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生態学第9回
「分解者と屑食者」(2001年6月14日)

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最終更新: 2001年10月14日 日曜日 23時56分

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講義概要

分解者と屑食者
●植物や動物の身体は,死ぬと他の生物のための資源となる。植食動物が食べて消化するときは植物は死んでいるし,肉食動物が食べるとき,食べられる動物は死んでいる。
●植食動物や肉食動物が食べることは,資源(食べられるもの)が生産される速度に直接影響するが,資源が生産される速度に影響せずに死体を食べる(ドナーコントロール型)という意味で,分解者(細菌と菌類)と屑食者(detritivoreの訳で,腐食性生物ともいう。死体を食べる動物という意味で屍食者ともいうが,この講義では屑食者で統一する)は特異である。
●分解者や屑食者の存在は,生態系における物質循環にとって必須である(火事のような非生物的分解だけでは間に合わない)。
※「生態系における物質循環」については,栗原康「有限の生態学」(岩波同時代ライブラリ)が面白い。とくにミクロコズムの実験の話はお薦め。
資源(R)生産速度の式
●植食動物,肉食動物,寄生体の場合:dR/dt=F(R)-aP, Pが捕食者数
●双利共生(第11回に説明予定)している場合:dR/dt=F(R)+δM, Mが双利共生している種の個体数
●分解者と屑食者の場合:dR/dt=F(R)
分解の意味
●非生物的な栄養素が生物の一部として取り込まれるとき,その栄養素の不動化が起こる(第一に緑色植物が光合成するとき)。
●分解は,逆に,生物の一部としての有機物からエネルギーを開放し,化学的栄養素をミネラル化する。
●分解者や屑食者の資源は死体だけではなく,生物体の一部(髪や爪など)や排泄物(生物の死体の一部であるには違いない)も含む。
分解者
●細菌(bacteria)
●菌類(fungi)
●好気的分解と嫌気的分解という分解過程の違いで物質の変化は異なる。
●最初はアオカビ,ケカビ,クモノスカビなどのsugar fungusや,乳酸菌など可溶性の糖類を分解する細菌が付く。
●次いで,澱粉,ヘミセルロース,ペクチンとタンパク,セルロース,リグニン,スベリン,クチンと,分解されにくいものへゆっくり進行する。各々を分解する特別な細菌が存在する。
●化学組成が変化することで(相対的に糖よりタンパクが残りやすい),屑食者の存在する余地がある
●分解者の多くは土壌中あるいは植食動物の胃や腸の中で複雑系を構成している。
※土壌中の生物群集の話については,イボンヌ・バスキン「生物多様性の意味」(ダイヤモンド社)の第5章がお薦め。
分解の3段階
●溶存有機物の放出を伴う,物理的および生物的作用による粒状の生物屑の生成
●屑食者による比較的速い腐植の生成および可溶性有機物の放出
●腐植のゆっくりとした栄養塩(ミネラル)化
屑食者
●微生物(微細な植物=ミクロフローラ,微細な動物=ミクロフォーナ):線虫や原虫など
●中くらいの動物(メソフォーナ):ダニなど
●大きな動物(マクロフォーナ):ミミズなど
●熱帯林や熱帯草原では大きなものが多く,極地やツンドラでは微生物が多い。
被食者としての屑食者
●農薬などを溜め込んだミミズを食べた鳥が繁殖能力を失うとか死ぬといったことがある。生物濃縮の影響など。
●参考:中村方子「ミミズのいる地球」中公新書

