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書評:津川友介『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』東洋経済新報社

更新:2018年5月18日

書誌情報

書評

津川氏は医師になったあとハーバードでMPHをとっていて,内科の臨床もやっているがUCLAのAssistant Professorでもある研究者である。

巷に医師が書いた健康な食事本は溢れていて,例えば,牧田善二『医者が教える食事術 最強の教科書:20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68』ダイヤモンド社なども書店で平積みになっていて,大変売れているようだが,一部(近藤正二『日本の長寿村短命村』サンロード,1972年など……これを取り上げておいて,それより新しい世界の長寿村の食事研究をした家森幸男への言及がない理由も良くわからないが)を除いて出典が明記されていないのが大きな欠点だし,記述の定量性が乏しくて,いろいろと疑問点が多い。アルコールやチョコレートの礼賛など極端な記述が多く,「最強」とか「正しい」という触れ込みは誇大広告と言わざるを得ない。糖質制限を勧める本なども多いが(例えば,白澤卓二『糖質はいらない』幻冬舎ルネッサンス新書),引用文献が明記されているものはほとんど存在しない。断言しても良いが,引用文献が書かれていない本は科学書としては信頼できない。

それに対して本書は,すべての記述に引用文献が明示されている。記述に定量性があり,多くの記述で対象集団を含む研究デザインまで明記されている点は素晴らしい。凡百の本とは一線を画す。それゆえ,もし食と栄養についての本を一冊だけ読むとしたらお薦めできる(ただし,後で例示するが鵜呑みにはしないように)。

医師が書いた食と健康絡みの本には共通する欠点というか限界があると思う。かつては栄養素単位でしか物事を考えない本が多かった。本書を含め,いくつかの新しい本では,最新のエビデンスに基づけば栄養素レベルではなく食材レベルで考えるべきと主張しており,一歩踏み込んでいる。しかし,そこ止まりである。食物摂取と肥満や高血圧の関係を調べた研究結果に基づく食材評価の本であって,「食事術」にはなっていないし,「究極の食事」が示されたとは言えない。本書の記述を鵜呑みにして,しかも目に付く記述だけを信じ込んでしまうような人が多いと,盒教弯了劼気鵑『「健康食品」ウソ・ホント:「効能・効果」の科学的根拠を検証する』講談社ブルーバックスなどで以前からずっと批判してきたフードファディズムにつながる危険を免れない。もちろん,エビデンスに基づくためには,食材単位でしか記述できなくなるのは,ある意味仕方がないことかもしれない。しかし実際の食事をどうやって食べるか考えたら,献立単位で考えなくてはいけない。サステナビリティを考えたら旬とか地産地消とか,調理方法まで含めた食文化も考えるべきで,オリーブオイル礼賛には疑問符がつく。たぶんエビデンスが少ないのだと思うが,多価不飽和脂肪酸含有から考えたらごま油も同等に良いはずだし,食材にあった風味を与える油は何かという点まで考えないと実用性は乏しいのではないだろうか。オタワ憲章以来のWHOのヘルスプロモーション国際会議でも繰り返し言われているように,健康は目的ではなくwell-beingのためのリソースであることを考えたら,「健康になるため」の食事がwell-beingを損なってしまっては本末転倒であろう。このことは津川さんも十分おわかりのはずだが,本書の主眼はエビデンスを示すことにあるため,食材ごとの功罪が強調されすぎてしまっていると感じる。

魚について,水銀含有量を除き十把一絡げに扱っているのも変だと思う。健康との関係性を調べた食事調査の多くは頻度調査(FFQ)か,せいぜい24時間思い出しであるためと,欧米での調査が多いために,魚を単一カテゴリあるいはせいぜい缶詰を別扱いする程度の論文が多いから,エビデンスを求めたら仕方ないのかもしれないが,栄養学的にも献立の作り方についてもイワシやアジとサケやマグロは全然違うので区別すべきでないか。本書のスタンスでは,現状ではそこまで踏み込むことができない。

