枕草子 (My Favorite Things)

【第142回】 体脂肪測定について(1999年6月8日)

さっき独断と偏見のSF&科学書評の森山さんの日記を見たら,新しいメールマガジンを始められるとのこと。さっそく登録してしまった。一般への科学普及活動は大事だと思っているので,森山さんには大いに期待しているのだ。頑張ってください。

さて,例によってミーティングで紹介した論文の話である。先々週ここで紹介したネタはどうも教室ミーティング的には受けなさそうなので,その後別の論文を探していたら,偶然にも臨床栄養では世界一の専門誌であるAmerican Journal of Clinical Nutritionが無料で全文読めるトライアル期間中であるのを見つけたのである。これはしめたと思って,とりあえず今年の分をざっと眺めたら,出くわしたのがこの論文なのだ。

肥満のページで書いた(今日の話のついでに大幅更新してしまった)ように,体脂肪割合の測定にはいろいろな方法があるが,測定値の正確さに対して,測定手順の簡便さや費用の安さは,これまで往々にしてトレードオフの関係にあった。日々の肥満コントロールのために,いちいち水中体重秤量などやるわけにはいかないのである。最近,日本では,タニタの脚間BIA式の体脂肪計付き体重計やオムロンの腕間BIA式の体脂肪計がよく売れ,日常的な体脂肪チェックによく使われているようだ。新しいデバイスであることもあって,国際的な一流学術雑誌にはこれまで報告がなかったのだが,とうとうタニタのものが取り上げられたというわけである。

実は,タニタの機械のうちでも民生用のものは電池で簡単に測れることもあり,パプアニューギニアやソロモン諸島の調査で既に何度も利用している。目安程度と思って使っていた値に,American Journal of Clinical Nutritionのお墨付きが得られれば儲けものではないか? と期待は高まったのだが,それほど甘いものではなかった。以下,簡単に要約しておく(実は昨日ハンドアウトに打ったものなのだが)。

【背景と目的】
タニタの体脂肪計付き体重計は,非常に簡便な体脂肪測定機器だが,脚と脚の間のインピーダンスを測るため,測定のvalidityやaccuracyが保証されていなかった。この論文は,タニタの機械の測定値を,運動や食事制限の効果の検出を尺度として,gold standardである水中体重秤量法の測定値と比較し,信頼性を評価することを目的とした初めての研究である(ただし,使っている体脂肪計はTBF-105であり,日本版同等品のTBF-102は485000円もするし,AC電源駆動である。我々が常用している廉価版との違いは分解能と測定レンジで,動作原理は共通)。
【対象】
98人の肥満女性と27人の非肥満女性。アパラチアン州立大学(ノースカロライナ州)の周辺住民から,次の6条件で肥満女性を公募。
  1. 25-75歳,
  2. 糖尿病,ガン,心疾患を含む病気にかかっていない健康,
  3. BMIが25-65,
  4. 体重減少食事療法プログラムや運動プログラム(週3回,1回に付き20分以上の中等度から激しい有酸素運動)に参加していない,
  5. 慢性の痛み,睡眠障害,アレルギー,気分障害を経験したことがなく,全身性の感染,骨折,外科手術などを最近受けていない,
  6. タバコを吸わず,酒を濫用しない。

応募者からは,あらかじめランダム割付により4群(コントロール,運動療法,食餌療法,運動+食餌療法)に分けて体重減少プログラムに参加し,他のプログラムには参加しないという同意を得ている。非肥満女性は,肥満女性と年齢でマッチングし,週3回以上の1回に付き20分以上の運動をしていることとBMIが25未満であることを除けば肥満女性と同じ条件を満たしている。
【デザイン】
12週間の体重減少プログラムの前後に,水中体重秤量法とBIAで体組成を測定。MedGraphics社のCPX Express代謝システムで最大酸素摂取量も測定。調べることは,(1)ベースラインでの水中体重秤量法との比較によるBIAの妥当性,(2)体重減少プログラム間の効果の違い,(3)効果の違いが2つの体脂肪測定法で同じように検出されるか否か,の3点。基礎データとして身長と体重を医師用台秤と身長計で測定。
BIAの詳細:
タニタTBF-105を用いて両脚間のインピーダンスと体重から,タニタの提供した換算式を用いて体脂肪を算出。BIA検査ガイドラインに従い,測定条件として,
  1. 検査前4時間は何も飲まず何も食べない,
  2. 身体の水分を普通の状態にしておく,
  3. 検査前12時間はカフェインもアルコールも摂らない,
  4. 検査前6時間は運動しない,
  5. 検査前7日間は利尿剤は飲まない,
  6. 検査前30分以内に排尿しておく,

