山口県立大学 | 看護学部 | 中澤 港 | 公衆衛生学

公衆衛生学−4.母子保健・学校保健

参照

▼テキスト第6章・第7章

▼それぞれ関連した講義があるはずなので,そちらで補完されたい。公衆衛生学では概論的な扱いにとどめる。

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内容

母子保健の水準
●集団レベル(国や自治体)での母子保健の水準は,出生,乳児死亡,周産期死亡,幼児死亡,妊産婦死亡などの指標によって表される。
●データは,厚生労働省統計表データベースシステム(http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/youran/indexyk_1_2.html)から入手できる。
出生
●詳しくは,http://phi.ypu.jp/demography/birth.htmlを参照のこと。
●出生率:粗出生率(crude birth rate),普通出生率ともいう。年央人口1000人当たりの1年間の出生数である。日本の統計では,年央人口は10月1日現在推計人口が用いられている。
●合計出生率:合計特殊出生率ともいう。英語でTotal Fertility Rate(TFR)と呼ばれる概念の訳語である。年齢(または年齢5歳階級)別の女子人口で,その年齢(または年齢5歳階級)の女子による出生数を割った値(これをASFR=age specific fertility rateという)を,全年齢について合計したもの(年齢5歳階級の場合は合計して5倍したもの)である。分母が女子人口なので「普通出生率」と区別するために「特殊出生率」という用語が使われたが,日本人口学会の公式見解として(国際人口学会[編][日本人口学会 訳](1994)人口学用語辞典,厚生統計協会),現在は,「合計出生率」でよいことになっている。人口動態統計には,『合計特殊出生率とは、15歳から49歳までの女子の年齢別出生率を合計したもので、1人の女子が仮にその年次の年齢別出生率で一生の間に生むとした時の子ども数に相当する。』という注釈が書かれている。実際には15歳未満や50歳以上での出生もあるわけだが,それは無視できるほど少ないので,この統計には入らない。
●テキストには「出生数は出産年齢にある女性の人口と,一人の女性の出産数の2つの要因に応じて増減する」と書かれているが,「一人の女性の出産数」という概念は曖昧である。p.9にある『「平均子ども数」ともいう』という記載があるが,あまりそうは言われない(ついでにいえば,p.9からp.10に出てくる「定常人口」はstationary populationの訳であり,日本の生命表のnLxを表すのに用いられているが,「静止人口」という訳語の方が語義が明確である。参考までにいえば,年齢別出生率と年齢別死亡率が一定ならば,しばらくたつとその人口は一定の年齢別人口割合(人口構造)をもつようになるが,その時点での人口を安定人口steady populationと呼ぶ。いずれも仮想的な人口である)。人口学では普通,有配偶出生率と有配偶率に要因分解して考える。とくに日本の出生は大部分が嫡出出生なのでこの考え方は有効だとされており,近年の合計出生率の低下は,有配偶出生率が低下したのではなく(つまり,女性の子どもの産み方が変わったのではなく),有配偶率が低下した,より詳細に言えば,平均初婚年齢が遅くなり,生涯未婚率が上昇したためである,というのが常識である(後述)。
●テキストp.10には,再生産率reproduction rateという考え方も説明されているが,誤解を生みやすい記述である。本当は,GRR(gross reproductive rate: 総再生産率)は,ある仮設女子出生コホートについて,再生産完了まで死亡がゼロであるという仮定の下で,そのASFRが現在のものに従った場合の平均女児数(実はTFRに女児出生性比をかけたものと同値である)であり,NRR(net reproductive rate: 純再生産率)は,ある仮設女子出生コホートが現行のASFRと年齢別死亡率に従う場合の,母親がその女児を産んだ年齢まで生存する平均女児数であって,1.0が人口の置き換え水準を示すのは後者である。実際にNRRを計算するときは,女性の年齢別死亡率を使って生命表を作り,その年齢別生残数lx(0歳を10万とする)からその年齢の死亡数の半分を引いて計算した(+若干の補正)年齢各歳別のLxに年齢別出生率を掛けて合計したものを10万で割るやり方が普通である。
