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書評:石田基広『とある弁当屋の統計技師②:因子分析大作戦』(共立出版)

最終更新:2014年1月23日

書誌情報

書評

第1巻に引き続きご恵贈いただいた(ありがとうございます)。きっと第1巻が売れたのだろう。喜ばしいことだ。

因子分析なんて高度な分析法をラノベ仕立てにできるんだろうかと危ぶんでいたのだが,実はQ & A形式で進めるのに向いているネタなのかもしれない。イラストライターが,ラノベでありながらネットワーク管理やシステム構築の世界におけるSEの実情を如実に描いたと評判の夏海公司『なれる!SE』シリーズのイラストを描いているIxyさんになった。絵柄を見ただけでそうじゃないかと思ったが,やはりそうだった。表紙の2人など,桜坂兄妹のようだ。

因子分析と主成分分析の違いの説明の仕方はお見事。因子分析のモデルという面倒くさいものを,よくここまで噛み砕いて,しかも面白く説明したものだと感服した。回転の説明も厳密にやろうとすると難しいのだが,イメージとしての与え方はうまいと思った。因子分析って何だろう? というイメージを掴みたいとか,1巻よりも複雑な統計モデルが何の役に立つんだろう? といった関心をお持ちの方には格好の本だと思う。

もちろん,実際に因子分析をするには,英語だけれども以前簡単にまとめた説明pdf(2014年2月28日追記:日本語訳とこの本のデータでの例示)に書いたように,いくつの因子を選び出すのが適切かというのも大問題で,スクリープロットとかパラレル分析とか固有値が1を超えるといった方法はあるけれども,こうすればいいという決まったやり方はないという難関だし(本書では最初から因子数2が決まっているという設定によって,この問題に直面するのを避けている),バートレットの球面性検定により関連の乏しい変数が入っていないかのチェックをするという話も入っていないし,サンプルサイズ40というのも因子分析には小さすぎるのだけれども(KMOサンプリング適切性基準での判定とかの話も必要),説明の都合上の例題だから,これはこれでありだと思う。

ストーリーの骨格としては,試験のクラス平均点を上げる目的で全体を底上げするのではなく少数の高位外れ値を作るという戦略と,そのために前回の試験6科目の点数から生徒一人ずつの理系因子と文系因子を抽出し,因子得点(実はその計算法も1つではないのだが,共立出版の本書の紹介ページからリンクされているサポートサイトの説明に従ってパッケージMisakiをインストールしてみたところ,factanal()関数のoptionとしてscores="regression"だった)をプロットすることで生徒の潜在能力特性を可視化する(本人が気づいていない潜在的得意科目に気づけるようにする)ところまではいいとして,ちょっと無理があったかなあと思うのは,平均点の伸び代が大きく他クラスとの差別化をしやすい科目が数学と英語なので,数学集中組と英語集中組を選ぶというところ。数学は理系因子しか影響していないので理系因子の因子得点が大きい生徒を選ぶ戦略が自明だからまだいいとしても,英語は理系・文系両方の因子が影響し,かつ独自性(uniqueness)が大きいため,英語集中組の選抜基準が曖昧なまま決めさせているのに,そこを登場人物が突っ込まない。結城浩さんの『数学ガール』シリーズならば,テトラちゃんは絶対に納得しないところだ。この物語のヒロインである美咲ちゃんは,そこまで拘らない人物造形がなされているので,物語としては成り立っているが,理詰めで納得したい読者がいたら不満に思うだろう。

もっといえば,本当に点数を上げたいなら伸び代を知る必要があるし,高校の期末試験の点数など一夜漬けで結構変わるので,一度の試験結果から潜在能力を検出するというデザイン自体に無理があり,それまで何回分かの試験結果の推移と,試験ごとに各科目の勉強に費やした時間を調べてコントロールした反復測定多段階混合モデル(という言い方があるのかどうか知らないが)にでもしないと,たぶん本当の潜在能力は検出できないだろう。まあしかし,そこは本書のスコープ外だし,因子分析がこんなことに使えるよ,という入門的な説明としてはよくできていたと思う。第1巻でも指数など最低限の数学の説明があったが,第2巻では初等線形代数であるベクトルと行列についての最低限の説明があり,これもどこまで説明するかのさじ加減は難しかっただろうと推察されるが,まあこれくらいかなあという感じ。

ちなみに,桜坂兄妹のようだと書いた表紙イラストは,第1巻の主要登場人物である正規乱子&二項文太ではなく,乱子の高校のクラスメートである渕上美咲&荻窪直樹であり,イラストレータが変わったから別人のように描かれたのではないのだけれども,p.140のイラストを見ると,乱子の絵も若干違っていた。

その他細かい点がいくつか気になったので,以下箇条書きする。

【2014年1月23日記;2月28日追記】


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