東京大学 | 大学院医学系研究科 | 国際保健学専攻 | 人類生態学教室TOP | 2nd

生態学第4回
「生物にとっての資源」(2001年5月10日)

トップ | 更新情報 | 研究と教育 | 業績 | 計算機 | 写真 | 枕草子 | 著者 | 目安箱 | 書評 | 生態学目次

最終更新: 2001年10月15日 月曜日 00時00分

全部一括して読む | 前回へ


講義概要

  1. 生物にとって資源とは?
    ●「生物によって消費されるすべてのもの」(Tilman, 1982)
    ●「消費」の意味が曖昧。食べられる,バイオマスに取り込まれる,という意味だけでなく,排他的に利用されれば「消費」
    ●例えば,リスが木の穴に住んでいれば,その穴には他のリスは入れないので,リスにとってその穴は資源といえる
  2. 資源の種類
    ●放射線(主として太陽光線)=生物の活動のためのエネルギー源:可視光線に限らない。緑色植物のもつ葉緑体が利用できる波長(380-710 nm)は,ほぼヒトの可視光線と同じだが,光合成細菌がもつバクテリオクロロフィルが利用できる波長のピークはは800, 850, 870-890 nmにあって,ずっと長い。可視光線は全放射線の44%。
    ●無機イオン,無機分子=生物体を形作るもの:二酸化炭素,硝酸,燐酸など。金属元素もいろいろ
    ●生物=生物体を形作るもの:植物食の動物なら植物は資源。リスにとっての木の実など
    ●場所あるいは空間=生物が生活史を展開する場:蜂やリスにとって木材に開いた穴など
  3. 資源としての放射線
    ●放射線エネルギー:太陽から植物への直接,間接の放射線の流れ。植物は光合成によって放射線をエネルギーに富んだ炭素化合物に変換し,後でそれを呼吸で使うことでエネルギーを取り出す
    ●植物によって捕まえられない限り失われる(最大利用効率は3〜4.5%,熱帯林で1〜3%,温帯林で0.6〜1.2%。
    ●時間的(日内,季節),空間的(緯度,高度)に変動
    ●波長の違ういくつもの放射線の連続体。
    ●水供給と密接に関係
  4. 水損失を制御しつつ放射線を効率よく利用するための様々な戦略
    ●砂漠の一年草のように,水の豊富な時期のみ光合成をして活動し,その他の時期は種などの状態で休眠している
    ●雨緑樹林(例:アカシア)のように水の豊富な時期のみ葉を付け,他の時期は葉を落とす,あるいは葉の形状を季節変化させる
    ●水を失いにくい肉厚の葉をつける(ただし多量には光合成できない)
    ●植物は,光合成の中間産物となる有機酸の炭素数の違いによってC3(コケ,小麦など), C4(トウモロコシ,サトウキビなど), CAM植物(ウチワサボテンなど)に分かれるが,C4植物は細胞内の二酸化炭素濃度が低く,気孔からの蒸散が少なくても光合成効率が高い
    ●実は,光の強さに対する光合成効率の関係がC3植物とC4植物では大きく異なる。C3植物は弱い光でも効率が悪くない反面,光が強くなっても効率が上がらない。C4植物はその逆。至適温度もC4植物の方が高い。CAM植物は中間的(昼夜,あるいは季節的に気孔開閉を制御して水利用効率が良い)
  5. 資源としての無機イオン,無機分子
    ●二酸化炭素〜濃度は300 ppm程度だが,毎年0.4〜0.5%増加している(地球温暖化に関連)
    ●水〜雨や雪が溶けてリザーバとしての土壌に溜められ,そこから根を通して吸い上げる。土壌中の水分布に応じて根の発達度合いが違う
    ●ミネラル〜土壌あるいは水から直接取り込む

    ●酸素〜呼吸に用いる
  6. 資源としての生物
    ●独立栄養生物を除けば,他の生物を資源として利用する
    ●食性による生物分類

    ●炭素窒素比:植物の方が動物よりも炭素/窒素比が遙かに高い。植物では40:1くらいなのに,細菌,菌類,動物では8:1〜10:1程度。植物にはセルロースからなる細胞壁があることが大きいが,細胞壁以外の部分でも窒素が少ない。
    ●多くの植食動物は細胞壁はそのまま利用できず,腸内にいるセルラーゼという酵素をもつ細菌が分解した産物を利用する
    ●植物は大きく組成が異なる部分(根,種,茎,花,果肉など)の集合体だが,動物の組成は比較的均質。
    ●食べられないための防御を発達させている場合もある。物理的に棘をもつとか堅果とか,化学的に毒物(シアン化合物など)を含むとか,警戒色とか擬態とか。但し,「蓼食う虫も好きずき」。
  7. 資源としての空間
    ●空間,というのはいわゆる「かばん語」であり,空間そのものではなくて,その空間内にある他の資源が本質である場合が多いが,空間そのものを指す場合もある
    ●同じ資源を共有する2種の生物が共存する場合,2種は直接相手の存在に反応するのではなく,各々が作り出す資源枯渇状況に反応する(分捕り合戦=exploitation competition)のが普通だが,高等動物や鳥類では,空間をなわばり(territory)とするという形での直接の妨害競争(interference competition)に移行する
    ●トカゲが岩の上の暖かい場所を取り合うような場合,温度条件は消費される資源ではなく,好みなのだが,この暖かい場所は排他利用されるので,定義によって資源といえる。
  8. 資源の分類〜2つの資源の関係で
    ●本質的な資源:置き換え不可能なもの。緑色植物にとっての窒素とカリウムなど。
    ●置き換え可能な資源:鶏にとっての小麦の種と大麦の種など。
    ●相互補完的な資源:一緒に消費すると利用効率が上がるようなもの。ヒトにとって,ある種の豆と米を一緒に食べるとタンパク利用効率が上がることなど。
    ●拮抗阻害的な資源:一緒に消費すると利用効率が下がるようなもの。俗にいう食べ合わせが悪いという。
    ●禁止的資源:一緒に消費すると致命的なもの。少量なら必須だが多量だと毒になるような資源が高レベルで消費される場合(資源でなくむしろ制約条件となる)。

