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書評:堤 未果『日本が売られる』幻冬舎新書

更新:2019年1月21日

書誌情報

書評

このところ少しずつ読み進めていた本書を漸く読了した。日本に暮らす,すべての人の必読書と思った。

現在の日本がタイトル通りの危機に瀕していることがたくさんの事例を挙げて示されている。水,種子,医療,食,情報といった,現政権が多国籍企業に投げ売りしようとしているインフラやベーシックニーズのオンパレードに頭が痛くなる。

あれだけ個人情報保護のレギュレーションを一般人には強いるくせに,LINEとマイナンバーをリンクさせるLINE側には個人情報は伝わらないと書かれているが,LINEアプリから内閣府のアプリを呼び出すときにプロキシのようにLINEアプリ側でデータを取得するように密かに仕様変更されたら,情報を抜かれてしまうことを防げないように思う)など愚の骨頂である。ダブルスタンダードというか,もはや詐欺と言って良いレベルだと思う。

また,民営化=効率化という幻惑が完全な勘違いに過ぎないことは,一般の営利企業の目的が,株主を儲けさせ会社が大きくなることであることを考えたら当然なのに,どうしてわからない人が多いのか不思議だ。パリ市が再公営化してから多くの国で完全に風向きが変わって,人々の生存にとって本質的に重要な水道は営利企業の手に渡すべきではないという世界的な流れの中で,わざわざヴェオリア社に水道事業を差し出すような水道法改定(リンク先は厚労省サイトのプロパガンダ。官民連携が基盤強化に有効と根拠無く言い切っているが,理由は一切説明されていない)をした現政権(と衆参両院で絶対多数を占める与党)を,なぜ支持するのか。政権応援団と化したメディアの論調に騙されている人が多いということか。あるいは,たぶん「親方日の丸」とか腐敗する「公」のイメージに引きずられて,公営事業は全部ダメだと思い込んでいる人が多いのだろう。本書では,公営でも民営でもない第3の道として,最後にユネスコの無形文化遺産にも指定された「協同組合」の思想と実践が鍵になるかもしれないという主張は大筋納得がいくし希望が持てる。

序盤と終盤で重ねて論じられている農薬の問題は,典型的な多国籍企業と管理者と一部の科学者とマスメディアの癒着がもたらす弊害として良くわかる話だが,耐性GMOからその遺伝子が野生植物に拡散してラウンドアップ耐性雑草が生じていることに対して,枯葉剤の主成分の一つである2,4-D(もう一つが2,4,5-T)で枯らせば良いという結論になって,ベトナム戦争がトラウマになっているアメリカでは承認プロセスが進まないのに,日本政府は「枯葉剤と枯葉剤耐性遺伝子組み換えトウモロコシをあっさりと承認し」と書かれていて驚いた。

これってジカンバの話とは別なのだろうか? ジカンバ2,4-Dとは似ているが別物だと思うが……と思ってさらに調べたら,確かにダウアグロサイエンスが2,4-D耐性トウモロコシを開発し,食品安全委員会がEFSAによる害はないという報告を取り上げていたし数年前に安全性審査の手続きをパスしている。うーん,しかし詳細がわからないので,この辺りはソースの引用が欲しかったところ(巻末の参考文献の中にも,この記述の出典らしきものは見当たらなかった)。

glyphosate(リンク先はIARCの説明文)を主成分とする除草剤(モンサント=バイエルのラウンドアップなど)については,ラウンドアップ耐性のGMOとセット販売され,通常の使用量や残存量では人体には無害と説明されてきたが,IARCが広範なレビューから発がん性の可能性ありと区分し,モンサントなどはそれに反論してきたけれども,2018年夏に長年ラウンドアップに曝露してがんに罹ったと主張しモンサントを訴えた方が勝訴したことから風向きが変わりつつあるというのが本書の説明であった。

例えばここの時系列のまとめなどがわかりやすいが,Reuterの記事についてもIARCは再反論しているしEFSAがIARCに反論して発がん性はなさそうとした報告は間違っているというJECHコメンタリーを読んでも,やはりIARCの見解には一定の妥当性があると思われる。ドイツのバイエル社が米国のモンサント社を買収したことも,EFSAが偏ったレポートを出したことと関連しているであろうことは,堤さんの本を読むと容易に想像される。先に挙げた時系列まとめで無害派とされていたニュージーランドについても,ニュージーランドのEPAもEFSAのレポートを採用してIARCの評価に反論しているので間違っているという報告が,ニュージーランド医学会の学会誌であるThe New Zealand Medical Journalに掲載されているし,どうも,無害を主張する多くの言説がモンサントの息が掛かったロビー活動の産物な気がする。もう少し続けて調べてみよう。

2018年に現在進行形で起こっている危機的な状況を総覧するのにとても便利な本で,最初にも書いたが是非読むべき。記述の根拠を確認しながら読むと大変時間が掛かるが,それでも知っておかないとまずいことだと思う。


【2019年1月20日,2019年1月17-20日の鐵人三國誌より採録】


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