枕草子 (My Favorite Things)

【第29回】 ガンの特効薬(1998年5月15日)

最近テレビなどでも報道されている,「血管形成を阻害してガン組織を餓死させる」新しい抗ガン薬について,Newsweek日本版5月20日号に特集が組まれていたので読んでみた。新しいアイディアなのかと思っていたのだが,フォークマン(Judah Folkman)は1960年頃からこのアイディアに取り憑かれて研究していたらしい。このアイディア,サポートするデータがまだ動物実験でしか得られていないのが弱いが,腫瘍についてこれまで得られている知見をうまく説明でき(原発腫瘍を手術で取り除くと転移腫瘍の成長が活発になるなど),論理的にも納得がいく。内因性の阻害物質だからといって,薬として与えたらたぶん代謝系に影響するだろうから,本当に副作用がまったくないかというと疑問だし,動物実験の結果をそのままヒトに当てはめることは危険だが,現在のところ最も有望な抗ガン薬ではなかろうか。

まあ,人類がガンまで克服してしまってこれ以上寿命が延びていいのか,という問題はあるが,それはまた別の話である。フォークマン自身はもともと小児科医だったので,子どもがガンで死なないようにするという限りではぼくも大賛成。だけど,子どもの血管新生を阻害しても大丈夫なのかというと,わからないから,細かいことをいうとまだまだ…。

Medlineで検索してみたら,彼が同僚のベッカーとともに発表したという論文は古すぎて見つからなかったが,Newsweekによれば「ことごとく掲載を拒まれた」時代の1966年に出た論文を見つけた。

である。この論文は,タイトルからすると,ウサギの甲状腺組織に移植した腫瘍細胞のふるまいだから,ベッカーとともに発見したと紹介されているのと同じである。1971年に漸く彼の理論が載ったという論文の書誌情報もわかった。

である。後で図書館にいって読んでみようと思う。ついでに,鍵となる論文の書誌情報を列記しておく。

  1. Shing Y, Folkman J, Sullivan R, Butterfield C, Murray J, Klagsbrun M (1984) Heparin affinity: purification of a tumor-derived capillary endothelial cell growth factor. Science, 223(4642): 1296-9.(腫瘍が血管形成を促すために分泌する物質の特定)
  2. Ingber D, Folkman J (1988) Inhibition of angiogenesis through modulation of collagen metabolism. Laboratory Investigation, 59(1): 44-51.(血管新生阻害物質の発見:実はこの論文は発見そのものではないが,それをreferしているようだ)
  3. O'Reilly MS, Holmgren L, Shing Y, Chen C, Rosenthal RA, Moses M, Lane WS, Cao Y, Sage EH, Folkman J (1994) Angiostatin: a novel angiogenesis inhibitor that mediates the suppression of metastases by a Lewis lung carcinoma. Cell, 79(2): 315-28.(原発腫瘍自体が産生する血管新生阻害物質であるアンジオスタチンの発見)
  4. O'Reilly MS, Boehm T, Shing Y, Fukai N, Vasios G, Lane WS, Flynn E, Birkhead JR, Olsen BR, Folkman J (1997) Endostatin: an endogenous inhibitor of angiogenesis and tumor growth. Cell 88(2): 277-85.(血管内皮腫が産生する血管新生阻害物質であるエンドスタチンの発見)

しかし,研究が認められるまでの20年間(まあ10年でNEJMにはacceptされているわけだが)は,つらかっただろうと思う。まあ,根拠のある反証がでない限り,画期的な自説を捨てないのは研究者として当然の態度ではあるが,学会の時流から外れた研究をするのは,研究費もとれないし,ふつうは大変である。それができたのは,彼が医者であって,生活の不安がなかったからではないかと思う。めげずに成果を出したことに拍手を送りたい。

閑話休題。このページには思いつくままに思うことを書き連ねているわけであるが,ぼくのページの中で最も反響があるのもここである。学部学生時代の友人がネットサーフィン中に偶然このページを見つけてメールをくれたり,ということは結構ある。しかし,昨日,曾て聴いた音楽についての"Japanese Girl"の項を読まれた川口雅代さんご本人からメールをいただいたのにはびっくりしてしまった。教えてもらった彼女のホームページを見に行って,ぼくの記憶の嘘がわかったので訂正を付記しておいた。そういえば,記憶の底を探ってみると,「新八先生」の副担任は遥くららさんだったな(役名は覚えていないけど)。


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