東京大学 | 大学院医学系研究科 | 国際保健学専攻 | 人類生態学教室TOP | 2nd

生態学第25回
「世界人口予測と地球の環境容量」(2001年12月13日)

トップ | 更新情報 | 研究と教育 | 業績 | 計算機 | 写真 | 枕草子 | 著者 | 目安箱 | 書評 | 生態学目次

最終更新: 2001年12月17日 月曜日 10時02分

全部一括して読む | 前回へ


講義概要

参考文献
▼マルサス「人口論」中公文庫,1973年(生活財が等差数列的にしか増加しないのに人口が等比数列的に増加するから生活水準を維持するには人口抑制が必要だと論じた古典。原著初版は1798年刊)
▼大塚柳太郎・鬼頭宏「地球人口100億の世紀:人類はなぜ増え続けるのか」ウェッジ選書,1999年(薄い本で読みやすく,1200円と手頃)
▼ジョエル・E・コーエン著,重定南奈子・瀬野裕美・高須夫悟訳『新「人口論」:生態学的アプローチ』,農文協,1998年(大変に面白い本だが,600ページ以上の長さがあり,6800円と高価)
世界人口の歴史的推移
▼Kremer (1993)の推定値(下記の米国センサス局のサイトから入手可能)をRを使って(wpop.R [=768 bytes])図示すると,下のようになる。普通の軸(左上)でみると近年の急増が激しすぎて初期の変化がわからないが,両対数でプロットすると(右下)3つの階段状(Deeveyの階段,と呼ばれる)に見える。10000年ほど前までは,ヒトも狩猟採集に頼って生活しており,自然の生態系の一員だったと考えられるが,農耕が始まると人口支持力(環境収容力)が上がり,200年ほど前の産業革命で非生物的資源を大規模に使うようになってさらに環境収容力が上がったという議論がある。
Historical changes of world population
▼1750年以前は年人口増加率は0.5%以下。1930年頃までは1%を超えなかったが,1950年以降は1.6%以上。
US Census BureauのWorld PopClockによると,2001年12月12日の世界人口は約61億9200万人。
人口変化の内訳
▼高齢者割合の増加:1950年から1990年の間に増加率が落ちた国では,65歳以上の割合が1.5倍近くなった。
▼エネルギー消費の増加:人間が管理する非生物的エネルギーは1860年には年間1人当たり0.9MWだったが,1990年には19MWに増加。
▼都市人口比率の増加:1800年には人口2万人以上の都市に住んでいた人たちの割合は2%,1995年には45%。1995年には地球上の人間の17%以上が人口75万以上の大都市に集中。
▼AIDS Pandemicによって,世界人口予測は下方修正されたが,どの地域でも人口増加率はまだマイナスにはなっていない。
古典的問題
▼人口と食糧のジレンマ
▼ロジスティック成長で解決?
▼農耕の集約化(化学肥料と農薬を使った労働集約的な,高投入高収穫の農耕)と灌漑などによる農地の開発(一時期,「緑の革命」と呼ばれ,もてはやされた)を通しての食糧増産でも解決?
20世紀末以降の問題
▼食糧増産が環境負荷の壁に当たる(土壌劣化,地下水の枯渇など)
▼人口と食糧のジレンマが,食糧と環境のジレンマと相容れない可能性
▼人口減少は解。W.J. Karplus (1992) 「我々の時代のカタストロフについての科学的予測」で,「人口過剰はこの本で議論されたほとんどのカタストロフの根源である。世界の人口が現在の水準の50%あるいは75%のレベルに安定に維持されていさえすれば,ほとんどの環境問題や公衆衛生問題はより簡単に対処できるであろう」
