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書評:安達千李・新井翔太・大久保杏奈・竹内彩帆・萩原広道・柳田真弘(編)『ゆとり京大生の大学論 教員のホンネ、学生のギモン』(ナカニシヤ出版)

最終更新:2013年8月5日

書誌情報

書評

京都大学で昨年突然持ち上がった教養教育改革に対して教員が反対運動を起こし,それに反応した学生たちがいろいろな教員に話をききに行き,それを踏まえて教養教育のあり方について学生同士で議論したという本。

人類学会で以前から知っている菅原さんと山極さんの話は,まあいつも通りな感じだった。安定した面白さというべきか。作業療法の山根教授の話は,おそらく保健医療の専門職養成課程という点が共通だからと思うが,実感としてわかった。

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以下,ほとんど通常の意味での「書評」ではないが,いろいろと考えたことを書く。

学生同士の座談会が意外に面白かったが,大学がユニバーサル・アクセス型になったからといって,すべての大学がユニバーサル・アクセスである必要はないと思う。東大と京大くらいは専門学校みたいなことはしないで済む大学であって欲しい。ポケゼミ,自主ゼミ,勉強会の話は,自分の学生時代を思い出した。東大には京大のポケゼミにあたるものとして,全学一般教養ゼミナールというのがあって,ぼくは駒場の語学クラスでも進振り先の保健学科でも同級となったS君と2人で,都市工学の味埜先生がやっていらした下水処理の生物学だったか,活性汚泥についての本や論文を読んで議論するゼミを受けていたが,現場の写真を見せていただいたり,スタッフ2人と学生2人で議論するという贅沢を楽しめた上,どこだったか忘れたが(東銀座だったような記憶が微かにあるのだが,あまり自信はない)駅地下の飲み屋で晩飯をご馳走になって,カニ味噌と日本酒が実に美味かったことを覚えている。あと,生物測定学教室でやっていた,Bulmerの量的遺伝子の集団遺伝学のテキストを読むのも全学一般教養ゼミナールだったような気がする。自主ゼミとしては,中西準子さんが助手だった頃の公害原論に何度か参加したが,あれも都市工学科の建物でやっていて,学外の人が多数参加していたのが印象的だった。勉強会も研究室ごとに主催していたのでいろいろ参加したが,RothmanのModern Epidemiologyの初版を苦労しながら読んだのが一番の印象に残っている。教養の講義では,全然畑違いだが国文学が大変面白かった。海外で研究や調査をしていると日本の歴史や文化について尋ねられることが多く,国文学的な教養は意外に役に立っている。

もちろんすべてが良かったわけではなく,西部・公文・舛添・石井といったビッグネームな方々が教員としてオムニバスで登壇していた国際関係論は,900番教室という大教室での講義で,後の方に座っていると顔も見えないし,話を聞いていると違うんじゃないかと感じることが多かったのだが質問や議論をする時間はなかったし,あまり良い印象がない(25年以上前のことだから,記憶が書き換わっている可能性もあり,もしかしたら時間はあったのかもしれないが,失望したのは確かだ)。『ゆとり京大生の大学論』でも触れられていたが,大教室での講義は,あまり意味が無いような気がする。学生の反応を見ることもできず一方通行になってしまうなら,オンデマンドのビデオの方がマシかもしれない。(講義をする側としても,)160人でもレポートに全部目を通すのはしんどいし。

なお,群大の医学科や神戸大の保健学科で講義をしてきて思うのは,専門職養成課程だと指定規則に縛られて必修が多く,選択科目をとる余地が少ないらしいのが気の毒だなあということ。もっとも,群大医学科では公衆衛生学教室に入り浸って疫学とか統計処理とかを単位などにはまったく関係なく勉強したり,中には研究までしてくれた学生が1学年に0〜2人の割合で存在したので,結局は学生のやる気なのかもしれないが。

【2013年8月5日,2013年6月28日鵯記より採録】


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