ラニーニャ現象が終わったということである。まずはめでたい。何事によらず不順なのは対策が面倒だし,地球規模の変化はどこまで波及するか予測がつかないから恐ろしい。まだ地球規模のモデルは実用段階ではないのだ。もっとも,全部予測がついてしまったら,それはそれでつまらない世界になるだろうが,そんなことはありえないので問題ない。問題なーい,問題なーい。ってそれではロボコンである。最近,自転車で坂道を漕ぎ上りながら鼻歌で出てしまうのが,ちょっと恥ずかしいのだけれど,本当だから仕方がない。子どもの影響は恐ろしいものである。閑話休題。
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先週末は進化学研究会の例会を聞いてきた。進化生態学者が分子生物学者の批判に反論するという構図を目指して行われたらしいのだが,肝心の分子生物学者が少ししか来ていなかったのが残念だった。発表自体は面白かったのだが,生態学の「汚いデータ」の説明原理として提示された「変動が大きいこと」は,偶然変動を考えない限り,多要素の影響を考慮するということと数理モデル的には同値である。後の方ではコンテクストによって物質間の関係が変わるとも言っていたが,コンテクストを関係要素に含めてしまえば,要素が増えるということに他ならない。だから,多要素ということだけでは説得力が弱いという長谷川さんの発言には納得がいかないのだが,ぼくは何か勘違いをしているのだろうか?
社会性昆虫のデータは面白かったけれど,それを血縁淘汰理論で説明するという進化モデルよりも,ぼくは片野修さんがカワムツでやっているような個性の生態学の方が生態学らしいと思う。物質ベースで説明がつく筈だということと,生態学がそこまでやらなくてもいい(階層が違う),ということは,どちらもその通りなのだが,一つの偶然が大きく事象を左右するような場合,物質ベースで説明がついた,といえるのだろうか。プロセスの説明はついてもメカニズムの説明はつかないし,ところで,進化のセントラルドグマは,物質ベースの説明原理といえるのだろうか?
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月曜日,「夏のロケット」「動物園にできること」などの著者,川端裕人に久しぶりに会った。彼は駒場での同級生で,前々から会おうとは言っていたのだが,時間ができたからといって研究室に来たのである。体型が15年前と全然変わっていない彼から,「貫禄がでたんじゃない?」と言われると,ややショックである。そりゃあ,毎日ソフトボール部で練習していた頃に比べたら10 kgほど重いのは事実なのだけれど。動物園の話とか,ぼくの研究の話とか,ノンフィクションを書くことについての考え方とか,いろいろ語った。動物園での体細胞クローンへの期待というのは,ぼくが懸念したほど大きいものではなく,そういう姿勢の人が2人いる,とだけ考えればよいという話で,少しほっとした。ノンフィクションのあり方については,森山さんとの考え方の違いが面白かった。一度直接話してみたら? と言ったら,望むところだとのこと。激論を期待しているぼくは,不謹慎だろうか?
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水曜から3日間,上原記念生命科学財団がスポンサーで厚生省が後援する国際シンポジウム,"COMMON DISEASE - GENETIC AND PATHOGENETIC ASPECTS OF MULTIFACTORIAL DISEASES"を聞きに,新宿の京王プラザホテルに通ってきた。大宮で埼京線に乗り換えると,長野を6:43に発つ2番電車でも,8:50には会場に着いてしまう。実に中身が濃いシンポジウムだったし,昼食がうまい店に当たったので(一日目はセンタービルにある店でハイチ風ドライカレーとハイチコーヒーのセット,二日目は三国一といううどん屋で梅おろしうどんセットを食べたが,どちらも900円弱で,美味であった),ホクホクしているところなのである。このシンポジウムは,「ヒトはなぜ肥満になるのか」「肥満遺伝子」などの著者,蒲原聖可さんから教えてもらったのだが,レプチンを発見したフリードマンを筆頭に世界の一流の科学者が目白押しであり,しかも無料である。行かないという法はなかろう。
現代人によく見られる動脈硬化や糖尿病といった病気は多因子であり,簡単に原因が特定できるものではないのだが,その遺伝的素因に迫る研究が多数行われており,それを紹介しようというのが,このシンポジウムの主旨である。成書としてElsevierからExcerpta Medica International Congress Seriesのvol. 1181として出版される予定とのことである。内容は専門的に過ぎるので,ここでは深くは触れないが,脂肪産生と肥満,COMMON DISEASEの一般分子生物学,高脂血症,高血圧,糖尿病の5部構成のどのセッションでも充実した話が聞けて良かった。
話を聞きながら思ったことが2つ。ヒトの疫学データは少なくて,ほとんどが遺伝子ノックアウト動物を作って性状を調べたという話と培養細胞でのシグナル伝達の話だなというのが1つ。もう1つは,こんなにばりばりの分子生物学なのに「データが汚いじゃん」ということである。考えてみれば多因子の話なのだから,生態学と同じでデータが汚いのは当たり前である。分子生物学者たる発表者たちもちゃんと意識していて,「遺伝要因もたくさんあって,環境要因もたくさんあって,それらが相互作用しあっているのだから,クリアな関係など見られるはずがない」という意味のことをわざわざスライドを1枚使って説明した人もいたほどだ。遺伝子だけならMultipoint Linkage Analysisのような有効な手法が開発されてきているけれど,環境要因が強く絡んでくるとまだまだ分析手法が不備らしい。
つまり,汚いデータの原因は,世界が複雑なことであって,それは生態学に限ったことではないのだ。分子レベルでモノを見たって,知りたいのが分子レベルでの多因子の相互作用が現れる現象ならば,やはりデータは汚くなるのだ。複雑な世界を複雑なままに理解できるようになるだけの能力を人類が手にする日は,いつか来るのだろうか。