世界人口予測方法
▼見かけの変化に合わせた単純なモデル=数学的外挿法(実はどれも十分な説明にならないことが既知。しかし,現在でもよりよいfitを求めてモデリングが続けられている)
▼コウホート要因法:Cannan(1895)が開発。主要な人口学研究施設が出している予測はほぼすべてこの原理に基づいている。まず,最新の調査データとして,性年齢階級(現在では5歳階級が多いが,Cannanは10歳階級)別人口を得る。以下,通常は女性人口についてのみ考える。次に,最近5年間の年齢階級別の死亡率を求めて,年齢階級別生残率を得る。それが次の5年間にも維持されるとか10%改善されるとか仮定すれば,5歳未満人口を除く,5年後の年齢階級別人口が推定できる。5年後の5歳未満人口は,再生産年齢(通常は15歳から49歳)の女性について,年齢階級別人口と年齢階級別有効出生率(生残する子どもについての出生率)を掛ければ得られる。年齢階級別有効出生率は,一番単純には,5年前に各年齢階級別女性人口から生まれた現在の5歳未満女児人口を5年前の各年齢階級別女性人口で割れば推定できるが(生残率と同様,それが維持されると考えたり,一定割合で変化すると仮定したりする),他の方法もある。以上で5年後の年齢階級別女性人口が得られたので,後はそれを繰り返せばもっと先が推定できる。男性人口については,女性人口を2倍する方法の他,5歳以上人口は女性人口と同様に年齢階級別生残率から求めて,5歳未満人口に関しては女性人口を1.05倍するという方法などがある。これに移住の影響を組み合わせて将来予測をするのが,コウホート要因法である。最大の問題は,妥当性のある出生率予測だと言われている。最近では避妊実行割合の予測と組み合わせたり,出生率や生残率の予測に確率的な変動を組み込んだりすることも行われている。コウホート要因法は,過去は現在を通じてのみ未来に影響するという意味でマルコフ的であり,一般には予測の関数が線型である。そのため,数学的解析は容易だが,生態学的な制約が考慮されておらず,非現実的だという批判がある。
▼システムダイナミクスモデル:人口予測に,出生,死亡,移動だけではなく,農業,環境,経済,政治,文化その他の要因の影響をモデル化して統合しようという試み。条件付き予測(下記)にならざるを得ないし,長期的には無力である。メドウズらの「成長の限界」「限界を超えて」で用いられたWorld3の結果として得られた「どんなシナリオでも,人口と資本が指数的に増加し,その後崩壊する」という予測は世界中に議論を呼んだが,結局合意に至らなかった。World3の予測が現実と合わなかったのは,1972年以降に起こった出生率と死亡率の急速な低下を予見できなかったからである。つまり,システムダイナミクスモデルでは,非線型の関係もモデル化できるが,その時点で手に入るデータのすべてを説明できるようなレベルで検討されたモデルを作ることは現実的に不可能に近いというのが,このアプローチの1つの限界である。もっといえば,ある時点で手に入るデータを説明できたとしても,新しい資源の発見とか,新技術の発明といったことを予測することは原理的に不可能であり,それは長期予測にとっては決定的な限界といえる。ローカルなシステムモデルは役に立つかもしれないと期待されているが,まだ十分な検討はなされていない。
▼条件付き予測と無条件予測:無条件の予測は無理であるとわかってきたので,なんらかのシナリオを想定した上での予測,つまり家族計画によって出生率が何パーセント抑制されると仮定すれば人口はどうなる,といった形の,条件付き予測をするのが現実的である。
