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公衆衛生学(9)「生物学的環境要因」

参照

テキスト4章,5章(pp129-139)+生態学の基礎

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生物学的環境とは?

ヒトとヒト以外の生物ヒト以外の生物といっても,家畜,ペット,病原微生物,野生動物,野生植物,農作物,等々,ヒトとの関わり方はさまざま。

自然生態系=一次環境のみ。物理化学的環境要因によってほとんど規定される。

人間化された生態系=二次環境を含む

テキストは,「二次環境要因としての家畜・作物は,食料,食品,食事にとって欠かすことができず,重要な生物学的環境要因である。これらは,主に農学,食物学,栄養学で扱われるが,その健康との関連部分は医学とくに衛生学・公衆衛生学で扱う」としながらも,専ら病原微生物についてだけ説明しているが,公衆衛生学が健康を扱う以上,食事は避けて通れないポイントであり,家畜や作物についてもある程度は知っておくべきである(残念ながら講義で説明する暇はないが)。

生命が存在するための環境条件

暑すぎず寒すぎない

水が存在する→多様な地形,多様な環境

生命が利用するエネルギーは太陽エネルギーを使った光合成を元にするのが主流。

熱帯は暑いので光合成効率はよいが,蒸発量が多く,水が乏しいところが多い(とくに砂漠)

極地方は寒いので水は豊かだが,凍ってしまうので液体の形で生物が利用できる水は少ないし,光合成効率は悪い。

適応放散

世界のさまざまな物理化学的環境(地形,地質,気温,湿度,降水量など)に応じて,その環境に適した生物種が存在すること。裏を返せば,ほとんどの種は,多くの時代に大抵の場所にはいないということ。

世界は,時間的・空間的な生物群集のパッチワーク。

ダーウィンは,ガラパゴス諸島のフィンチの嘴の多様性を見て,さまざまな島の環境に広がるため適応進化したと考えた。その意味で「適応放散」という

適応進化の考え方=進化論

1つの種の個体群を作っている個体は同一ではなく,形質にばらつきがある

このばらつきは遺伝する

個体によって残す子孫の数(=適応度)が違う(*)

その環境に適した個体ほど残す子孫の数が多い

その環境に適した形質をもった個体が増える

生殖隔離によって種分化が起こる=その環境に適した形質をもった種が固定

(*) すべての個体群は地球上に広がれる潜在能力をもっているが,そうならないのは,多くの個体が子孫を残す前に死ぬから

生物の拡散への制約条件

歴史的制約

収斂進化(まったく系統が違っても,同じ環境では似たような形に進化すること。例:海に棲む大型肉食動物は,魚類の鮫,爬虫類のイクチオサウルス,哺乳類のイルカ,鳥類のペンギンという全く違った系統の生物が,似たような流線型の体制をもっている)

平行進化(異所的であっても,同じような広がりをもって適応放散が起こること。例:約9000万年前に他の哺乳類が単孔類しかいなかったオーストラリア大陸に辿り着いた有袋類の祖先は,他の大陸での哺乳類(有胎盤類)と正確に平行した適応放散をした。似たような環境条件の場所には似たような形や大きさ,行動特性をもった生物が進化して,そのニッチを埋めたと考えられる)

バイオーム(biome)

生物地理学者が認識していた地球上のいくつかの植物相と動物相の塊(ツンドラなど)をバイオームという。海のバイオームと淡水のバイオームなど。

群集間の収斂と群集内の多様性種内の種分化:エコタイプ(生態型),遺伝的多型

変化する環境(周期的,方向性,無法則)への適応

生物一般にとっての気温条件の影響

高温:生物にとって酵素が活性を失って危険なほどの高温環境では,生物は生存できない

高木が生えるところとしては夏は世界最高温度のカリフォルニア「死の谷」は,昼間の気温が50℃にも達する。desert honeysweetという多年生草本は急速な蒸散によって葉の温度を45℃以下に保ち,かつ極めて急速な光合成が行われている。

低温:氷点下1℃未満におかれると死んでしまう生物が多い。植物の多くは冬になると水分を減らして硬くなり耐寒性を増す。10℃未満におかれると膜構造が壊れて寒冷障害を示す植物もある(熱帯性の観葉植物など)。

生態的地位(ecological niche)

