枕草子 (My Favorite Things)

【第144回】 債権放棄もいいけどね(1999年6月21日)

今日の朝刊によると,ケルン・サミットにおいて,アフリカなどの重債務国に対する債権を放棄することが採択されたとのことである。それらの債権の先進7カ国分のうち約4割は日本,1割が米国で,他の国は残りをシェアしているわけである。信濃毎日新聞1面最下段の「斜面」欄日本経済新聞でいえば「春秋」,朝日新聞で言えば「天声人語」にあたる,ある意味でその新聞の顔ともいえるところ)には,「米英首脳は得意げだが,『小渕首相が「うん」と言ったからこその善政』で,日本もやることはやってるのは認識せよ」という主旨のことが書かれていたが,これは信毎にしては珍しい,なんとも皮相なコメントではあるまいか。

今回放棄の対象になっている債権の内訳はわからないのだが(公開されていない? アクセスしにくいのは確かだ),多くは政府開発援助(Official Development Assistance)の円借款であろう。日本の債権額が多いというのは,裏を返せば第一に,返却見込みがない相手国に対しても貸し付けを行ったことを意味しているし,実際そういった批判もある(返済見込みが立たなくて,かつ本当に人道上必要なら無償供与にすべきである)。その債権を放棄するということは,実は金融機関の不良債権処理を税金で助けるというのと同じ構造である。これだけでも,『善政』というよりは,コソボ問題と同じ欧米への無節操な追随に他ならないという実体を浮かび上がらせるに十分である。

もう少し考えると,第二の構造が浮かんでくる。政府開発援助で開発対象として何が行われたかというと,土木工事が少なからずある。現在は国際競争入札になっているものの,円借款事業については,受注の4割近くがいまだに日本の企業なのだ(この数年は受注先を日本企業に限定しない(アンタイド)円借款がほぼ100%になっているとはいえ)。先日行われたパプアニューギニアのポートモレスビー総合病院やジャクソン空港の増改築工事,ソロモン諸島のヘンダーソン空港増築は,日本のODAを受けてなされたものだが,ポートモレスビー総合病院もヘンダーソン空港も,受注したのは日本企業である(企業名が確認できる資料がないのだが,少なくともそういう現地報道だった)。政府開発援助とは,日本政府から出た金が日本企業に還って,対象国に近代施設(それ自体が悪いとはいわないが,必然的になにがしかの環境破壊や生活変化は伴う)と,巨額の債務を残すというのがその実体の一面なのである。つまり,今回途上国の債務がチャラになって一番嬉しいのは,大きな開発市場を再び手にした開発関連企業(日本企業に限らない)なのではあるまいか? それらの企業が「先進」を支えてきたことや,ぼくの生活が「先進」の恩恵を被っているというのもまた一面の真実であろうが,ちょっとバランスが悪いなあと感じるのである。

もっとも,途上国が巨額の債務負担に苦しむあまり内政不安定になることは,決して喜ばしいことではない。その意味で,債権放棄という決定自体は悪いことではない(注:ケルンサミットのG8宣言自体には「1999年ケルン債務イニシアチブを歓迎する」と書いてあるだけで,債権放棄という明言はないが,Yahoo!JAPAN Newsに掲載されている,19日に採択されたG7議長声明に中身がある)。ただ,信毎のコメントにあったような面だけでなく,ここで指摘した2点を考えた上で,苦虫を噛み潰したような顔で容認する,というのが税金を払っている国民のとるべき態度と思う。少なくとも,無節操な貸付が行われないように,政府開発援助の予算を国民が審査するような開かれた仕組みを作る,といった方向で,今後にこの教訓をいかして欲しい。今年から,ODA民間モニターという制度ができたようだが,1週間くらい現地を見たところで今回のような問題を防ぐのにはあんまり役に立たないので,評価に必要な資料を完全に開示する形での予算公開が必要と思う。この程度では情報が足りないし,情報公開のためのホームページ”作成”にどうして1億円も計上されているのか理解に苦しむところである。今回この記事を書く上で,外務省のODAのページを随分見たが,現在の事前審査システムがどうなっているのか,ここにちょっと書かれているくらいで,具体的審査の手続きなどさっぱりわからなかった。こういう援助実施上の評価の継続も重要だが,事前審査について,もっと知りたいところである(どなたか情報があったら紹介してください)。この巨額な焦げ付きをみると,現在のシステムがうまく機能しているとは言い難く,別のシステムを作らねばならないのは明らかである。一国民として一考を望むものである(誰に? まあ国会だろうなあ,大幅に会期が延長された)。

気になったので日経と朝日のコメントも読んでみたが,日経にはロシア支援強化と内需拡大・景気回復が「国際社会から」期待されているという点が強調されていて,援助政策の見直しが必要という記事は経済面の右下の方に少し書かれているに止まっていた。ちなみに,対象債務総額は1300億ドルでそれを2分の1に削減することが決まり,そのうち日本の削除対象額は4000億円だ,と書かれていたが,先にリンクしたYahoo!JAPAN Newsの記事と読み比べるとニュアンスがあって,なかなか日経らしい。朝日では首脳宣言のこの側面はあまり重視されていず,コソボ紛争終息に果たしたロシアの役割の大きさばかり強調されていた。G7議長声明のときは詳しく言及されたのだろうか? それならそれでまあいいんだけど。