●日本のTFRの年次推移を下図に示す。
日本のTFRの変化
去年まで4年間の推移は1.38, 1.34, 1.36, 1.33とほぼ横ばいから緩やかな低下。国際的には,日本はイタリアやドイツと並んで最もTFRが低い国の1つ(おそらく原因はそれぞれ違う)。米国はプエルトリカンや黒人の出生率が比較的高いために2を超えているし,北欧諸国も手厚い育児支援政策のおかげで2に近い(一時的に2を超えたが,また低下し,スウェーデンは1.5近くまで来て下げ止まったようである)。逆に,途上国ではナイジェリアなど5以上の国もある。
乳児死亡
●出生1000当たりの生後1年未満の死亡数を乳児死亡率という。計算するときは,ある年の出生数でその年に生後1年未満で亡くなった子どもの数を割って1000を掛けるので,分母と分子の集団が若干ずれることに注意(大規模な計算ならば問題ないが,小集団だとその影響が出る)。乳児死亡率は,年齢調整死亡率,平均寿命と並んで,地域の衛生状態をあらわす3大指標の1つである。生活文化水準を反映する指標として国際比較にも使われる。日本はスウェーデンやスイスと並んで,世界で最も乳児死亡率が低い国の1つ。
●新生児死亡:生後4週未満の死亡。新生児死亡率は出生1000あたりの新生児死亡数である。
●早期新生児死亡:生後1週未満の死亡。早期新生児死亡率は出生1000あたりの早期新生児死亡数。
●日本について乳児死亡の死因を見ると,1979〜1984年のみ出産時外傷等が1位だが,その後は一貫して先天異常が1位である。1977年までは感染症・呼吸器系疾患による死亡が著しく減ったので,新生児死亡が相対的に上昇。その後周産期の死亡が減少し,新生児死亡も減少してきている。
周産期死亡
●1995年に定義が変わった。新しい定義は「妊娠満22週以後の死産と生後1週未満の早期新生児死亡を合わせた死亡」を周産期死亡という(古くは22週のところが28週)。妊娠後期の死産と早期新生児死亡が母体の影響を受けやすいことと,途上国では早期新生児死亡が死産扱いされることが多いために,そこで誤分類があっても影響を受けないために使われる概念。周産期死亡率は,ある年の出生数と妊娠22週以後の死産数の和を分母として,その年の早期新生児死亡数と妊娠22週以後の死産数の和を分子として,1000をかけた値である。最近の日本は古い基準では約4である。新しい基準では約6である。
幼児死亡
●1〜4歳の死亡をいう。1999年の日本の1〜4歳の死亡数を分子として,1999年日本の年央人口の1〜4歳人口を分母として1000を掛けた値は33。死因は不慮の事故や先天異常が多い。
妊産婦死亡
●妊娠,分娩,産褥に直接関連する疾病や異常によって母性が死亡した場合を「妊産婦死亡」または「母性死亡」という。妊産婦死亡率は出産または出生10万当たりで表す。1999年日本は出生10万あたり6.1できわめて低い。主な死因は出血と妊娠中毒症。
小児の発育と発達
●経過:胎児期から幼児期前半までの急増期,幼児期後半から学童期前半までの比較的安定した時期,思春期の急増がみられる時期,ゆるやかに発育が停止する時期,の4つに分かれる。臓器別に発育パタンは異なる。発達は運動発達,知能の発達,社会性の発達,情緒の発達などの領域に分けて考える。
●年次推移:幼児期後半以降は身長,体重ともずっと増加傾向。乳児期,幼児期前半は1975年以降横ばい。近年は小児肥満が問題化。
母子保健行政
●1916年保健衛生調査会設置に始まる。1934年母子愛育会設置による愛育班活動。1937年保健所法により,保健事業の重要なパートを占めるようになった。1948年児童福祉法,1965年母子保健法など法整備が進んだ。1994年の母子保健法改正と1997年の施行によって,母子保健の基本的サービスは市町村に一元化され,きめこまやかで多様なニーズを充足することが目標とされている。
母子保健対策(1)健診事業