Hutchinson(1957)の考え方

温度,湿度,流速などその生物の生存に必要なすべての条件の組み合わせ(複数次元空間として理解される)をいう

非生物的な条件のみでfundamental nicheは決まるが,天敵がいたり十分な個体数を維持できる空間がなかったらrealized nicheとはなりえない

資源としての放射線

放射線エネルギー:太陽から植物への直接,間接の放射線の流れ。

植物は光合成によって放射線をエネルギーに富んだ炭素化合物に変換し,後でそれを呼吸で使うことでエネルギーを取り出す。

植物によって捕まえられない限り失われる(最大利用効率は3〜4.5%,熱帯林で1〜3%,温帯林で0.6〜1.2%。

時間的(日内,季節),空間的(緯度,高度)に変動。

波長の違ういくつもの放射線の連続体。

水供給と密接に関係

水損失を制御しつつ放射線を効率よく利用するための様々な戦略

砂漠の一年草のように,水の豊富な時期のみ光合成をして活動し,その他の時期は種などの状態で休眠している

雨緑樹林(例:アカシア)のように水の豊富な時期のみ葉を付け,他の時期は葉を落とす,あるいは葉の形状を季節変化させる水を失いにくい肉厚の葉をつける(ただし多量には光合成できない)

植物は,光合成の中間産物となる有機酸の炭素数の違いによってC3(コケ,小麦など),C4(トウモロコシ,サトウキビなど),CAM植物(ウチワサボテンなど)に分かれるが,C4植物は細胞内の二酸化炭素濃度が低く,気孔からの蒸散が少なくても光合成効率が高い

実は,光の強さに対する光合成効率の関係がC3植物とC4植物では大きく異なる。C3植物は弱い光でも効率が悪くない反面,光が強くなっても効率が上がらない。C4植物はその逆。至適温度もC4植物の方が高い。CAM植物は中間的(昼夜,あるいは季節的に気孔開閉を制御して水利用効率が良い)

資源としての生物

独立栄養生物を除けば,他の生物を資源として利用する。

食性による生物分類

雑食(omnivore)……ヒトは雑食。

植食(herbivore)

動食(carnivore)

炭素窒素比

植物の方が動物よりも炭素/窒素比が遙かに高い。植物では40:1くらいなのに,細菌,菌類,動物では8:1〜10:1程度。植物にはセルロースからなる細胞壁があることが大きいが,細胞壁以外の部分でも窒素が少ない。多くの植食動物は細胞壁はそのまま利用できず,腸内にいるセルラーゼという酵素をもつ細菌が分解した産物を利用する

植物は大きく組成が異なる部分(根,種,茎,花,果肉など)の集合体だが,動物の組成は比較的均質。食べられないための防御を発達させている場合もある。物理的に棘をもつとか堅果とか,化学的に毒物(シアン化合物など)を含むとか,警戒色とか擬態とか。但し,「蓼食う虫も好きずき」。

生命の生態学的事実

生命の生態学的事実として,現在の個体数N(t)は直前の個体数N(t-1),出生数B,死亡数D,移入数I,移出数EとN(t)=N(t-1)+B-D+I-Eという関係をもつ。未来についても同様。

生物の分布と豊富さを記述し,説明し,理解しようとするのが生態学の主目的だから,それに決定的影響を与えるこの人口学的プロセスは重要。

但し,「個体」は一様ではない。昆虫など変態するものを考えれば,生活史上のステージによって「個体」が異なることは明らか。同じステージでも,大きさ,重さ,体脂肪などに個体差があることも明らか。個体がモジュールの集まりである場合にこの問題は顕著。

単一体(unitary organism)とモジュール体(modular organism)の生物

犬や魚のような単一体の生物は体制が決定的である。犬の脚は4本だし,バッタは6本である。ヒトは単一体の代表。精子が卵に受精して接合体である受精卵になり,子宮壁に着床し,決まったパタンで成長,発達する。基本パタンは環境によらず予測可能。多くの植物のようなモジュール体の生物は接合子が発達してモジュールとなり,似たようなモジュールを生成する。発達パタンは予測不能で環境と関連している。動物では海綿や珊瑚がモジュール体。原生生物や菌類も。

生物の移住と拡散

厳密な区別はない。どちらも生物の移動のある側面を表すコトバ。

移住(migration)は,ある1つの種に属する多数の個体が1つの場所から別の場所に一方向性の移動を行うときに最もよく用いられる(例:鳥の渡り,ウナギの成長に伴う回遊,潮干帯の生物の時間移動)

