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書評:川端裕人「ニコチアナ」(文藝春秋)

最終更新: August 18, 2005 (THU) 18:08 (書評掲示板より採録)

書誌情報

書評

登場人物がいう,タバコは時間を微分するという言葉は意味不明である。普通は,現象を時間で微分するのだ。現象を時間で微分するための演算子だとか,時間を分節化するという力があるとかいうならわかるが,それなら新幹線通勤とかオフィスで飲むコーヒーだって同じことだ。所詮は戯言にすぎない(2005年追記:だから,この言葉は,そういうことをいう人物像への手がかりとして読むべきだと思う)。

オビの惹句『前人未到の快挙!「タバコ」という名の「近代」に正面から挑んだ知的サスペンス』というのは嘘ではないが,ちょっと本質を外しているかも(なお,もっと大きな文字で書かれている『高層ビルを覆いつくす新種の植物群。自然の復讐か,あるいは……』というのは,反則に近い惹句だと思う。これだけだとBH85とかグリーンレクイエムみたいな話を想像してしまうが,全然違うのだ)。これは,サスペンスである以上に物語であり,新しい言説の構築なのだと思う。なぜなら,クライマックスでの「解体」は現実の分析ではないし,この物語には決着がついていないから(2005年追記:もちろん,現実に決着がついていないのだから,物語にも決着がつかないのが正しいのだし,たぶん川端はそういう曖昧さへのアプローチを意識的にやっているのだと思う)。

なお,p.346に出てくる,総合月刊誌の「今,タバコを考える」特集というのは,「ノンフィクション作家」という肩書きでの川端裕人の最近の著作として「望星」の2001年5月号から7月号まで短期集中連載された「タバコ問題を考え直す」を想起させる(というか,意図的に書いたのだろう)。実は川端が言いたいテーマは同じなのだと思うが,「ニコチアナ」以上に,「タバコ問題を考え直す」の方が伝わりやすいと思った。

【2001年8月23日記】


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