●妊婦健康診査,乳児健康診査に加え,母子保健法により1歳6ヶ月児健康診査,3歳児健康診査を市町村が行うこととされている。新生児に対して,先天性代謝異常検査(フェニルケトン尿症,メープルシロップ尿症,ホモシスチン尿症,ガラクトース尿症),クレチン症と神経芽細胞腫,先天性副腎過形成症の検査が行われている。
母子保健対策(2)保健指導
●妊娠の届け出に対して母子健康手帳を交付。2000年の乳幼児身体発育値調査結果に基づいて算出された新しい発育曲線に差し替えるため,2003年4月から新手帳となった。新手帳には新しい知見が入ると同時に,育児支援推進・虐待防止の立場からも内容が追加された。
母子保健対策(3)医療援護
●低体重児(出生時体重が2500g未満)は保健所に届出。訪問指導がされる。
●母子保健法による養育医療,児童福祉法による育成医療,小児慢性特定疾患への医療費援助なども行われている。
母子保健対策(4)基盤整備
●市町村の活動拠点としての母子保健センターなど。
少子化の現状
●日本の合計出生力は低下しているが,下図の通り,合計有配偶出生力は低下していない(もっとも,合計有配偶出生力という考え方に対する批判もあるし,ちょっと考えればわかるように,有配偶率が低い低年齢層の寄与が大きくなりすぎるために,見かけ上大きな値になってしまいがちである)。
日本の合計出生力,合計有配偶出生力,20歳以上の合計有配偶出生力の年次推移
●傾向についても,低下し続けるという説もあるが,わからない。結婚と出産に関する社会の価値観が北欧や英国のように変化して,非嫡出出生が増えるとか,北欧型の大胆な育児支援政策をとるとかすれば上昇する可能性もある。が,大胆な介入には副作用がつきものなので,多面的な予測をして十分なPIをした上での政策実施が望まれる。
児童虐待
●児童虐待は,保護者が、監護する18歳未満の者(児童)に対し,
  1. 身体に外傷が生じる暴行を加えたり,
  2. 児童にわいせつな行為をしたり,させたり,
  3. 成長を妨げるような著しい減食又は長時間の放置など監護を著しく怠ったり,
  4. 心理的外傷を与える言動を行うこと
をいう。
●テキスト(2002年度版に比べ,2003年度版で大きく改善された)p.201の図6-8をみると,近年の相談件数が激増していることがわかる。2000年に成立・施行された「児童虐待の防止等に関する法律」(条文はhttp://www.gender.go.jp/e-vaw/law/lawpdf/16pcc.pdfhttp://www.shugiin.go.jp/itdb_housei.nsf/html/housei/h147082.htmなどとして全文公開されている)のおかげで広報・啓発が進んだことが一因。この法律によって学校や医療機関の職員らが児童虐待を発見した場合には児童相談所への通告義務が課され,児童相談所長らは保護した児童と親との面会や通信を制限できるようになった。
●児童虐待の発生予防,早期発見,早期対応,施設等における被虐待児のケアなどの各段階において,児童相談所を中心として,福祉・保健・医療・警察・教育等の関係機関の緊密な連携による適切な対応が必要とされる。そのため,児童相談所の相談機能強化や,市町村等におけるネットワークの構築など施策の充実が図られている。
社会福祉法人 子どもの虐待防止センター特定非営利活動法人 CAPセンター・JAPANのような民間の活動も進んできている。
育児支援
●なぜ必要か? 
●エンゼルプラン:4省合意,1994年,多様な保育サービスの提供を含む。
●新エンゼルプラン:6省合意,1999年,少子化対策推進基本方針の重点施策。テキストp.200,表6-4。雇用環境の整備や地域で子どもを育てる教育環境の整備を含む。
●課題:幼保一元化や税制改革など。
●参考文献:森田明美編著『幼稚園が変わる保育所が変わる 自治体発:地域で育てる保育一元化』,明石書店:大事なのは子育てとは何なのかというフィロソフィー(子どもは親が育てるのか地域が育てるのか)。地域の需要から保育一元化を進めようという声があがったとき,教育と福祉という行政区分が障壁となる場合も多い。これは実に馬鹿馬鹿しいことで,和歌山県白浜町,滋賀県余呉町,大阪府交野市のように幼児対策室によって幼児の教育・福祉は一元管轄しているところが現にあるのだから,自治体レベルで抜本的な組織再編をすることは不可能ではないはず。既に遅きに失したが,国政レベルでも省庁再編に組み込まれるべきであった。