拡散(dispersal)は,複数の個体が他の個体(多くの場合,親あるいはその他の血縁個体)から離れて広がることを意味するときに用いる。能動的なものだけでなく,受動的なものも含む(例:植物の種やヒトデの幼生が親から離れて漂いだす,草原のハタネズミが他のハタネズミの移動とは反対側にバランスをとるように移動する,列島の上を陸鳥が生活場所を探して移動する)

移住や拡散によって,生物の分布のパタンが変わる。

種内競争と種間競争

同種の個体は生存,成長,再生産のために,きわめて似た要求をもつ。これらの要求を全て満たす資源が十分に供給されないとき,これらの個体は競争を始める。一応の定義「競争は個体間の相互作用の1つで,供給が制限されている資源の欲求がかち合うことでもたらされ,それらの個体の生存,成長,再生産を低下させることにつながる」

一方,種間競争は,ある種に属する個体が,別の種に属している個体による資源利用や,妨害を受けた結果として,妊孕力や生存あるいは成長の減少という作用を被ることをいう。種間競争は競合している種の個体群動態にさまざまなやり方で影響する。それらの種の立場に立ってみれば,分布と進化に影響する。

捕食食物の幅(食餌幅,食域)と組成

消費者(=捕食者)は,単食(monophagous),少食(oligophagous),複食(polyphagous)のどれかに分類される。植食動物は単食,寄生虫は少食,真の捕食者は複食であるものが多い。

食物の好みとバランス

少食や複食の種でも,食べられる被食者に好みがある。例えば,4種類の松について,同じ量が同じように植えられていても,シカの食害にあった量は松の種類によって差があった(Horton,1964)。しかし,実際には被食者の現存量に応じてバランスのとれた摂食をしている

食物の好みのスイッチング

多くの消費者の好みは固定しているが,環境条件によってがらっと変わることがある(スイッチング)

被食者が集中する場合や,より豊富な被食者を捕食する効率が良い場合におこる

分解者と屑食者

植物や動物の身体は,死ぬと他の生物のための資源となる。植食動物が食べて消化するときは植物は死んでいるし,肉食動物が食べるとき,食べられる動物は死んでいる。

資源が生産される速度に影響せずに死体を食べる(ドナーコントロール型)という意味で,分解者と屑食者は特異。分解者や屑食者の存在は,生態系における物質循環にとって必須。

分解者には,細菌(bacteria)と菌類(fungi)がある。

最初はアオカビ,ケカビ,クモノスカビなどのsugarfungusや,乳酸菌など可溶性の糖類を分解する細菌が付く。

次いで,澱粉,ヘミセルロース,ペクチンとタンパク,セルロース,リグニン,スベリン,クチンと,分解されにくいものへゆっくり進行する。各々を分解する特別な細菌が存在する。

化学組成が変化することで(相対的に糖よりタンパクが残りやすい),屑食者の存在する余地がある

分解者の多くは土壌中あるいは植食動物の胃や腸の中で複雑系を構成している。

屑食者には,微生物(微細な植物=ミクロフローラ,微細な動物=ミクロフォーナ:線虫や原虫など),中くらいの動物(メソフォーナ:ダニなど),大きな動物(マクロフォーナ:ミミズなど)がある。

寄生の定義

寄生体は,その栄養を1個体あるいは2〜3個体の宿主から得る生物で,宿主を傷つけるがすぐには殺さない。寄生虫学者の定義では,(1)寄生体と宿主の近接性,(2)環境制御について宿主に依存,が強調される。生態学的には,寄生関係と共生関係を区別するのは,それが宿主に害を与えるかどうかである。

寄生体の多様性

マイクロパラサイト(細胞内寄生体):細菌とウイルスがもっともはっきりしている。マラリア原虫やトリパノゾーマなど原虫も。宿主から宿主へ直接感染するものと他の種(ベクター)を通して間接感染するものがある

マクロパラサイト(細胞外寄生体):腸管寄生虫,ノミ,シラミ,ダニ,菌類(例えば水虫)など。やはり直接感染するものとベクターを介して感染するものがある

寄生体と宿主

島としての宿主
宿主は,寄生体によって植民される島と考えられる。つまり,伝播のベースでもある。
伝播は宿主間の接触確率(概ね人口密度と対応)に影響される病気の広まりは宿主間の距離によって影響される(感染経路にもよる)
複数種の混合の影響
宿主を他の種と混ぜると,相対的に密度が低下する(例えばマラリアにおけるZooprophylaxis;Zoopotentiationという逆効果もありうる)
感受性の異なる宿主を混ぜる効果もある

