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生態学第6回
「分布のパタン,移住,拡散,種内競争」(2001年5月24日)

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最終更新: 2001年10月14日 日曜日 23時58分

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講義概要

移住と拡散の意味
・厳密な区別はない
・どちらも生物の移動のある側面を表すコトバ。
・移住(migration)は,ある1つの種に属する多数の個体が1つの場所から別の場所に一方向性の移動を行うときに最もよく用いられる(例:鳥の渡り,ウナギの成長に伴う回遊,潮干帯の生物の時間移動)
・拡散(dispersal)は,複数の個体が他の個体(多くの場合,親あるいはその他の血縁個体)から離れて広がることを意味するときに用いる。能動的なものだけでなく,受動的なものも含む(例:植物の種やヒトデの幼生が親から離れて漂いだす,草原のハタネズミが他のハタネズミの移動とは反対側にバランスをとるように移動する,列島の上を陸鳥が生活場所を探して移動する)
分布のパタン
・移住や拡散といった生物の移動は,生物の分布のパタンに影響する
・分布のパタンには次のものがある
移住のパタン
・何度も往復する場合
・1往復のみの場合
・片道切符の場合
拡散のパタン〜探索的発見と非探索的発見としての拡散
・植物の種の飛散は,非探索的発見。受動的。
・動物にも非探索的発見として拡散するものもいる(池のミジンコなど)。
・中間的な発見として拡散するアリマキ(有翅型でさえ飛翔力が弱いので探索とは呼べない)
・英国のツバメの一種(sand martin)が探索的発見を求めて拡散するなど,探索的拡散は多いと思われるが,何種類の生物に見られるのかはデータがない。
拡散の効果
・分布域を広げ,遺伝的多型をもたらす
・他殖の可能性を上昇させる
・リスクヘッジ(時間的拡散としての休眠,例えば植物が種の状態で休眠するとか)
種内競争〜ここからは個体群レベルの話
・同種の個体は生存,成長,再生産のために,きわめて似た要求をもつ。これらの要求を全て満たす資源が十分に供給されないとき,これらの個体は競争を始める。
・一応の定義「競争は個体間の相互作用の1つで,供給が制限されている資源の欲求がかち合うことでもたらされ,それらの個体の生存,成長,再生産を低下させることにつながる」
種内競争の特徴
・究極の効果は出生力低下と死亡率上昇
・多くの場合,新たな資源を開発することにより資源のオーバーラップを避けようとする。しかし,互いに資源利用を妨害する場合も多い。
・一方的相互関係:強くて早い個体が勝つ
・競争が適応度を増す場合もある
・密度依存性
密度依存の死亡と出生
・密度がある程度低いうちは,死亡率は密度と独立。ある程度密度が上がると,密度とともに死亡率が上昇する。これを密度依存の死亡率と呼ぶ。しかし密度依存で死亡率が上昇しても暫くは出生数が死亡数を上回るので密度は上がり続ける。さらに密度が上がると死亡率の上昇が急になり,「過補償」状態になって密度は低下する。ちょうど補償するところで密度は定常になる。
・出生についても,密度がある程度低いうちは独立で,ある程度上がると出生率が下がり始め,ちょうど補償する点に収束する。
人口支持力(carrying capacity)
・ちょうど補償する場合,密度は一定値Kに収束する。この値を人口支持力または環境支持力と呼ぶ。
ロジスティック成長
・人口密度が十分に低いとき,個体群の人口増加速度は,現存量,すなわち現在人口に比例する。dN/dt=rNとなるので,指数関数的な人口増加(マルサス的成長)が起こる。
・密度が高くなってきて人口支持力に近づくと,人口増加速度は,現在量だけでなく,人口支持力と現在量の差の人口支持力に対する割合にも比例するようになる。これによって人口増加はS字状のロジスティック曲線になる。これをロジスティック成長という。dN/dt=rN(K-N)/K
・上記は連続時間で考えていいときに成り立つが,離散時間で考えねばならない場合は,差分方程式なるので,rの値によって大きく人口増加の様子は変わる。いわゆるカオスになる。
・さらに,密度効果がすぐに出生率や死亡率に影響せず時間遅れがある場合も,数理生物学の分野でいろいろ考えられている。基本的に減衰振動となる場合が多いように思う(ちょっと自信なし)。

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時間的拡散としての休眠の周期は? 長いものはどれくらい?
大賀ハス(写真が載っているサイト)というのを聞いたことがないでしょうか? 縄文時代に咲いてできた種が何千年も休眠していたものを,大賀一郎教授が昭和26年に咲かせたものです。その他にも,種の状態でならかなりの長期間休眠していることが可能な宿物はいくつもあります。
チンパンジーはどこで個体識別できる? もし微妙な顔の違いなら,どうしてそれが鳥では不可?
鳥でも個体識別できる場合もあるようです。しかし渡り鳥などでは,個体識別ができるほど長い時間その場所にとどまっていないことが多いです。
ランダムな分布と規則的な分布の違いは分布の形だけ? 基本的には同等では?
ランダムな分布は他個体と無関係な場合,規則的な分布は他個体と避けあう場合に成立します。
種内競争で「早い個体」の意味は?
成長が早いという意味です。
リスクヘッジとは?
危険を分散するということです。
ロジスティック成長は他種との関わりがあるとどうなる?
第7回と第8回にお話しします。
生物の絶滅が予測できるのはどれくらいまで個体数が減ったとき?
保全生態学の分野でMVPという理論があり,50個体を切ると絶滅の危険が相当高いことが数学的に示されています。レッドデータという言葉を聞いたことがあると思いますが,最近のレッドデータはMVP理論に基づいています。
ヒトは種内競争している? 種内競争している有名な種は?
他人の存在が自分の生存に影響しますから,種内競争しています。サバクワタリバッタのように,群集相と孤独相の相変異をする生物は,密度によって見た目が変わるという意味で,種内競争の様子がわかりやすいです。
ヒトが持ち運ぶことで受動的に移動した動物は受動的拡散といえるか?
言われてみれば,そう言えそうですね。
ヒトデなど水中生物は子育てしない? 渡り鳥や鮭は方向感覚や地理感覚をもっている?
この辺りの話に深入りすると動物行動学や生理学の話になってしまうのですが,渡り鳥は視覚で,鮭は嗅覚で場所がわかるといわれています。
プランクトンは何のために日内に上下動するのか?
植物プランクトンが昼間は光合成のために上層へ,夜は燐など他の栄養素が下層に溜まっているので下層へ移動し,動物プランクトンはそれを追うのだと考えられています。
再生産とは?
ほぼ「繁殖」と同義と思って良いです。出生との違いは死亡も考慮することです。
ロジスティック成長と高校で習ったロジスティック曲線は同じ?
同じです。

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