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書評:川端裕人『声のお仕事』(文藝春秋)

最終更新:March 6, 2016 (Sun)

書誌情報

書評

駆け出しの声優を主人公とした(それだけでは食っていけないのでアルバイトしている。まったく本書とは関係ない話だが,ぼくの中学高校時代の同級生にも,主人公のバイト先の「ウオ店長」を彷彿とさせる「オタク第一世代」の奴がいて,彼らのアニメ知識があまりにも深く純粋であることは驚嘆に値した)熱い青春お仕事小説であった。

言うまでもなく,『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン:銀河のワールドカップ ガールズ』を原作とした『銀河へキックオフ』がNHK教育テレビでアニメ化されたことで,川端君が声優さんたちと関わりをもったことがきっかけで生まれた作品である。

作中作が面白くて,それぞれフルバージョンを読んでみたくなったのはぼくだけではなかろう。「センターライン」は言うまでもなく,「南総里見八重奏」と「VAG」は面白そうだし,どこから出た発想か知らないが「エロ犬ジュリアン」も凄いアイディアだと思った(もっとも,これは本当にアニメ作品として成立するかはわからない。むしろ実写+SFXのアダルトVODの方ができそう)。

それに加えて,アニメ作品ができあがっていく現場の描写が想像を超えた素晴らしさだった。さらっとやっているが,文字による表現としては凄く難しいことがなされていると思う。川端君の他の青春お仕事小説でいえば,『ギャングエイジ』の「てるてる先生」同様,悩みながらも努力し,あがいて自分なりの答えを出していく主人公の姿から若者なら元気をもらえるだろうし,既に中年になってしまったぼくのような立場からは,応援したい気持ちを呼び起こされる。エンディングが若干あっさりし過ぎている気がしないでもないが,物語世界から現実世界に帰還したときに元気が出るという意味では最高と思った(エンディング前のタメのシーンがまた良いんだ。ネタバレになるといけないので具体的には書かないが)。

なお,序盤で出てくるキャラクターだから触れてもいいと思うが,主人公が幼かった頃の友達で,才能があったのに夭逝した少女というコンセプトは,『リョウ&ナオ』の「ナオ」もそうだったが,ワンピースにおける「くいな」を思い出した。ある意味,物語の原型として川端君の中で大きな存在なのかもしれない。とまあ,深読みすればいくらでも深読みできるが(それは他の川端作品もそうだが),声優が好きだったりアニメが好きだったり,将来のことを考えて悩んでいたりする若者なら,何も考えずに読んでも元気はもらえると思う。

【以上,2016年2月16日,2016年2月16日の鵯記より収録】


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