寄生体と宿主の分布

寄生体は通常集中分布=寄生体の密度はあまり意味がない

代わりに使える指標が,有病割合(prevalence)と感染強度(intensity)

宿主因子

宿主は生きている不均質な環境なので,宿主全体に広まるのではなく,特定の部位に寄生する

宿主個体内部で,寄生体には種内競争が起こる宿主は免疫反応を起こす。免疫学的寛容を起こす場合もある

寄生体が病原体となるかどうかは,決して寄生体だけが決定するのではなく,宿主との相互作用の結果である。

病原生物のいろいろ(相対的に大きい方から順に)

気道疾患を起こすウイルス感染

症状は発熱,頭痛,鼻汁,咽頭痛,咳,喀痰等

予防は一般にうがいと手洗いが肝心。

インフルエンザウイルスやRSウイルスは上気道炎,気管支炎を起こしやすい。

アデノウイルス:血清型で区別すると,ヒトを宿主とするものは42種類(49種類という説もある)。

6亜群に分かれる。急性熱性咽頭炎(1,2,5,7型),プール熱(3,4,7,14型),流行性角結膜炎(8,19,37型)B群の3型,7型ウイルスは患者の鼻汁,唾液,喀痰,糞便等から飛沫や手による間接接触で他の人の鼻、咽、喉頭に付着する。約48時間で一次増殖した後、血流等で全身に拡がり、多臓器で増殖する。

コクサッキーA群ウイルス:ヘルパンギーナ(症状としては口腔内に小水疱ができる)の病原体

麻疹,水痘,風疹は気道感染症状に加え特有の発疹あり。

インフルエンザ(influenza)ウイルス

気道感染症の中でもっとも重要。ウイルス粒子内の核蛋白複合体の抗原性の違いからA・B・Cの3型。ヒトのインフルエンザウイルスは1933年にSmithらによって初めて分離された。米国では1940年代から不活化ワクチンが開発されている。日本でも1972年にはHAワクチンが実用。しかし現在でも世界中で流行あり(冬。AまたはB)。A型はアジアかぜ(H2N2;1890年),スペインかぜ(H1N1;1918年),香港かぜ(H3N2HongKong;1968年)など,パンデミック(世界的大流行)を起こした歴史がある。

A型が大変異(不連続抗原変異[antigenicshift]ともいう)すると「新型インフルエンザ」と呼ばれ,パンデミックの危険がある(1997年に香港でH5N1がヒトから分離されたがヒトからヒトへの感染がなかったので流行しなかった)。A型表面にはHAとノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白があり,HAには15亜型,NAには9亜型。これらは様々な組み合わせでブタやトリなどに広く分布(人畜共通感染症)。渡り鳥が運び屋? 大変異は亜型が入れ替わることで起こるが,トリウイルスがブタに入って,それとヒトウイルスが遺伝子交雑すると新型になるという仮説が有力。2003年に,1999年以来のH9N2が香港で発見されている。HAとNAは同一の亜型内でも抗原性を毎年のようにわずかに変化させ(小変異または連続抗原変異[antigenic drift]という),免疫機構から逃れ流行し続ける。1977年のソ連かぜはH1N1-USSRで,スペインかぜが小変異したもの。

対策は,その冬に流行しそうなタイプを予測してワクチンを接種(とくに高齢者に対して)するか,最近では抗ウイルス薬としてアマンタジン(A型ウイルスの細胞への侵入を阻害。1998年認可),ザナミビル(NA阻害剤。B型にも効く。1999年認可)。

昨冬のインフルエンザ流行(2002年11月25日〜2003年4月13日,1週毎,赤は警報発生保健所あり,黄色は注意報発生保健所あり)。

SARSコロナウイルス(SARS-CoV)

電子顕微鏡でウイルス表面から出た花弁状の突起が太陽のコロナのように見えるウイルスをまとめてコロナウイルスと呼ぶ。ヒトに軽いかぜ様症状をおこすコロナウイルスは既知。動物ではブタ,マウス,ニワトリ,七面鳥などに呼吸器系,消化管,肝臓,神経系などの病気をおこすコロナウイルスが既知。

但し,SARSコロナウイルスは,既知のコロナウイルスとは遺伝子的にかなり異なる。出現機序は不明。WHOはSARSの原因となる病原体を解明するため,9ヵ国13カ所の研究施設からなるネットワークを組織し,そこで国際的な共同研究が行われた。SARS-CoVは,その結果発見された,コロナウイルス科に分類される新しい型のウイルス。WHOは2003年4月16日にこれがSARSの病原体であると決定し,「SARSコロナウイルス」と命名。