人間に関する地球の環境許容量の推計(コーエンは8つ取り上げているが,そのうち4つを紹介する)
▼「ヨーロッパの植民地として残されている土地」(Ravenstein, 1891),約59億9400万人:各大陸にある,「肥沃な土地」「ステップ地域」「砂漠地域」それぞれの面積を推定し,肥沃な土地が合理的に耕作されれば1平方キロあたり80人,ステップ地域で1平方キロあたり約4人,砂漠で1平方キロあたり1人として,それを合計したもの。各地域の生産力も,それぞれの面積も変わらないという仮定をしているので合わない。
▼「自然人文地理学の主要な問題」(Penck, 1924),約159億人,実際にはその半分とした。最大維持可能人口Pを,「P=生産面積×単位面積あたり生産量/個人の平均必要栄養量」と捉え(この式は後年の他の研究者からも利用されている),世界を気候区分によって11に分けて,各々でPを計算し合計したものである。最大の問題は,人間の数が食料のみによって制限されるとしている点。しかも,厳密に考えれば,生産される食料と人の口に入る食料は一致しないから(廃棄されるものもあれば,家畜の餌となって間接的に消費されるものもある),Penckの推定は過大になりがち。世界貿易が地球の農業生産性に影響しないと仮定していたのも問題。
▼「地球の潜在生産力と地球が養える人口」(De Wit, 1967),総ベジタリアンなら約1460億人,肉食をし,農業以外の土地利用もすると約790億人。光合成だけが制限要因であるとして,しかも水と土壌栄養分が無限に得られ,緯度による光強度だけが光合成の潜在能力規定因子であると仮定して計算したもので,まったく現実的ではない。これは条件付きの予測なので意味がないわけではないが,穀物の成長に必要な期間を考慮していないのは本質的な欠点である。
▼「一次食料の供給によって維持される最大可能人口」(Kates et al., 1991),基本的な食事で59億人,十分かつ健康な食事では29億人。一次食料供給として1986年のFAO生産年鑑に記載されている穀物,根菜類,野菜などの重量を合計し,係数0.15を掛け,5%上乗せして放し飼いや残飯利用による動物や魚の生産量を考慮したものを用い,それを1人あたりの平均食料必要量で割っている。実際の一次食料生産は潜在生産力より小さい筈だし,食料は世界で均等に配分されるわけではないので,非現実的ではあるが,条件付き推定としては意味がある。
ヒトの栄養要求量の推計
▼Katesらが使ったのは,FAO/WHOによる体重1キログラムあたりに必要な平均カロリー量,FAOによる年齢ごとの平均体重,UNUによる現在の世界人口の年齢構造によって計算されたエネルギー摂取基準で,2350kcal。
▼James and Schofield (1990)による,1985年FAOの式と1988年のFAOデータベースを使って,12ヶ国について国別に,性年齢別人口,性年齢別平均体重,基礎代謝,生活活動強度から1人1日あたり平均エネルギー必要量を推定したものでは,エチオピアの1884kcalから米国の2389kcalまでの幅があり,中央値は2100kcalだった。
世界人口問題の解決策
▼人間の生産能力を上げる〜これが,環境負荷とのコンフリクトで限界にきている
▼人口を減らす〜倫理的に問題あり
▼人々の間の相互作用の様式を変える(市場原理だけを追求するのではなく平等な発展を目指すとか,社会的な幸福と物質的豊かさと行動の結果に関する勘定の仕方を改善するとか,人口と環境と経済と文化の関係をより深く理解するための研究を進めるとか,先進国にとっても利益になるという理解に基づいて国際援助を進めるとか)〜コーエンは,これが有力と考えている。


