枕草子 (My Favorite Things)

【第460回】 仕事始めは(長野では)大雪の日(2001年1月4日)

年末は温泉三昧の日々を過ごした。義弟が泊まりがけで来たこともあって,公共交通機関で行ける温泉に行くことにしたのだ。30日は長野電鉄の企画切符で須坂の「湯っ蔵んど」へ,31日は川中島バスの企画切符で牟礼の「天狗の館」へ行って来たが,どちらもゆっくり暖まることができたし,比較的空いていたので実に良かった。「湯っ蔵んど」の方は,須坂から近く,バスも何往復も出ているので行きやすいことと,風呂の種類がたくさんあることと,1階のレストランが安くて量が多いことが利点だ。とくに企画切符のBクーポンという食事付きのものだと,食事なしのAクーポンに比べて500円増しなだけなのに,ビーフカレー(サラダ付き)か野沢菜ピラフかシーフードスパゲティの中から一つとエスプレッソ風のコーヒーまで付いてくるのだ。チケットは長野電鉄の各駅で買えるようだ。「天狗の館」は,3月にも行ったのだが,往路9:10長野駅前発,復路15:40天狗の館発の往復1便しかなく,しかも3月にはあったシャトルバスが無くなっていたので,リゾートスキー場で途中下車することができなかった(天気が良ければ歩けない距離ではないが,雪が積もっていたので子どもを歩かせるのはちょっと辛そうで諦めた)という交通の不便さの反面,ちょうど良く鄙びた感じがするのが良い。しかも,「よこ亭」という牟礼産のそば粉を手打ちで打ってくれるとても美味なそば屋が入っているので,温泉に浸かった後,年越しそば代わりにそばを食べることができるのだ。しかし,温泉とそばだけでは遊びたい盛りの子どもたちには不満がたまるのも事実である。せっかく子ども用パンダスキーまでもってきたのに,雪遊びをしない手はないのである。実は,保育園の親子遠足でも,林檎の収穫後の懇親会でもこの近辺に来ていたので,雪遊びできそうな広場があることはわかっていたので,そちらへ歩いていったら,前人未踏の大雪原が広がっていたのだった。積雪は20 cm程度だったと思うが,パンダスキーをしたり,雪だるまを作ったりと,力一杯楽しめて子どもたちも満足したようだった。とても良い年末だったと思う。

1日は善光寺に初詣に行ったが,大変な人混みだった。おみくじを引いたら,ほぼすべてのくじが大吉であるようだったのに,なぜかぼくだけ末吉だった。まあ,末でも吉ならいいと思うことにしよう。いや,別におみくじを信じているわけじゃないんだけど。

31日の夜にも少し書いて中央郵便局で投函してきたのだが,1日の夜から年賀状を本格的に書き始めた。テレビを見ながら,子どもと遊びながら,雑煮を食べながら,などなど他のことに気を奪われながら,だらだらと書いていたので,書き終わったのは3日の夜だった。途中何度か近所のポストに投函したのだが,最後に書いた分は,翌日が仕事始めで東京に行くのだから本郷郵便局で投函する方が早く着くだろうと思われ,持っていくことにした。それで,早く眠ったのだが……。

4日の朝は,すっかり正月ボケしていて,目が覚めたら7:30だった。しかも,外を見たらかなり雪が降っていたので,長野電鉄に乗るために壁に貼ってある時刻表を見たのだが,そのとき目がどうかしていたらしい。8:37発あさま506号にちょうどうまく接続する筈だと思った電車は存在せず,どう考えても506号には間に合わない電車を,雪が降り込んでくる寒いホームで15分も待つ憂き目をみたのだ。結局,満員のその電車に乗って,9:02発あさま508号に乗り換えたところである。それにしても,家で時刻表を見たとき,ぼくはいったい何を見ていたのだろうか? 幻でも見たのかといえば,雪もそんな感じで,あれほど長野駅あたりでは大降りだったのに,軽井沢で外を見たら青空が見え,雪など全然降っていないのだった。長野市は日本海側の気候に近いということなのだろう。

本郷郵便局によって年賀状を投函してから,研究室に着いてメールをみると,PNASの最新号目次が届いていて,調査中に遭難して行方不明になっている中野さんが筆頭著者の論文が目を引いた。陸域と水域の食物網の相互依存性について,北大苫小牧実験林で幌内川に沿ってフィールド調査をした結果らしい。今年の春から生態学の非常勤講師をするため,生態学のおさらいをすることと,新知見のフォローをしておく必要があって,PNASのEcologyセクションには目を通しておこうと思っていたところで,ちょうど良かった。10年前でほぼ止まったままのぼくの知識によれば,生態学は生物相互及び環境との相互作用を研究対象としていながら,そのすべてを対象としてシステムとしてみる生態系生態学は難しいためにあまり実証的な研究がなく,相互作用の範囲をかなり限定した動物生態学や植物生態学の研究が大部分であったように思う。だから,陸域と水域の相互依存性を実証的に研究したというこの論文は,貴重なものだと思う。

21:30発あさま号に乗ろうと思って上野に着いたら,20:15発あさま573号が1時間半以上遅れてまだ着いていないのだった。21:45に到着したそれに乗って,いつまでかかるかなあと思いながら,湯川薫「Dの虚像」(カドカワノベルス)を読み始めた。ポピュラーサイエンスミステリっぽさを狙ったのは悪くない試みなのだが(巻末の用語解説は良くできている),いかんせん,人物造形や設定がジュブナイル冒険活劇仕立てなのと,ポピュラーサイエンスの道具立てがありきたり(取材が甘いと思えてしまうが,もしかするとこのレベルのポピュラーサイエンスを繰り返し提示することが科学の浸透には大事なのかもしれない)なのと,小説構築技法が未熟なのが鼻について困った。とくに時制が書き分けられていないのが致命的だ。語り手である和田又三郎が事件後発車間際で飛び乗る横須賀線から「久しぶりで目にする日本の景色」というからには,海外で片目を失って帰国したばかりと思われるのに,一方では事件に出会ったのが物書きとして「いつものように」出版社でうち合わせをしていた時のことになっているし,事件を報告に帰った下宿では名探偵橘三四郎とすっかり親しくなっているし,ドアにぶつかるほど片目に慣れていない癖に九州山地の悪路で車を飛ばしていたりするし,無茶苦茶なのである。もう少し丁寧に世界構築をしてくれたら(それと,現実と虚構のリンクにもうちょっと気を使ってくれたら),意気込みは買いたいのだが。

長野に着いたのは23:20だった。予定より85分遅れとのこと。長野電鉄の駅まで走ったら,なんとか須坂行きの最終に間に合った。小降りにはなっているのだが,一向に止まない雪は,既に20 cmくらい積もっているように見えた。


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