SARSは「重症急性呼吸器症候群」と呼ばれ,中国広東省に端を発し,香港,北京,台湾,カナダ,シンガポール,ベトナムなど世界中のいくつかの国に感染拡大した。

主な症状は38℃以上の発熱,咳,息切れ,呼吸困難など。胸部レントゲン写真で肺炎または呼吸窮迫症候群の所見(スリガラスのような影)が見られる。また、頭痛,悪寒戦慄,食欲不振,全身倦怠感,下痢,意識混濁などの症状が見られることもある。既知のコロナウイルスが冬に流行するので対策が必要と見られている。

神経疾患を起こすウイルス感染症

急性一次性脳炎:単純ヘルペスウイルス,ムンプスウイルスが主要。日本脳炎(日本脳炎ウイルスはコガタアカイエカがブタから媒介)は不活化ワクチン接種(通常3〜5歳で受ける)のおかげで非常に稀になった。

二次性脳炎:感染後脳炎(主に麻疹ウイルス,他にインフルエンザウイルスやムンプスウイルスの感染後にも起こる)。致命率は麻疹後脳炎では15%,インフルエンザ脳炎では10〜30%

無菌性髄膜炎:エンテロウイルス,ムンプスウイルスなどが起こす。

急性灰白髄炎(ポリオ):ポリオウイルスによって起こるが不顕性感染が多い。ワクチンによって激減し,2000年10月に西太平洋では根絶宣言。Sabinの病原性再獲得による発症を防ぐため,低流行地域ではSalk採用を検討

遅発性ウイルス感染症としてSSPE(麻疹ウイルスによる。麻疹罹患者の10万分の1。感染から発症まで平均7年,発症すると半年余りで死の転帰をとることが多い),進行性多巣性白質脳症(AIDSやがんの末期にJCウイルスが起こすことがある)がある。

プリオン病

新型クロイツフェルト・ヤコブ病=亜急性海綿状脳症=BSEと同じプリオンが原因とみられる。

プリオンとは比較的分子量の小さなタンパク質で(単体で自己増殖はできないだけでなく,核酸を含まないので生物といえるか微妙),通常の組織内にも存在するが,特殊な立体構造をとると周囲のプリオンの立体構造も変えてしまい,病原性を発揮すると考えられている。種間障壁があまり存在しないと考えられており,牛の狂牛病プリオンを含む肉をヒトが食べて海綿状脳症が起こったケースがあったので,日本では全数検査などという対策がとられた。

発症率はきわめて低いので,プリオン曝露だけで発症するとは考えにくい。

ヘルペスウイルス感染症

単純ヘルペスウイルスI,II:4歳頃までに感染する割合が50%。初感染時の多くは不顕性だが,神経節に潜伏。体調が悪くなると顕在化し,口唇ヘルペス,ヘルペス角膜炎,性器ヘルペスを起こすアシクロビルが特効薬

水痘・帯状疱疹ウイルス:小児期初感染で水痘。神経節に潜伏し,体調が悪くなると帯状疱疹を起こす。アシクロビルが特効薬

EBウイルス:幼少期初感染の多くは不顕性。成人で初感染すると伝染性単核症を起こす。アフリカではバーキットリンパ腫とも関連

サイトメガロウイルス:多くの人に不顕性で持続感染。母子感染では流産や奇形のリスクガンシクロビルが有効

ヒトヘルペスウイルス-6,-7:突発性発疹の原因

ヒトヘルペスウイルス-8:カポジ肉腫から検出される

肝炎ウイルス群(Hepatitis Viruses)

HAV(ポリオウイルスと近縁)とHEV(カリシウイルスの一種)は飲料水や食物経由で感染。どちらも予後はよい。

HBV(ヘパドナウイルスの一種でDNAウイルス),HCV(日本脳炎ウイルスと近縁のRNAウイルス),HGV(インドネシアで報告されている)は,母子感染(日本では免疫グロブリン投与やワクチン接種でほぼ防げる)や性行為感染,血液感染する(日本では献血時にスクリーニングされていて輸血による感染はほぼ防げる)。慢性化して肝硬変から肝臓ガンへと進行することがある。途上国で検査するとHBVやHCVのキャリアが20〜40%みられる場所もある。

発疹を起こすウイルス感染症

麻疹(measles)ウイルス:多くは小児期に感染。感染早期に口腔内にコプリック斑がみられ,約2日後から全身に発疹がでて,高熱を発する。弱毒生ワクチンの勧奨接種がされている。

