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書評:川口敏『死物学の観察ノート 身近な哺乳類のプロファイリング』PHP新書

最終更新: August 18, 2006 (FRI) 17:58 (旧書評掲示板ファイルより採録)

書誌情報

書評

表題通りの内容だが,なかなか刺激的なところの多い本だった。例えば,

小学校から大学まで「観察」の授業を受けてきたけれど,結局,その意味や目的が理解できずじまいだった。同じような疑問を抱いているヒトも少なくないのではあるまいか。観察とは何だろう? 何を見ることなのだろう? ぼくは無意識に,観察する意味を探していた。

しかし,解明は突然にやってくるものだ。どこに書かれていたか忘れてしまったが,

「観察するには,仮説が必要である。仮説がなければ,何も観察できない」と記している本があった(これはダーウィンの言葉だったと思う)。(p.32)

は,橋本治がルーブル美術館を取材したときに,何も考えずぷらぷら歩いてあるがままに情報をインプットしておいて,あるとき不意に「こう見たらいいんじゃないか」という筋道を思いついた後になって初めて,何を見ていたのかがわかると書いていたのと通底する。観察という方法すべてに通じる至言だと思う。逆にいえば,仮説というフィルタを通してしか,ヒトはものを観察できないということでもあるのだが。

p.74には,「種は実在しない」論まで紹介されている。これもevolve-ML参加者でもなければ,あまり知られていない議論である。ベルグマンの法則やアレンの法則についても例外が多いことに触れて,生物学でいう法則は物理学で登場する法則ほど厳密ではないというのも,当たり前のことなのだが,たぶん世間一般には知られていないだろう。ぼくも「仮説」と呼ぶ方がいいという意見に賛成である。著者自身が出してくる仮説も,ネコがネオテニーだとか,イタチはオスの方がメスの9倍交通事故に遭いやすかったのは,体が大きく餌を探索するための行動範囲が広いことに加えて,繁殖期にメスを探して移動する習性があるからだろうとか,かなり刺激的である。ノウサギの肉も食べてみたという好奇心(ただ,食べきれなかったというのは,豚肉という代替物を用意していたからで,それしかなければ当然食べられると思うが)が生み出した成果だろう。

もっとも,著者が全面的に正しいということはなくて,p.98の地球人と地球外知的生命体の形が似てくるだろうとかいう議論は的外れである。生態学でいう収斂進化や平行進化(過去の講義/高崎経済大学でやった「生態学」第2回を参照)は,物理化学的環境が共通ということを前提にしているので,地球と共通の物理化学的環境をもつ保証がない地球外生命が似た形になるかどうかは全く分からないのである。

著者には是非,「ノラネコの研究」みたいな形の絵本,小学校高学年くらいの子どもが読める比較解剖学指南書を書いて欲しいと思う。

【2001年8月15日記】


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