18ページの下のところに,地域における子育て支援のところに「世代間交流」を謳ってある。具体的な場所作りが難しい。保育所の敷居が高いことなど。
- →元保健師の方:そういうシステムが欲しいと思っていた。
- →酒巻先生:行政だけでは難しい。NPOなどと共同でやらねば,場作りはうまくいかない。
- 酒巻先生:少子も一緒に考えないとうまくいかない。少子について実感としてはどう感じる?
- 団塊の世代の女性:
- 文明の進歩にともなって便利になったが,人が楽をしている。若者がどうにかならないか:年金はまともにもらえるのか?(注:年金制度は人口増加を前提に計画されたものなので,高齢化がなくても少子化が起こるだけで破綻は免れ得ないことが自明ではないか。)就職ができない,就職したくない,若者の存在が不安なので,現在働いていないけれども,お金をかけずに健康維持をするように努力している。子供が親から離れて自立していないのが多いような気がする。それが晩婚化に結びついているように思う。自分は20歳過ぎたら自立するように育ってきたけれども,今の若者たちはパラサイトだから(注:山田昌弘氏が提唱した「パラサイト・シングル」は,親元で身の回りの世話をしてもらいながら,自分の収入を全部自分で遊びに使う,という優雅な生活を捨てたくないために結婚しない若者たちを揶揄したものだったけれども,この方のいう「パラサイト」は,むしろ山田昌弘氏の近著「パラサイト社会のゆくえ」で指摘されている,就職がないので自立もできず結婚もできずに「不良債権化」したところにもってきて,宿主たる親が高齢になって寄りかかってくるのを支えられないという閉塞状況に近いものを指していると思われる)
- →小山先生:インドネシアの学生は社会の役に立ちたいと育ってきている。日本はそういう若者を育てられなかった。どういう風に育てれば良かったのか? 良いのか,これからコンセンサスが必要。
- →酒巻先生:子供3人とも独身。寿命が伸びたのが大きなキーワード。親が元気だから子供が働かない。80代の親がまだピンピンしている。
- 子育て中の女性医師の方:
- メーリングリストとかが地域社会の代わりに機能している。
- →働く女性に対する支援策がキーワード。気持ちよく安心して働ける社会。
- →群馬県は夜間保育はどうなっているのか?→制度的には22:00以降。普通の時間帯よりも長くというのは延長保育。延長保育はかなり実施している。22:00以降の認可保育はない(無認可ではある)。
- →太田市で市の男性職員に対して育児休業を強制的にとらせている話:p.17「もう一段の対策」男性も積極的に子育てにかかわりましょうという。事業主の行動計画:企業で働いている男性に対する対策。コストの問題に行ってしまう。(注:子育ては3年間の育児休業で終わるわけではないから,例えばIBMが小学校6年までは自宅勤務できるように,そういうシステムを構築するアドヴァイスみたいなことがなされれば価値があるのでは? もちろん職種によるだろうけれども。それと,子育てだけやるなら楽なので,男女共同参画による働く女性のサポートを考えるなら,家事負担を分担する問題を抜きにしては駄目だ)
- →大崎さん:忌引きのときはサポートできるのだからできるはずで,考え方の問題(注:男が育児休暇をとっても何にもならないという無能力さが原因では)
- →子育て中の女性医師:職種を問わず事業所内保育施設に支援して欲しい
- 鈴木庄亮先生(群馬大学名誉教授):
- インドネシアは子供が多いけれどもとても大切にする。生まれるとどんちゃん騒ぎ。地域全体で。産婆さんが一番サポートする。生まれてからも40日間つきっきり。家族は核家族だけれども親戚が近くに住んでいてラージファミリーとして機能している。フランスとスウェーデンは約8割の所得保障をした。日本は3割から4割。日独伊という旧枢軸国がTFRが低い(注:いや,香港の方が低いから,社会不安が大きな原因の一つだと思う)。自己実現が妨げられると思ったらだめ。
- →雰囲気作り。富国強兵みたいなことが機能するかも。
- →混合診療は経済問題。自由診療と保険診療を混ぜてもいいことにする制度。一見よさそうに見えるので賛成論がある。
- パネリスト最後に一言ずつ
- ・行政だけでは無理です。
- ・モラルハザード
- ・高齢社会を支えるために子供を作ろうというのは間違い。ナチスドイツをみればわかる。自分の体について知るべきだという語りは不要では。主体性は煽られて作っていくものではない。日本の高齢者は家族のことを気遣いながら「自己決定」していることを配慮すべき。
- ・自立とか自己決定のときに家族や社会がどれくらい頭の中にあるのか,というと価値観が崩壊している。便利さや効率を追う社会が日本では進行しすぎた。競争の中に叩き込まれていて,足を止めるわけにいかない。足をとめられないので,ルール作りが必要。
- ・ネットワーク作り。大学は人集めが下手。新聞にちょっとだけ載ったけれども。定期的にものごとをきちんとやっていくことが大事。少なくとももう1回は続ける。
全体への感想
関連しているから仕方ない面もあるのだけれど,やはり話が拡散しすぎだったのではないか。口を開くと余計に話が拡散して止まらなくなりそうなのでやめておこうと思って黙っていたが,ストレスが溜まった。もっと「医療のあり方」に絞った方が実り多かったんでは?
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