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書評:川端裕人『桜川ピクニック』(文藝春秋)

最終更新: March 14, 2007 (WED) 16:28 メモより転載)

書誌情報

書評

連作短編形式の父親育児小説集。川端自身,blogで『ベタな育児小説としては、ふにゅうと対をなす、おそらくは「最終作」となる短篇集』なんて書いているいるけれども,本当に真っ向から父親の育児をテーマに据えていて,多少気恥ずかしくなるくらいベタベタ。決して嫌な感じではないが。忙しすぎて子供と接する時間なんかほとんどなくて,育児は奥さんに任せっぱなしという父親がもしこれを読んだら,どう感じるのだろうか。

今となってみると懐かしい感じのする(なんていう読者はあんまり多くないかもしれないが),幼少期の子供とのかかわり,職場との関係,保育園を通したweak ties,共稼ぎ家庭における自分の妻であり子供の母親である人との葛藤(有形無形に,意識するとしないにかかわらず,いろいろあるのが当然),といった風景が点描される。この連作短編に登場する主なパパである恵,治,誠は,それぞれ川端自身の投影なんだと思うが,人間はそもそもプリズムのように光の当たり方によっていろいろな反応を返すわけだから,誰しも自分のうちに恵っぽいところもあれば,治っぽいところ,誠っぽいところを持ち合わせているはず。たぶん,川端自身の生活は,橋崎さんに一番近いんじゃないかと思うが。

各作品に一言ずつコメントしておくと,「青のウルトラマン」は切なかった。涙が出るほど切ない,この無力感は圧倒的だ。「前線」は不思議な作品だ。前線から引いたと感じている「父親」が,ふわふわと捉えどころのないものと感じている日本の現実の中で,戦地の少女の視線が強烈な「リアル」を醸し出すのは当然として,一見捉えどころがないと思われた日本の女子高生の方が,実は自分よりも「リアル」に生きていたのかもしれないという視点のどんでん返しが面白い。「うんてんしんとだっこひめ」は微笑ましい。「夜明け前」で吠える治とフェンスを殴る誠は,『星と半月の海』のパンダの野生と一脈通じるところがあって,気持ちはわからないでもないが(とはいえ,もし少女たちが金銭をもちださなかったら行き着くところまで行っていたのかと考えると,ちょっと共感できないが),自分はそこまで煮詰まらなかった。「おしり関係」は素晴らしい。なるほど,確かにおしりは誰にでもあるな。そこをパンクな音楽にしてしまうという自由な発想がいい。で,大笑いした後に「親水公園ピクニック」で大団円なわけだが,そこは川端なので,タンケンタイが宇宙生物(と彼のブログでも書かれている生き物)を見つけてしまったりする,子供と一緒のセンスオブワンダーも忘れていないところがいい。

まあでも,「最終作」なんて言っているけれども,子供ってやつは,小学校高学年でも,中学生でも,それぞれ面白い経験をさせてくれるので,きっとお子さんが成長したら成長したで,また新しい「育児小説」を書いてくれるんじゃないだろうか? それとも,それはPTA小説になるのか?

【以上,2007年3月9日,14日記】


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