枕草子 (My Favorite Things)

【第136回】 不忍池逍遥(1999年5月14日;1999年10月22日追記)

まずは他のページの更新について。一昨日は久々にトップページを変更した。といっても,CGI開発室(掲示板開発室より名称変更)へのリンクを外して,Alphaマシン設定記録へのリンクを置いただけだが。Alpha/Linuxへは意外に関心が高いらしく,Yahooなどから見に来る人が多いので,アクセスしやすくしたのである。なお,今月になってから書評掲示板への書き込みを頻繁にしているが,とくに5月1日のそれは,2月から4月にかけて読んであった本をまとめて載せたものなので,決して1日で10冊読んだわけではない。当たり前か。以下,本題に移る。

毎朝毎晩,不忍池の畔を歩いていると,意外なことに出会う。夜,帰るときは池之端門の内側に自転車を止めて,そこから上野まで歩く。池之端門のすぐ右傍には,弁慶鏡の井戸という今も水が出る井戸がある。昼間は下町観光客が集まっていたりするが,夜は静かなものだ。井戸の前からすぐ左に折れて,「クリスマスツリー」とか「おでん」とか呼ばれるホテル・ソフィテル東京(ぼくはまだCOSIMAだと思っていたが,改称したらしい)の下を通り過ぎると,横断歩道を挟んですぐに不忍池である。こちら側,つまり西側にあるのはボート池と呼ばれ,南端には水上音楽堂があったりするのだが,もちろんこんな時間にはボートは動いていない。

余談だが,この横断歩道がある通り沿いにはAIWAという会社がある。AIWAといえば個人的にはSC-B10とPV-A2400MNPなのである。かつてモデムといえばAIWAかOMRONという時代があったのだが,気が付けばそれも一昔前の話だ。ともあれ,ここで紹介したいのは,AIWAにはなかなか風流な人がいるらしく,しのばず通信なるものが公開されているということだ。不忍池周囲が写真入りでいろいろ紹介されているので,この文章を読んで不忍池に興味を持たれた方はご覧になるとよい。

昼間見ると不粋な周囲のビル群も,夜ならばネオンが池の水面にゆらゆらと映ってなかなかに美しいのである。とくに池を挟んで正面に見える弁天堂(弁の字は辨辧瓣辯とある異体字のどれかだったと思うが,どれかは不明)がライトアップされているのはなかなかのものだ。このライトアップ,たぶん22時過ぎには消えてしまうのだが,桜の季節には周囲の花まで白く浮き立たせてくれて美し かった。今の季節だと,池の手前にカキツバタだろうか,黄色い花がいくつも咲いているのも風流である。

なんか,本当に枕草子みたいになってきたな。

黄色っぽい光をまとって浮かび上がる弁天堂を目指して池の左岸を回っていくと公衆便所があるが,この時間になると,煌々とした蛍光灯の光の下に冷たそうな地面が見えるだけで,たいていは誰もいない。もし一晩中灯りがついているとしたら,電気の無駄のような気もするが,多少は暗くするのだろうか? 公衆便所を横目で見ながら歩いてゆくと,この時期に困るのはカップルの姿である。なるべく見ないようにはしているのだが,池に面したベンチに並んでベトーとくっついている方々はなかなか大胆なのである。大胆にしたいためかどうか知らないが,池に突き出たブロックごとに3つ並んでいるベンチの,それぞれ1つしか埋まっていないのが面白い。隣のベンチに他のカップルがくるのは嫌なのだろう,たいてい端のベンチに座っている。

ボート乗り場のところで左に折れると,左側に動物園の池,右側に蓮池が見え,すぐに弁天堂の裏手につく。石の渡り廊下の下をくぐれば,上野方面から弁天堂に通じる参道である。ここには観光シーズンになると露店が立ち並んで通行の邪魔であるが,今は灯りもなく静かなものだ。左側に目をやると巨大な鏃型の石に彫り込まれた「不忍池」の文字が目に入る。右側の蓮池は季節になれば蓮の花が美しいのだが,今の季節はカモ類とカワウが魚獲りに勤しんでいるばかりなので,夜に見るべきものはない。

上野駅に一番の近道は,上野の山を突っ切って公園口に入ることである。横断歩道を渡って正面の石段を登るよりも,すぐ左に折れて地下駐車場の前を通り過ぎてから植え込みに隠れたようにつけられている緩やかな石段を登る方が早い。夜の上野の山にはホームレスの人がたくさんいて,道の端を歩くのは気まずい目にあう可能性があるので,道の真ん中を歩いてまっすぐに駅へと向かうのがよい。桜の季節にはこの辺りは毎日大宴会だったのだが,当時ホームレスの人たちはどこに身を潜めていたのだろう?

朝はまったく様相が違う。東京とはいえ,このルートで感じるのは生命の躍動感である。7:30でも山の上にはホームレスの人たちの姿は既に見えなくなっている。その代わり,鳩や椋鳥やカラスがたくさんいるのだが,池まで降りると,それらの鳥に代わって姿を現すのがたくさんの水鳥である。上にも書いたように,蓮池に目をやると,カワウが小魚を捕るのを観察できる。頭から水中に潜り込んで,次に姿を現したときは口に直角に小魚をくわえているのだ。弁天堂の前まで来ると,太極拳なのかラジオ体操なのか知らないが,大勢の壮年男女がスポーツウェア姿で身体を動かし終わったという風情でいる。ちょうど毎朝7:45くらいに終わってしまうようで,実際に動いているところは見たことがないのが残念である。ボート池に出ると,赤いのやら黒いのやら,たくさんの巨大なコイの姿が見える。数週間前は「のっこみ」と呼ばれる繁殖行動が激しかったが,今はそうでもない。池の岸にはいくつか穴があいていて,その穴と穴の間を黒い塊が走っているのが見える。ドブネズミである。コイや水鳥に餌を投げる人が多いので,足下に散らばったそのおこぼれに与れるここは,住み心地がよいのだろう。天気の良い日には,ぽっかりと浮かんだカメに会えることもある。クサガメのような日本古来のカメもいれば,夜店で売られているミドリガメが大きくなったやつもいる。ミドリガメはアカミミガメの仔とバラガメの仔が混ざって売られているそうだが,ぼくがボート池で見かけたのはすべてアカミミガメである。

朝のボート池北岸を歩いていって,一番驚くのは公衆便所の辺りであろう。昨夜は上野の山の方にいたと思われるホームレスの人たちが身体を洗っているのだ。ベンチにもホームレスの人たちが屯している。日周行動とは言い難いが,なんとなくそういうリズムができているものと思われる。何の拘束もない状態でも,生活のリズムというのはある程度できてしまうものらしい。朝の光を遮るものがないのが大きいのではなかろうか。

……などと考えながら研究室につくと,だいたい8時である。今日も気持ちよく仕事ができそうだ。


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