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生態学第17回
「植物レッドリストとPVAの考え方」(2001年10月11日)

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最終更新: 2001年10月15日 月曜日 11時51分

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講義概要

植物レッドリスト
▼1989年に日本自然保護協会と世界自然保護基金日本委員会が,植物分類学者の協力を得て作ったリストが最初。
▼1997年,環境庁が発表したものが最新。 IUCNの1994年基準に基づいて全面改訂。調査は,環境庁の委託で植物分類学会が実施。
▼1/25000地図で4400枚に及ぶ日本各地に生育する植物について,400人の調査員が種名と株数と減少率を調べたデータを元に,シミュレーションモデルで減少率を予測し,A〜Eの基準を適用して分類したもの。
絶滅の恐れのある植物の例
▼サクラソウ,カワラノギクなど。
データの例:サクラソウの場合
(松田裕之「環境生態学序説」所収の表を提示)
日本の植物レッドリストで採用したACD基準とIUCNのA, C, D基準
(松田裕之「環境生態学序説」所収の図を提示)
▼N0(1-R)<50だとCR,N0(1-R)2.5<250だとEN,N0(1-R)10<1000だとVUという基準は,IUCNの基準とは違って滑らかな曲線になる。
▼定量的予測が可能になったのが重要な点。
環境揺らぎと人口学的揺らぎ
▼生物が直面する絶滅の危険性
集団存続性解析
▼Population Viability Analysis (PVA)という。
▼Minimum Viable Population (MVP)がCRの基準値。遺伝学的MVPはもっと大きい(近交弱勢の影響などによる)。
▼環境揺らぎと人口学的揺らぎを考慮した個体数変動の基本方程式は,分集団構造を無視すれば,dN/dt=r(N)N +σeZe(t)・N + Zd(t)√N
※右辺第2項が環境揺らぎ,第3項が人口学的揺らぎを表している。
カワラノギクの絶滅確率予測
(嶋田正和「あの花はどこへいったの?」−西山賢一編「生命の知恵・ビジネスの知恵」丸善ライブラリー所収−を紹介)


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化学物質の動物への影響が叫ばれているが,そもそも始めに吸収する植物はこれによって減少,絶滅してしまわないか?
▼化学物質の中でも,微量で内分泌を撹乱する,いわゆる「環境ホルモン」は,ふつう動物について言われます。というのは,植物にもエチレンやオーキシンなど植物ホルモンと呼ばれる物質はありますが,これと同じ作用をもつ有機化合物(植物成長調節物質)を与えて植物の生理過程を人工的に調節することが古くから行われてきたからでしょう。例えば,未熟な果実を収穫してエチレンに曝露させておくと果実が熟すことが知られています。エチレンのような比較的単純な構造をもつ物質を生理活性のシグナルに使っている植物が外界の影響を受けやすいのは当然なので,取り立てて騒がれることはありません。動物の精緻な内分泌作用が外界のごく微量な化学物質の影響を受けてしまうことが驚きだったので騒がれたのです。
▼他方,酸性雨をもたらすSOxや,生命維持にとって必須の機能を阻害するような化合物は,動物にとっても多くの植物にとっても有害です。ただし,植物の中には,動物にとっては有害な化合物を代謝して無害化してしまう能力をもったものがあります。大気汚染の原因物質として挙げられるNOxを大量に吸収して窒素源として利用できる植物も存在しますし,ある種のシダは土中の砒素化合物を吸い上げ,濃縮して植物体内に溜め込むことが報告されています。このような,植物の機能を利用して環境中の毒物の毒性を低下させる試みはphytoremediation(ファイトレメディエーション)と呼ばれて注目されています。ちなみに,遺伝子組換えした細菌を使って環境中の毒性の強い化合物を代謝させてより毒性が低い物質に変えることはbioremediation(バイオレメディエーション)と呼ばれ,やはり注目されています。
人間は血が濃くなると弱くなるけど,サラブレッドはなぜ強い?
▼すでに純系になっているので,実験用のマウスと同じで遺伝的には安定しているのです。しかし,遺伝的にかなり均質だということは,感染症などが伝播しやすいことを意味するので,必ずしも「強い」とはいえないと思います。
カワラノギクが絶滅するとツツミノガも絶滅する?
▼ツツミノガの幼虫がカワラノギクの種子だけを特異的に食べているならそうですが,ノコンギクという近縁のキク科植物の種も食べるという観察があるので,たぶん絶滅しないでしょう。
サクラソウとカワラノギクがまだ普通に咲いていたとき,どの地域に多かった? 今はどこで見られる?
▼サクラソウはまだ群馬県でも見られます。カワラノギクは群馬県にはありませんが,栃木県の鬼怒川流域とか,東京都の多摩川流域などで見られます。
近交弱勢は動物の種類によって強く現れるものと弱く現れるものがあるのですか?
▼有性生殖をする動物であれば,それほど変わりません。ただ,多産多死の動物の方が影響は受けにくいでしょう。
カワラノギクがもし絶滅してしまったら科学の力とかで復活できる?
▼完全に種までなくなってしまったら復活させることは現在の科学ではできません。この「一旦絶滅したら取り返しがつかない」ことが,絶滅を危惧する最大の根拠だと思います。
レッドリストに載っている動植物がリストから外れる場合はどれくらいあるのか?
▼まとまった情報を見つけることができなかったので,「どれくらい」かはわかりませんが,例えば,米国でのハクトウワシは30年間絶滅危惧種とされていたのが,1999年に外れました。
日本古来のタンポポというのも今ではほとんどなくなってしまった?
▼在来種でいえば,カントウタンポポやシロバナタンポポなら,まだかなりあります。RDBに載っているのは,フタマタタンポポ(CR),タカネタンポポ(CR),ツクシタンポポ(EN),クザカイタンポポ(EN),シコタンタンポポ(EN),クモマタンポポ(EN),コケタンポポ(VU),ヤマザトタンポポ(NT),オダサムタンポポ(NT)です。
群馬県における植物レッドリストに載っている植物は?
▼たくさんありますが,例えば,タチスミレ(EN),オオバタチツボスミレ(VU),サクラソウ(VU)などは群馬県での生育が確認されています。アキノハハコグサ(EN)は高崎市の一部も入っている前橋メッシュでの生育が確認されています。
植物は動物ほど絶滅に対する関心は少ないと感じていたが,動物のような保護はされている?
▼希少植物の群落ではふつう,採取が禁止されています。高山植物を勝手に掘って持っていこうとして処罰された人のニュースを見たことはあるでしょう?
レッドリストに載っている動植物の逆で,異常発生している動植物もあるが,それを適正な個体数にする,という形での自然保護もなされているのか?
▼次回,エゾシカの個体数管理という話を例にとって説明します。

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