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生態学第15回
「資源管理」(2001年9月27日)

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最終更新: 2001年10月14日 日曜日 23時52分

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講義概要

資源管理とは?
▼例えば,クジラは食べていいか? という問題について,絶滅の危機に瀕しているから食べてはいけないという批判があるが,クジラの種類によっては増えすぎて餓死しているものもいるし,増えすぎたクジラによって魚が減少しているという指摘もあるので,心理的な側面を別にすれば,問題は「どれくらい食べてもいいか」ということなのだとわかる。マサバなども,乱獲すれば激減してしまうが,適正に獲っている限りでは個体数が維持され,安定した漁業資源となるので,「どれくらい獲るのが適正か」ということは大きな問題である。資源管理とはこの問いに答える考え方である。
▼ヒトによる捕獲を捕食と考えれば,この問題は,自然の生態系に対して1つの被食捕食関係を追加した場合に,どこまで捕食圧を高めても生態系が安定していられるか,という問いに帰着する。
資源管理の基本(狩猟でも同じだが,漁獲を例にとって説明する)
▼野生生物は自己増殖し,その個体数はロジスティック成長する。 dN/dt=r(1-N/K)N
▼漁獲は,野生生物を利用する人間の営為である。環境収容力Kに近い個体数があるときは,多少獲っても個体数は回復する。
▼単位時間当りCだけの漁獲を加味すると, dN/dt=r(1-N/K)N-C
▼Cが大きすぎると資源は枯渇する(絶滅する)。枯渇しないで獲り続けられるぎりぎりの量を最大持続収穫量(MSY)という。真のMSYは不明なことが多く,しばしば乱獲により資源は枯渇する。
乱獲の理由
▼割引率の効果:成長経済の下では,未来の価値が現在の価値より低く見積もられる。持続的に漁獲するより,今年獲り尽くして投資により利子を回収した方が経済的には得になる場合がある。
▼共有地の悲劇:自由競争の下では,自分が控えめに獲っていても,誰かが乱獲したらその損害は皆が受ける。抜け駆けが得をする。
▼資源が非定常であること(MSYの理論は資源が定常であることを前提にしているので,実際の生態系では役に立たない)
共有地の悲劇について補足
▼ハーディンが唱えた仮説で,「共同で使用されるあらゆる資源は,必然的にその資源の乱開発あるいは劣化を招かざるを得ない」意味で「悲劇」という。
▼環境問題そのものも「共有地の悲劇」と考えることもできる。例えば,「環境自由大学 青空メーリングリスト」に投稿されたICUの広木さんのメール[Bluesky:661]などを参照。
資源以外の要因
▼漁業者の後継者不足:東京湾などでは,木更津漁協組合員の平均年齢は60歳くらい。若い漁業者がいる漁種もあるが,年寄りと血縁はない場合が多いので,「持続的漁獲」への動因にはならない。
▼開発によって漁場を潰すときの経済補償額が,漁業による収益だけで判定されていること。自然の恵みを考えないと,現状を残そうという気になりにくい。
非定常資源の持続的利用
▼クラーク(1988)の理論によれば,CES(constant escapement policy),つまり獲り残し量一定方策が,長期的に見ればもっとも多い漁獲量を上げられる。
▼しかし,資源が減ってきて獲り残し量を下回ると全面禁漁になり,それが長期続くかもしれないし,何年続くかわからないので,漁業者は困ることがある。資源量以上に漁獲量が変動してしまうのが問題。
▼1/5漁獲の方が適応的。


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今日の講義のようなことを実際に漁を行っている漁師さんは知っている?/漁業者は数値などを気にしながら漁業をやっている?/一体誰が漁獲量制限を決めている?
▼細かい数式までは一々気にしていないと思いますが,漁獲高には(漁種によりますが)指定枠があるので,どれだけ獲れたか気にしながら漁業をやっているはずです。指定枠は,いろいろな情報を元にして,漁協ごとに漁労長が決める場合が多いと思われます。
資源が減って獲り残し量を下回るときが何年も続いているような時に1/5漁獲をしたら資源はどんどん減っていってしまうことにはならない?
▼減りますが,1/5なら,自然条件で死亡する仔魚の量に比べて,それほど大きなダメージにはならないと考えられます。
日本ではクジラを食べることにそんなに抵抗はないが,どうして西欧では抵抗があるのでしょうか?
▼文化的な理由でしょう。鯨油採取のための乱獲によってクジラの個体数を激減させた歴史や,自然保護のシンボルとしてのわかりやすさなど,さまざまな理由が考えられます。
「共有地の悲劇」のところででてきた,ツカツクリの写真を見てみたい。
▼上野動物園で実物を見ることができます。
今まで居なかった韓国などが参入することで乱獲につながって,例えばサンマの来年の漁獲量に影響を与えることもあるのですか?
▼浮魚類の場合は,もともとの変動幅が大きいので,その影響かどうかということは難しいのですが,影響がないとは言い切れないでしょう。
人間の行動が関与する事象は,科学的説明や理論が成り立たないのではないか?
▼科学的推論には,演繹,帰納,アブダクションの3つがありますが,自然現象には必ずといっていいほど確率的なゆらぎが入るので,現代の多くの科学は,その推論をアブダクションによっています。つまり,ポパーがいうように,反証可能性が大きな仮説を立てて,その仮説が反証されるまではとりあえず正しいかもしれないとしておく,というやり方です。その意味では,ヒトの行動や心理を入れたからといって,それだけで特別視する必要はないと思います。

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