枕草子 (My Favorite Things)

【第145回】 Natureと進化心理学(1999年6月24日)

昨夜終電で帰ってきたためか,目が覚めたら6:00を過ぎていて,始発に間に合わなかった。まあいいかと気を取り直してご飯に納豆という朝食をかきこみ,家を出たら,何とも妙な天気で気が滅入った。分厚そうな黒雲が幾筋も帯状に,あるいはモザイクのように澱んで小雨をぱらつかせている隙間から青空がのぞいて陽光が射してくる。陽光を感じているうちはいいのだが,長野駅へ向かう道の方角の変化につれてか,たんに雲が動いているのか知らないが,雲が優位になる都度自転車を漕ぐ脚がにぶるのだった。考えてみれば,陽光が見えると無条件に嬉しくなるのは不思議である。ヒトはたしかにビタミンDの活性化には陽光のおかげを被っているが,従属栄養生物だから,植物と違って直接太陽光線のエネルギーを使えるわけではない。それどころか,最近の皮膚科分野では紫外線の有害作用が強く主張され,なるべく直射日光は浴びない方がよいということになっているほどだ。それなのに,ぼくが夏の強い日射しを楽しみに思ってしまうのはなぜなのだろうか。生得的なものか文化的なものかすらわからんのだが,なにか研究はないだろうか?

出がけに見た今日の信毎朝刊によれば,今日発行のNatureに,またもや面白そうな論文が載っているようだ。東京大学総合文化研究科の人たちが報告したそうだが,女性は月経周期のどの時期かによって,好みとする男性の顔が変わるそうである。排卵の頃は,それ以外の時期に比べて角張った「男性的な」顔を好むとかいう話だ。いろいろな顔をコンピュータで合成して被験者に見せて,どの顔に魅力を感じるかと聞いたという方法だと紹介されていたが,同一被験者に排卵周期のいろいろな時期に同じ画像群を見せたのか,排卵周期のいろいろな時期にある多数の被験者に画像群を見せたのか? たぶん前者だと思うが,そうだとすると,慣れの問題はなかったのかどうかが新聞記事からは不明である。例によって2群に分けてクロスオーバー法でやっているのだろうか? 月経周期はどうやってチェックしているのだろうか? などと疑問がこみ上げてくると,もういけない。元論文を見なくては,という気分から逃れられなくなる。人類生態学なんて研究していると,自分の研究に直結していないけれど無関係ではない,というものが多すぎるのだよな。

【注記】元論文,というかscientific correspondence欄だが,WEBサイトからダウンロードして見てみたら,日本女性39人と英国女性65人を被験者にして,質問紙で月経周期をチェックして排卵の前後で比較し,排卵前(濾胞期)の方が「男性的な」顔を好むという話であった。クロスオーバーではないようだし,質問紙で月経周期を推定,というのはデータとして弱いと言わざるを得ないが,図1bにある棒グラフの差は確かにクリアで面白い。ただ,'steady boyfried' ('tsukiatteiru')というのは違うんじゃないかと思う。('kareshi')じゃないんだろうか? 筆頭著者I.S. Penton-Voakは,信毎の報道の通り東大に客員でいるのかもしれないが,所属は聖アンドリュース大学(といっても桃山学院大学ではなく,英国のそれ)になっていた。CVによると1972年8月生まれだから,まだ26歳である!

Natureという雑誌には,こういう進化心理学的な論文が好きなエディタがいるらしく,去年だったか南米のどこかのインディオの男性にコンピュータ合成したいろいろな体格の女性を見せて,ウェストの細さがとくに魅力とはならなかったことから,ちょっと前のTBCのTVCFでのキムタクみたいに「くびれ!」となるのは西洋文化の特性であって生得的ではないという論文が載っていたように思う(論文にキムタクが出てきたわけではもちろんない。念のため)。こういうのってアイディアと文章力の勝負だろうと思う。

【注記】Yu, Douglas W. and Glenn H. Shepard Jr. (1998) Is beauty in the eye of the beholder? Nature, 396: 321-322.で,ペルーのYomybato村の男性は米国人に比べてウェストヒップ比(waist-to-hip ratio)が高い女性の体型に惹かれる,という話。やはりscientific correspondenceだが。

この文章は6:43発の長野新幹線あさま502号に乗り,2号車の11Aで打っている。何日か前にも同じ502号で見かけた人が2つくらい前の席にいるのだが,彼女も長野から東京まで新幹線通勤しているのだろうか? 宣伝の割にはフレックス定期なんてもっている人を見たことはほとんどなくて(始発の500号には,高崎から上野まで新幹線通学している後輩がいつも乗っているが),長野からなんてぼく以外にいるとは思わなかったのだが。別に声をかけようとかは思わないけれど,どういう境遇で新幹線通勤をしているのか,ちょっと想像力をかきたてられるのである。


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