風疹(rubella)ウイルス:小児期に感染すれば発熱や発疹があるが軽症で済む。成人で初感染すると関節炎を起こしやすいことと,妊娠3ヶ月以内の妊婦が感染すると胎児に先天性風疹症候群が起こるリスクが高いので,1977〜1994年までは中学生女子に接種していた。その後集団免疫のため男女とも対象となり,2003年9月までは中学生でも弱毒生ワクチン接種は無料だった。

痘瘡ウイルス(天然痘ウイルス):1979年に根絶されたが,保管している研究所があるので,バイオテロ対策のために,痘瘡は一類感染症に指定されている。

エンテロウイルス,アデノウイルス,EBウイルスも発疹を起こす

その他のウイルス感染症

ムンプス(mumps)ウイルス:流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)の原因。成人では膵炎,睾丸炎,卵巣炎の合併を起こすことがあり,男性の不妊の原因となることも多い。MMRワクチンは弱毒化したムンプスウイルスが無菌性髄膜炎を起こしたとみられる例が多発し1988〜1993年で終わった。

ATLV(ヒト成人T細胞白血病ウイルス):レトロウイルス(RNAウイルスで逆転写酵素をもつもの)の一種。西日本にキャリアが多く,母子垂直感染(主に母乳感染)するので人類の系統進化の研究に使われる。

HIV(ヒト免疫不全ウイルス):レトロウイルスの一種。新興感染症の1つであるAIDSを起こす。ヘルパーT細胞や単球,マクロファージで増えるため,免疫機能が損なわれ,日和見感染が起こって致命率が高い。母子垂直感染(主に経胎盤,経産道)するが,血液感染するので,発見当初は男性同性愛者や薬物中毒者の間での感染が主だった。血友病患者への輸入非加熱血液製剤にHIVが混入していたことによる薬害は記憶に新しい。現在は性行為による感染が主(とくにアフリカや東南アジア)

細菌感染症

グラム陽性球菌:ブドウ球菌(化膿,毒素型食中毒の原因。中でもMRSAは院内感染で問題),連鎖球菌(A群溶血性連鎖球菌,いわゆるA群溶連菌による扁桃炎,咽頭炎,猩紅熱が問題。人食いバクテリアと呼ばれた劇症溶連菌もこのグループ),肺炎球菌,VRE(腸の常在菌だが抵抗力が落ちると大問題)

グラム陰性球菌:髄膜炎菌(流行性脳脊髄膜炎の原因),淋菌

グラム陰性桿菌(腸内細菌):大腸菌(とくに病原性大腸菌,なかでも腸管出血性のものは食中毒の原因として問題),サルモネラ群(腸チフス,パラチフスなどの原因),赤痢菌(細菌性赤痢の原因)

嫌気性菌:クロストリジウム属(破傷風やガス壊疽の原因。ボツリヌス毒素による食中毒の原因であるボツリヌス菌もこの群)

抗酸菌:結核菌,らい菌

その他:コレラ菌,グラム陽性桿菌(ジフテリア菌など),レジオネラ菌(在郷軍人病,肺炎を起こす。塩素に弱いが,循環型水槽・循環型浴槽での繁殖が問題になった),ペスト菌など

その他の病原生物について

マイコプラズマ:細菌に近いが細胞壁をもたない。マイコプラズマ肺炎の原因。

クラミジア:細胞内でのみ増殖する細菌に近い微生物。オウム病,トラコーマ,性器クラミジア症,クラミジア肺炎の原因。性器クラミジア症は性行為に伴って感染し,不顕性であることが多いが,不妊の原因になることもある。

リケッチア:細胞内でのみ増殖する。ダニやシラミから感染する。発疹チフス(日本では1958年以降発症なし),ツツガムシ病の原因

スピロヘータ:細菌と原虫の中間的な生物。梅毒,ワイル病,回帰熱などの原因

原虫:マラリア原虫が起こすマラリアは全世界で毎年2億人近いといわれる患者を出している。他にアメーバ赤痢,トキソプラズマ,クリプトスポリジウム,トリパノゾーマなど。

真菌:要するにカビである。白癬菌,カンジダ菌など

寄生虫:多細胞生物がヒトの腸管などに寄生して増える。回虫,条虫,ぎょう虫,アニサキス,フィラリア,吸虫類など。ヒトの腸管寄生虫でない寄生虫が入り込むと重篤な症状を起こすことが多い。


Correspondence to: minato@ypu.jp.

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