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書評:川端裕人『ギャングエイジ』(PHP研究所)

最終更新:August 5, 2011 (FRI)

書誌情報

書評

著者による紹介文にもあるが,小学校を舞台にして新人教師が奮闘する「お仕事小説」であり,新人保育士を主人公にしていた『みんな仲良くバギーに乗って』の小学校3年生版ともいえる。『みんな仲良くバギーに乗って』も傑作だったが,本書もあれ以上の傑作である。タイトルのギャングエイジとは,小学校3年生のことで,子供の保護者会で,長野の小学校でも聞いたことがある言葉だから,小学校教育の現場では普通に使われていると思う。ちょうど自我が育ってきて一筋縄ではいかなくなり,時としてギャングのように徒党を組んで突拍子もないことをしでかしてみたりする。本書のギャングエイジの子供たちは,2年生のときに大きな事件に出会って傷ついているという事情もあり,新人教師「てるてる先生」が出会う試練は一際大きい。それだけに,そこで逃げずに子供と向かい合っているとドラマが生まれる。本書の授業や課外指導場面はとても臨場感がある。実際に読み聞かせ活動やPTAで頻繁に小学校に通っていた川端ならではの描写だと思う。

実は,本書は,Web文蔵(pdf形式で新作小説が1章ずつ発表されていき,全文読める――たぶん期間限定だが――という太っ腹なサービスで,今公開されているなかでは,『ファイヤーボール』という作品も傑作だと思う)に発表されたときに毎回読んできた。だから,内容はだいたいわかっていたが,やはり書籍となった形で通読したかったので買ってみた。Web文蔵で読んでいた時の印象としては,故・灰谷健次郎さんの遺作となった『天の瞳』(小学校は幼年編II〜少年編Iだったと思う)以来の,本格的な学校小説だと感じていた。『天の瞳』は達人に囲まれて成長していく子供にフォーカスした話で,ある意味理想像なのだが,『ギャングエイジ』がフォーカスするのは成長する新人教師であり,校長先生だけはちょっと『天の瞳』の達人たちと似た香りを漂わせているけれども,周りの人々は現代の日本の地方都市とか都市近郊ならば現実にいてもおかしくない,普通の人々だし,子供たちも普通にいてもおかしくない子供たちであったと思う。PTAも含めて,川端自身も経験したり見聞きしたであろう苦難に出会って,足掻き苦しみつつも,しっかり向き合ってそれを乗り越えて行く主人公から元気をもらえる作品であったと記憶していた。

以下,通して再読しての感想を書く。一度読んでいるはずなのに泣けてきて困った。子供たちの成長ぶりからは『天の瞳』に匹敵する感動を受けるし,結末へ向かっての物語のサスペンス感覚はと盛り上がりはエンタテインメントとしても素晴らしい。本筋とは関係ないが,実はぼくが住んでいる地域の小学校も校舎の建て替え工事をしていて(知らない人は,どうして3年間もかかるんだと思うかもしれないが,現実に小学校校舎の建て替え工事は3年間かかるのだ),その間校庭が使えないので運動会なんかもできなくなってしまって近所で場所を探すのが大変だったりするのだが,『ギャングエイジ』の舞台になっている小学校のいいところは,たぶん校庭が広くて学校林もあるところで,改築中だというのにちゃんと校庭が使えているらしいのが羨ましい環境だ。

あと,川端自身も書いているように,この小説では小学校3年生の実際の授業風景や内容が教員の視点から多々描かれるのが特徴だが,せっかく算数で掛け算を扱ったところがあるのに,最近川端がfocusしている順番問題に触れられていないのは惜しいところ。教員間でも意見が違ってたりするだろうに。もっとも,そこまで扱うと拡散しすぎかもしれないし,本書執筆時点では,まだfocusしていなかったのだろうが。

もう1つ,本筋とはあんまり関係ないが押さえておきたいのは,この校長先生は理想像に近いのだけれども,実は物凄い趣味人なのではと思わされるのは,カペ・アラミドを常備していて度々主人公てるてる先生にふるまってくれるという件。カペ・アラミドといえばインドネシア産のコピ・ルアクと同じくジャコウネコの糞からハンドピックして得られる豆で(ということは本書中にも書かれているが),そもそも扱っている店が少ないし,安い店で買っても100gで4,000円以上するはず。コーヒー1杯淹れるのに10gは使うから,1杯400円はかかる。焙煎して日数が経つとどうしても味と香りは落ちるので,これだけの豆を使うなら,焙煎してから1週間以内には飲みきりたいところ。それを常備しているらしい校長先生は,よほどのコーヒーマニアに違いない。

なお,川端の小説はドラマにはなりにくいものが多いと思うが,本書は連ドラにできると思った。勝手にキャストを想像してみても楽しい。

【以上,2011年8月5日,メモより所収し加筆修正】


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