リプロダクティヴヘルス&ライツ
●再生産に関わる健康の保持増進と,その基盤となる再生産の自己決定権をいう(テキストp.202,表6-5)。
●1994年の国連国際人口開発会議(カイロ会議)で採択された行動計画で提唱されている。
●女性の地位向上と密接な関係があるが,今では女性だけの問題ではないと考えられている。家族計画やカウンセリングを含む。
●バース・ライツ(妊婦自身がいい出産を選ぶ権利)は,アクティヴ・バース(産婦自身が主体的かつ積極的に楽な体位で出産に臨む),夫や家族との協力出産等,多様な出産形態の基盤である。
子どもの健康状況
●被患率(有病割合)=疾病・異常者の人数/健診受診人数×100(%)
●全体としてみれば,不衛生や低栄養に起因する異常は減ってきている。身体は大きくなっているが,近視や肥満が増加傾向にあり,体力・運動能力は低下傾向にある。
●健康異常の新しい傾向:小児肥満,高コレステロール血症,不登校の増加など
学校保健の意味
●対象者である児童生徒が発育・発達期であることとともに,教育的側面をもつことが特徴。
学校保健の領域と構成
テキストp.209,図7-5を参照。
●保健教育と保健管理からなる。
保健教育
●保健学習(教科で直接的・計画的に行われる学習)と保健指導(課外で行われる学習)からなる。
●保健管理に比べると効果は間接的だが,永続性がある。児童生徒の保健に関する知識や意識が向上する。
保健管理
●主体管理(健康診断など,心身の健康問題の予防や改善のための諸活動)と環境管理(学校環境衛生や安全のための施設・設備の維持・改善)と生活管理(健康で安全な学校生活のための日常的指導)からなる。
学校保健行政
●保健教育は文部科学省の学習指導要領により,保健管理は学校保健法に基づいて運営される。
学校保健関係職員
●常勤と非常勤に分かれる。常勤には校長,保健主事,養護教諭,学級担任など,非常勤には学校医,学校歯科医,学校薬剤師,スクールカウンセラー(学校臨床心理士)などがある。中でも養護教諭の役割は大きい(実務面だけでなく,保健の授業を教えることも可能になった)。
学校保健組織活動
●学校,家庭,地域,児童生徒の代表からなる,学校保健委員会が要。学校保健委員会は,学校における保健安全についての計画を作成し,その組織的・効果的運営の要となる。
学校での健康診断
●定期健康診断と臨時健康診断(就学時,卒業時,学校行事の前など)がある。
●実施後の措置:3週間以内に結果を児童・生徒と保護者に通知。学生の場合は本人のみでいい。
健康相談
●個人を対象とする。今後はスクールカウンセラー(1995年から文部省が始めた「スクールカウンセラー活用調査研究委託事業」【2000年度からは「スクールカウンセラー活用事業」】により広く配備されるようになってきた。2005年度までに3学級以上の全公立中学校に当たる約1万校への半額国庫負担による配備を目標として,単年度あたり40億円以上の予算がついている)が中心になるとされる。
学校歯科保健
●概要
●う触の傾向:長期的にみれば,軟らかい食品を食べ,ショ糖を含んだ飲食物をとっていれば増加傾向になるのは必然。
●歯周疾患の傾向
●う触と歯周疾患の予防〜とくに歯質の強化におけるフッ化物の利用との関係(日本は水道水へのフッ化物添加はしていないが,歯科でのフッ化物塗布の効果は大きい)
学校環境管理
●目的
  1. 児童・生徒の健康増進
  2. 児童・生徒の学習能率の向上
  3. 児童・生徒の疾病の予防
  4. 児童・生徒の傷害の防止
●学校環境衛生を進めるための具体的基準は,学校環境衛生基準(1992年改訂,テキストp.225表7-4参照)。それに従って具体的に水質検査など実施しなくてはいけない項目が学校保健法施行規則(1994年改定)に定められている。具体的検査は学校薬剤師が行う(テキストp.226表7-5)。
(cf.)給食経由での腸管出血性大腸菌の事例
学校教育における保健教育
●保健学習と保健指導からなる。
●保健学習:保健に対する系統的知識の教授。
●保健指導:具体的トピックを課外で教える。

Correspondence to: minato@ypu.jp.

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