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ところで,今回(通算144号)からこの「枕草子 (My Favorite Things)」は,友人の竹川大介氏が主催する「ニッポンニッキ」というMLでも配信することになった。彼の筆になる「こくら日記」という個性的なWEB日記は,これまでもメールマガジンとして配布されていたのだが,その読者参加企画として,日本中のWEB/E-Mail日記を一つのMLでまとめて読めるようにしてしまおう,ということで始まるものである。MLなので感想や意見を筆者と同じ土俵で書いたり,意見を戦わせたりすることも容易である。たぶん,彼もそれを期待していることと思うし,ぼくも結構期待している。ちょっとML読者のために自己紹介を書いておくと,この「枕草子 (My Favorite Things)」の著者は,既婚で子ども2人,毎日長野と上野を新幹線で往復している,東京大学人類生態学教室助手の中澤 港であります。より詳しい自己紹介は個人情報のページをどうぞ。

というわけで,よろしくお願いします>ML読者諸氏。

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以下はほとんどメモのようなものである。先週はいろいろと言及したいことがあったのだが,暇がなくてこのページで触れることができなかった。ここでまとめて書いておこう。まとまりないのはご容赦願いたい。

チンパンジーの文化が多様である論文
17日発行のNatureに,「チンパンジーの文化も多様である」という話が載った。3ページ目のカラー図版が細かいのでモノクロプリンタの印字ではつらいが,たぶん,登録なしでもNatureのサイトから,今なら全文pdfで落とせる筈。ジェーン・グドールやら西田利貞さんやらチンパンジー研究者のオールスターキャストで書かれた論文なので必読と思うが,アフリカのチンパンジーの文化(道具の使用など)を集団間比較したところ,はっきりした生態学的あるいは地理的な差異がないのにも関わらず文化が多様であり,チンパンジーでも文化が水平伝播する証拠である,と論じられたもの。フランス・ドゥ・ヴァールによる解説記事(このリンクが保存されるかどうかは不明)がまとまっていて読みやすい。チンパンジーレベルで詳しく個体識別して行動観察されている動物は他にないので,他の動物に関してもこれが成り立つのかどうかは今後の研究課題である,としめくくられていて,なかなか面白い。
鳥取大の生殖医療試験研究
精子形成不全のために不妊になっているカップルのためにだろうか,ヒトの精子形成細胞をラットの精巣に入れて成長させ,後で取り出してヒトの卵子と受精するかどうか試すという研究計画が鳥取大で承認されたそうな(Yahoo!JAPAN Newsの記事)。「人体応用を前提としない」という注がついたと言っても,こういう研究は応用を考えずにやる意味はほとんどないから,やはり応用したいのだろうなあ。倫理面はどうするのだろう。
WEBサイトのいろいろ更新
書評掲示板改造
書評掲示板のcgiプログラムを大幅に改造して,とうとう見るだけなら一切cgiは動かさない仕様にすることができた。各々の本に対して,新規登録された時点で固定した,ユニークなhtmlが割り振られるので,自分がした書評に対してリンクを張ることができる。
MLの過去ログ検索cgi開発
サーバ2号機で運用中の公開MLについて,過去メール検索を可能にするためのcgiを書いた。ちなみに人類生態学メーリングリストとシミュレーションプログラム開発メーリングリストが公開中。
Alphaのカーネル更新
詳しくはAlphaマシン設定記録を参照されたいが,数値計算・シミュレーション用に使っているAlphaマシンのカーネルを2.0.35から2.2.10にバージョンアップすることに成功。
目安箱改良
栄養学のページをご覧になった栄養士志望の26歳のOLという方が目安箱から「もっといろいろ教えてください」とコメントをくださったので,ぼくのページにリンクを張ってくださっている青木みやさんのLife and Dietを紹介しようと思ったのだが,メールアドレスがなくてコメントできないので困ってしまったのが契機である。メールアドレスが送信されないということが認識されていないと困るので,誤解のないように目安箱の説明文を訂正した。実は例によって手落ちがあって,メインサーバの方は,ぼくが常用している2号機とはディレクトリ構成が違っているのを忘れていたため,目安箱が使えない状態になってしまっていた。指摘ありがとう>竹川氏。
三番瀬埋め立て計画を1/7に縮小すると千葉県が発表
これまで何度も触れてきた三番瀬埋め立て計画であるが,ついに千葉県が縮小計画を発表した。真鍋環境庁長官は,一度は人工干潟造成には懸念を表明したものの,藤前干潟のそれとは違うことを認識しその懸念は取り下げると訂正を発表。これについては稿を改めて書きたいが,三番瀬フォーラムの顧問の部屋には早速コメントが出ていて,考えさせられた。こういう問題は,ヒト×ヒトだけでもヒト×自然だけでも駄目なので,文理を超えた総合的な視野が必要なのだ。そういうディスカッションの場が必要だと思う。ぼくも動いてはいるのだが。

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