塩分摂取の影響については,INTERSALT研究の結果で他集団に比べて日本人と中国人では摂取量の割りに血圧が高くなっていないことはわかっていて,それは未だに否定されていないわけだから,そこも踏まえるべきであろう。そもそもカリウム摂取とのバランスが大事だし,食事の仕方を謳うならば,やはり各食品単独の影響の記述ではなく,献立で考えなくては不十分だと思う。しかし献立の影響という枠組みで研究されたものは少ない。逆に言うと,現状レベルのエビデンスで和食より地中海料理が健康に良いと言い切ってしまうことはできないと思うし,味噌汁や漬け物を一概に否定することもできない。たしかにかつては非常に高かった長野県の脳卒中死亡が減ってきた(が,まだ高い)のは,近所を訪問したときなどお茶と漬け物が出てくることで塩分摂取が高かった状況が,食生活改善推進員の努力で改善されたおかげというのが定説になっているが,漬け物の摂取が多いことは長野県の野菜摂取量が日本一多いことに寄与していることも間違いないし,そのことが,日本一低いがん死亡率に寄与している可能性もあるはずだ。

とはいえ,本書で何よりも良い点は,ちゃんと出典が全部出ているところである。少なくとも情報源情報集として役に立つ。

引用元の文献を読めば,例えば53ページから紹介されているMozaffarianらの研究について,対象者が一般米国人ではなく,女性については看護職,男性についても医療従事者を対象とした調査であることがわかるし,体重が実測ではなくて自己申告であることもわかるし(妥当性検証のサブサンプルで実測との相関係数が0.96と高かったが,差の平均が3.3 lb=約1.5 kgであったと書かれている),食事調査も妥当性検証済の半定量的摂取頻度質問紙で尋ねた結果であり,データとして使っているのはservings/dayであることもわかる。秤量ではないし,日本の国民健康栄養調査でやっているような記録式でもない。自分で食事調査や生体計測と質問紙調査をやった経験があれば,この論文で使われた方法の信頼性が高くないことは実感としてわかるはずだが,本書ではそこを批判せず,統計的な有意差を際立たせるために作図までしてしまっている。Table 1を見ると,平均としてはPotatoes(マッシュポテトとフレンチフライを一緒にした値。Table 2では別々に分析しているのだから,Mozaffarianらは,ここも分けるべきだったと思う)が0.4 servings/day,Whole grains(本書では「茶色い炭水化物(玄米,蕎麦など)」と書かれているが,蕎麦なんて米国人が食べるだろうかと思ってSupplementary Table 1を確認したら,Bran,Brown rice,Cold breakfast cereal,Cooked oatmeal,Other cooked breakfast cereal,Dark bread,Wheat germとあって,蕎麦など入っていなかったので,この図に「蕎麦」を入れるのは間違っている)が0.5-0.7 servings/day,Refined grainsが1.2 servings/day,果物は1.2〜1.6 servings/day,野菜は3.3〜3.9 servings/day,100%フルーツジュースが0.6〜0.8 servings/dayという人たちであって,日本人の平均とはまったく違う食生活をしている人たちであることもわかる。本書54ページに載っているグラフは,Table 2の右側(多変量で調整した体重変化)から作られたものと思われるが,この程度の精度と信頼性で得られた食事と体重のデータで,Whole grainsの摂取が4年間で「増えた」人では体重が200グラム弱減り,Refined grainsの摂取が4年間で「減った」人では体重が200グラム弱増えたという結果が(12万人という大きなサンプルサイズの結果だから統計的に有意ではあるけれども),実際的な意味がどれほどあるのか(看護師や医療専門職者が対象だし,Whole grains摂取を増やした人は自分へのご褒美的に最後の桁で少なめに,Refined grains摂取を増やした人は罪悪感から最後の桁で多めに体重を報告した可能性がありそうだ),よく考えた方がいいと思う。「白い炭水化物」と「茶色い炭水化物」については,3章でも他の様々な研究を引用して白米は少しでも減らした方が良いと書かれているが,115ページのHuらの論文の図からすれば,アジア人では600g/day以下なら大差ないと解釈するのが自然だと思う。ここの議論はちょっと強引すぎる。

ネット上には手放しで本の記述を鵜呑みにしている人が散見されるのは,危険なことかもしれない。出典が載っていることが重要だと思うのは,そういう意味である。IFが70を超えるNEJMに掲載されている論文だからといって鵜呑みにせず,批判的に読まねばならない。それこそが科学的な態度だと思う。


【2018年5月18日,2018年5月6日の鵯記及び2018年5月7日の鵯記より採録】


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