フォロー

コンクリート以外のものでも二酸化炭素を吸収する? コンクリートに吸収された二酸化炭素はどうなる?
●コンクリート以外にもアルカリ性の土壌などなら吸収する可能性はあります。コンクリートが二酸化炭素を吸収した場合,コンクリート中の水酸化カルシウムと反応して炭酸カルシウム(石灰岩)になります。バイオスフィア2以前からコンクリートが二酸化炭素を吸収することはわかっていましたが,バイオスフィア2の中では空気中の二酸化炭素濃度が高く,そういう状況では外界での10倍も多くの二酸化炭素をコンクリートが吸収し,酸素と炭素を物質循環から奪ってしまったために,空気中の酸素濃度が(元々外界と同じ20.9%だったのが)14%まで低下してまずいことになったというのが予想外の事態だったようです。
【参考文献】アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン著,平田明隆訳「バイオスフィア実験生活 史上最大の人工閉鎖生態系での2年間」講談社ブルーバックス,税別816円,ISBN4-06-257147-1
可視光線以外の放射線(赤外線,紫外線,俗にいう放射線)の生物にとっての意味は?
紫外線は,例えばヒトの体内でビタミンDが活性型ビタミンDに変化する反応に関与しています。多くの毒蛇は獲物が発する赤外線(700 nmから100000 nmの波長の電磁波で,熱作用をもつので熱線とも呼ばれます。熱をもつものは赤外線を発しています)を感知して襲います。X線などの電離放射線は細胞障害作用をもつ反面,突然変異を起こすことに寄与する可能性があるので,進化の原動力の一つとえるかもしれません。
化学的に証明されている食べ合わせは?
あまりありません。貧血対策で鉄剤を飲むとき,お茶と一緒に飲むと無機の鉄分の吸収が阻害されることは知られていますが,微々たるものです。多量に摂取すると他のものの摂取が妨げられるケースはあると思いますが,その作用は非特異的なので食べ合わせとは呼びにくいように思います。
ハエ等を食べる植物はどのような食性による生物分類になる? それらは光合成をしている?
ウツボカズラとかムジナモとかハエトリソウのような,いわゆる食虫植物と呼ばれるものは,主に取り込んだ動物を窒素源として利用し,炭水化物,つまりエネルギー源としては,他の植物と同じく太陽エネルギーを光合成で固定しています。従って,エネルギー的に見ればやはり独立栄養生物です。食虫植物にもまったく系統の違うものがあるので,これは収斂進化の一例といえます。
光が長い間空気を通ると力を失うのはなぜ?
可視光線に限らず,距離と時間と遮蔽が放射線防護の3原則と呼ばれています。放射線の影響は距離が遠いほど,曝露する時間が短いほど,遮蔽物があるほど,小さいということです。空気が遮蔽物として機能すると考えれば,太陽光が長い距離の大気を通過しなければならない高緯度地方の方が地表に到達するエネルギーが小さいのは当然でしょう。
警戒色とか擬態をする動物を見てみたい
画像の著作権の関係でイメージを表示するわけには行かないので,リンクしておきます。
自衛する蝶(擬態)では,【メスアカムラサキの♀,タテハチョウ科で無毒】と【カバマダラ,マダラチョウ科でトウワタを食草とするため有毒】の事例がわかりやすいと思います。
コスタリカの展示案内及びユカタンビワハゴロモ(頭部の拡大写真へのリンクあり)も面白いです。天敵がワニと見間違いをすることは実際にはないにしても,こんなに奇妙な形をしていることには,何か適応的な意味があったのでしょう。
CAM植物,C3植物,C4植物についてもっと説明希望。
種類C3C4CAM
二酸化炭素と反応する物質リブロース二燐酸(C2)ホスホエノールピルビン酸(C3)ホスホエノールピルビン酸(C3)
二酸化炭素固定時期昼間昼間夜間
固定後最初にできる物質3−ホスホグリセリン酸(C3)オキサロ酢酸(C4)オキサロ酢酸(C4)
光の利用光が弱くても光合成できるが強くてもすぐ飽和光が弱いと光合成能力は低いが強いほど活発昼間,有機酸を分解して高濃度二酸化炭素を作り光合成
事例イネ,コムギなど多くの植物トウモロコシ,サトウキビなどサボテン,ベンケイソウなど

C4では,葉肉細胞中でオキサロ酢酸ができ,それがアスパラギン酸かリンゴ酸に変化し,維管束鞘細胞に運ばれて高濃度の二酸化炭素を放出し効率的に光合成を行うことに寄与。CAMではオキサロ酢酸からリンゴ酸などの有機酸に変わって液胞中に保存され,昼間の利用に供される

全部一括して読む | 次回へ