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屑食者の中で個体が大きい(ミミズの長いとかでなく)ものは他に何がある?
ファーブルが観察したフンコロガシの仲間のコガネムシとか,野鳥やネズミの死骸などに群がっているシデムシなどは数センチメートルの長さ,1センチメートルの体幅をもつものがありますし,カブトムシの幼虫などもかなり大きいものがいますが,体長3.6メートルに達するオーストラリアのミミズの1種(Megascolides australis)に比べると遙かに小さいですね。ハイエナとかハゲコウ(ハゲタカ)などは,かつては,ライオンなどが狩って食べ残した動物の遺骸を専ら食べていると思われていましたが,最近の研究によってハイエナでも自分で狩って食べる量が6割に達することがわかったので,屑食者というよりも肉食動物とみなすべきでしょう。
オーストラリアやパプアニューギニアの巨大ミミズは,そんなに大きくても屑食者?
落葉が湿って細菌によって多少分解された後でないと食べられないので,ミミズは典型的な屑食者です。巨大なミミズでもたぶん同じでしょう(直接の確認はできませんでしたが)。
ミミズには水中に住むものもいるそうだが呼吸は大丈夫? 土中にいるものとは体の機能とかも違う?
ミミズには肺のような特別な呼吸器官がありません。肺なしに空気呼吸をする最大の生物と言われています。酸素は皮膚を通ってゆっくり血液に入り,ヒトより50倍も酸素親和力が強い特別なヘモグロビン(なんとミミズはヘモグロビンをもっています)を使って組織に酸素を運び,ゆっくり代謝しています(「ゾウの時間・ネズミの時間」を参照)。水中にいるものも,水に溶けている酸素が皮膚からゆっくり入るという点では同じです。塩分濃度の高い水に半ば浸かった状態でも生活できるミミズもいますが,多くの水中に住むミミズは淡水に住むので,それほど機能の違いはないようです。
非生物的な栄養素(栄養塩類)とは例えばどんな?
P(燐), S(硫黄), NO3-(硝酸イオン)など。主に植物が根から吸収することで生態系における物質循環に入っていきます。
キノコにカロリーがないといわれるのは人間がミネラルを栄養として吸収できないから?
ミネラルはもちろん栄養だし,人間も吸収できますがエネルギー源ではありません。
熱帯林や熱帯草原では大きな屑食者が多く,極地やツンドラでは微生物が多いのはなぜ? 「ツンドラ等の寒いところでは土地が痩せている」と聞いた記憶と矛盾するが?
屑食者はあらゆるタイプの地上環境で見られ,しばしば莫大な数に達します。だから,例えば,温帯森林で1平方メートルの範囲の土壌の中には1000種の動物,個体数で言えば1000万を超える線虫と原虫,10万のトビムシとダニ,5万かそこらの他の無脊椎動物が含まれていることがあります。ミクロフォーナ,メソフォーナ,マクロフォーナの相対的な重要性は緯度によって異なります。ミクロフォーナは,亜寒帯林,ツンドラ,極砂漠の有機質土壌で,相対的により重要です。ここでは低温のために分解が遅くなって豊富に維持されている有機物が土中の湿り気の状態を安定させるので,土壌の隙間の薄い水の層に住んでいる原虫,線虫,ワムシに適した微小生息環境ができています。熱帯の熱くて乾燥したミネラルに富んだ土壌ではこれらの動物は少ししかいません。温帯林の深い有機質土壌は,これらの中間的な性質をもっていて,ダニやトビムシやヒメミミズが最も多い場所です。他の土壌動物の大部分は,乾燥した熱帯に行くにつれて減少していき,乾燥に強いシロアリにとって代わられます。そのため,熱帯ではマクロフォーナが相対的に多くなるのです。
ミミズはどうやって農薬を溜め込む?
植食動物や肉食動物や屑食者が有機物を食べるとき,農薬には脂質に親和性が強いものが多いので,分解されないままに内臓の脂肪にたまることが多いのです。他の成分は排泄されたり代謝されて減っていくので,相対的に農薬などが多く溜まっていくことになります。これが生物濃縮あるいは生体濃縮と呼ばれる現象です(普通は消費者について栄養段階が上がるたびに濃縮が起こることをさしますが,分解者や屑食者でも有機物を食べるので濃縮は起こりえます)。分子の性質によって生物を構成している成分との親和性が違うため,例えば海域の食物連鎖において2,3,7,8-ダイオキシンは濃縮しないがコプラナーPCBは濃縮するそうです。
線虫って何? ミミズを虫という人がいるが,本当は何?
1995年の日本経済新聞でも線虫についての研究をミミズと間違って紹介している事例があるのですが,線虫は体節構造がなく,ミミズは体節構造があるので,比較解剖学的にはまったく異なる生物です(線虫は線形動物門,ミミズは環形動物門で,系統上は線虫の方がずっと原始的です)。線虫の中でもC. elegansは,最もよく研究されている実験動物の一つで,最初にゲノムの全塩基配列が決定された多細胞生物として有名です。Natureの表紙を飾ったり,虫の集いのような専門研究団体ができたりしています。
▼なお,「虫」という言葉は,明確な定義のある専門用語ではなく,日常生活用語なので,ミミズを虫といったところで間違いとはいえません。広辞苑でも「虫」の第一義として「本草学で,人類・獣類・鳥類・魚介以外の小動物の総称。昆虫など」と書かれているので,節足動物門昆虫綱に限定された言葉ではないのです。別役実という作家が「虫づくし」という本を書いていて,虫を肯定的な語りによって定義しようと「にょろつくもの」「げじつく場合もある」と定義を増やしていった挙句に全部ご破算にして「我々が小さいと考えるところのもの」という間接定義を考え出し,ネズミだって小さいという反例を自ら挙げて悩んだ果てに「虫は虫である」という究極の語りに行きつくという人物を創造しているのですが,それほど日本人にとって「虫」という言葉が醸し出すイメージは豊かなものだと言えます。
分解者と屑食者の違いは?
生物の死骸や排泄物を食べて,より小さな有機物を排泄するのが屑食者です。分解者は,有機物を好気的あるいは嫌気的に分解して無機の栄養塩類にします。相互補完的に作用しながら,有機物を分解して植物が利用できる形の無機塩類にまでもっていく役割を果たしています。
複雑に絡み合った多種間の関係のグラフの信頼性は?
データの場合,そのデータについては信頼できても一般性があるかどうかはわかりません。モデルの場合,抽象されたモデル自体の振る舞いとしては正しいのですが,モデルの抽象の仕方が正しいかどうかはわかりません。しかしグラフの大まかなパタンは,多種間の関係を感覚的に理解するには便利だと思います。
ダンゴムシ,ムカデ,ゲジゲジなど嫌われている虫は屑食者?
ムカデとゲジゲジは肉食で,ダンゴムシは屑食(ただし生きている植物も食べる)です。
分解者や屑食者が絶滅することは?
もちろんあるでしょう。化学肥料をまいて土壌が硬くなってしまった畑ではミミズが絶滅してしまうことがよくあります。
高校生物の良い参考書か問題集は?
試験はやりませんので,問題集はあまり意味がないと思います。資料集としては浜島書店の「図表生物」をお薦めします。生物学一般の参考書としては,ブルーバックスから出ている「新しい生物学」は良書だと思います。1999年に第3版が出ています。

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