フォロー

人口の予測をして何になるのかよくわからない。人口の予測は災害や病気などのことも考えているのか。
対策を立てるために予測は必要です。例えば,食料や化石燃料などの資源の消費量を予測するためにも人口予測は必要です。化石燃料は非更新資源なので,枯渇しそうだと予測できたら消費量を減らすような工夫ができるわけで,そこが人間の特性なのです。病気は死亡予測に含まれていることもありますが,地震や津波,台風などの災害は考えられていないのが普通でしょう。
1950年頃から,それまでは滑らかに増えていた世界人口が急増している原因はなんですか? 医療の発達?
普通の軸では急増しているように見えますが,増加率をみると急増しているわけではなく,かえって低下しています。
今,夫婦が産む子どもの数が約1人ということですが,この傾向が代々続いていくならば,子どもの数は物凄く少なくなると思うのですが,少子化傾向はこのまま進んでいくのでしょうか?
暫くは少子化傾向が進むとしても,ある程度人口が減少したら回復すると予想する研究が多いですが,その保証はありません。
人口の変化と寿命は関係あるのですか? それと増えているのは人間だけなのか,動物たちも全体に増えているのか知りたいです。
ごく単純にいえば,平均寿命が長くなるということは子どもが死ななくなるということです。その状態で出生率が下がらなければ人口が爆発的に増えます。出生率が下がれば人口構造が高齢化します。人間だけではなく,家畜も,人間を宿主とする寄生体や,人為的な環境を生息場所として好む生物も増えていると思いますが,動物全般の個体数が増えているということはありません。
少子高齢化が進むと,労働人口の割に,それに頼る人口が多くなり,人間の総生産量も少なくなると思うのですが,大丈夫なのでしょうか? それも人口維持の一つなのでしょうが。
高齢者が働くようになれば問題は解決に向かうはずという意見があります。縮小経済でもいいではないかという考え方もあります。いずれにせよ,高齢化社会は長寿社会の鏡の背面なのですから,仕方ないと思われます。
高齢者の増加は日本ではかなり社会的な問題にもなっているが,他の国でもやはり大きな問題になっているのだろうか? これを根本的に防ぐには?
子どもが死なないような保健医療体制を目標にしてきた以上,人口爆発をしない唯一の解は少子化であり,高齢化社会は到達点なのです。だから,問題は高齢化を防ぐことではなく,高齢になっても健康で働けるような社会作りということになると思います。
日本では少子化が進み,「何年後には…」という予測をよくききますが,その予測にはどれほど信頼性があるのですか?
コウホート要因法(配布資料参照)での予測の場合,年齢別出生率や死亡率が過去何年かに対して緩やかな変化であれば予測も信頼できますが,突発的な変化があった場合の予測はほとんど不可能です。
『核の冬』のように核を使うと空気中にチリが舞って太陽光を遮り,2〜3年は地球の気温が下がってしまうことがわかるようですが,これを逆利用して当面の温暖化を防ぐことはできないのですか?
温暖化を防ぐために爆弾を使って空気中のチリを増やすということは論理的には可能かもしれませんが,倫理的にありえません。
将来的に日本の人口が減少に向かうとして,ゼロになることはありうる? 現在は地球人口は増えつづけているがいつかは減る日もくる?
減りつづけてゼロになる可能性はゼロではありません。世界人口は2050年頃の90億をピークとして減りはじめると予測されています。
相互作用の様式を変えるというのは,それまで行っていた援助をやめてしまうということですか?
食糧援助よりも医療援助で子どもの死亡率を低下させ,家族計画を浸透させてリプロダクティブ・ヘルス&ライツの考え方が普及すれば,出生率が低下するのではないかと期待されています。しかし宗教的な理由で高出生の場合もあるので,常にそれが解だとは限りません。
「人口」の定義は? 人口の大都市集中ですが,ドーナツ化現象というのを昔習ったのですが,何ですか?
「人口」はヒトの集団の個体数です。ヒトに限らない場合もありますし,集まって住んでいて再生産をすることを条件に挙げる研究者もいます。ドーナツ化現象は,都市の中央部の地価が高騰しすぎてそこだけ人口密度が低下し,相対的に地価の安い周辺部の人口密度が上がる現象をいいます。
人口を減らす努力をしている国もあると思うが,そういう国の人たちはそのことを認識しているのか?
国として家族計画に取り組んでいるところで,それが人口抑制のためかどうかを市民が意識しているかという意味なら,わかっている人もいればわかっていない人もいるというのが実情です。
エネルギー問題や食糧問題,人口問題を考えると,すべての途上国の国民が(現在の)先進国の生活水準を得るのは不可能ですか?
中国とインドだけでも今の米国なみのエネルギーを使ったら,あっという間に資源が枯渇しますから,不可能だと思います
世界人口が増えることによって,地球に生存する上で人間に与える影響とは何が上げられるのでしょうか?
食料や化石燃料が不足してくることが予想されます。

全部一括して読む | 次回へ