の6点を守る。直立不動で,水着か下着のみを身につけて,タニタの指示通りに測定。
水中体重秤量法の詳細:
BIA実施と同時に,対象者はできる限り肺から空気を排気するように努めて何度か水中で体重測定し,2回以上の再現に成功した体重の最高値をその人の水中体重とした。Goldman and Buskirkの式により体密度を算出し(おそらくD=WA/((WA-WW)/C-LV)であろう),残気量をSensorMedics社のVmax 229-LVを用いて窒素洗い出し法で測定して,Brozekらの式により体重と体密度から除脂肪体重と体脂肪割合を計算(注:どの式か記載がないのだが,おそらく最良とされている,f=4.570/D-4.412か?)。
体重減少プログラムの詳細:
運動プログラムは,Polarで心拍数をモニタしながら実施。まず3週間慣らし期間として最大心拍数の60-65%で25-30分の室内歩行を指導下で週4日,自習が週1日。次いで9週間,最大心拍数の60-80%で45分の室内歩行を慣らし期間と同じパタンで実施。運動しない群は,スタッフの注意が同等にかかるようにするため100拍/分未満の心拍を維持するレベルのストレッチと美容体操を運動群と同じパタンで実行。食餌療法プログラムは,まず栄養士の指導の下で3日間自記式食事記録をつけさせる。その後12週間,4.19MJ-5.44MJ/dの食事(1200-1300 kcal/dとなっているがおそらく1000-1300のtypo)を食品交換表に基づいたメニューで摂るように指示される。ほぼ毎週24時間思い出しをランダムにやらせて食事の遵守具合をチェック。チェックは11回。さらに,毎週45分の講義を受ける。
【統計解析】
ベースラインでの肥満群と非肥満群の差はt検定。測定法間の比較は対応のあるt検定とピアソンの相関係数,さらにBland-Altmanプロット(Lancetに1980年代に発表されて以来,ある測定法による測定値をGold Standardによる測定値と比較する方法として標準的に用いられ,これをやらないとacceptされない:基本的には横軸に2つの測定値の平均,縦軸に差をとってプロットするだけなのだが)。12週間の介入効果の分析は,4(群)×2(介入前後)の2元配置の繰り返しのある分散分析で,交互作用がないときDuncanの多重比較で介入群での効果をコントロール群と比較。
【結果】
ベースラインでの集計結果(表1)。運動療法群の運動実施割合は83-95%で,運動の程度もほぼ指定通り。食餌療法中のエネルギー摂取は5.31±0.16 MJ/d (1270±39 kcal/d),ベースラインの食餌療法群のエネルギー摂取は8.63±0.32 MJ/d (2065±76 kcal/day),非食餌療法群のエネルギー摂取は7.88±0.35 MJ/d (1884±84 kcal/d)。介入前の断面的測定値は表1と図1を参照。全サンプル込みでの2つの方法間の相関係数は0.78,インピーダンスインデックス(身長の2乗/インピーダンス)と水中体重法で求めた除脂肪体重との相関は0.54でそれほど強くない(先行研究では0.89という値がある)。2つの方法の対比は図1のBrand-Altmanプロットに見られるように系統誤差もなく良好な一致。介入中の効果は(表2),食餌療法をした群は体重,胴囲,腰回り,W/Hとも有意に低下した一方,しなかった群は有意でなかった。脂肪減少も食餌療法をした群に比してしなかった群は小さい。この結果を見るのに水中秤量法とBIAは同等に効果的(図2)。
【考察】
(1)除脂肪体重推定に,BIAは水中秤量と同じくらい有効。(2)手足両方を使うBIAについては肥満者については賛否両論あり,除脂肪体重を過大に推計するという報告が多く,推計式もいろいろあって混乱中。タニタの脚間BIAは,かなり広範囲の体組成と年齢の女性について一般化された式がある。(3)12週間のエネルギー摂取制限による脂肪減少は脚間BIAによって正しく検出できた。今回検出された除脂肪体重の減少は0.4-0.8 kgであり,行った介入から期待したとおり,ほとんどゼロであった。以上より,タニタの脚間BIA機器は,中等度の体重減少プログラムに参加した場合の体組成変化を正しく検出できると結論する。除脂肪体重が減少するような,もっと急速な減少プログラムの時に妥当かは今後の課題。

Alan C. Utter, David C. Nieman, Angela N. Ward, and Diane E. Butterworth (1999) Use of the leg-to-leg bioelectrical impedance method in assessing body-composition change in obese women. American Journal of Clinical Nutrition, 69(4): 603-607.

ぼくらがパプアニューギニアやソロモン諸島でとってきたデータに対してこの知見を適用する際に問題となるのは,(1)機械の精度が違う,(2)BIA検査ガイドラインを守るのがフィールドでは相当大変,(3)この研究成果は成人女性についてしか確認されていない,という3点である。(1)と(3)は今後のこの方面の研究の進展で改善されてゆくと思うが,(2)はどうかなあ,と思う。被験者に厳しい条件を強いてしまっては,せっかく簡易なBIAを使う意味が弱まってしまうのではないだろうか? その意味で,このガイドラインがうまく機能することはわかるにしても,フィールドの研究者が知りたいのは,どこまでこの条件を緩めても問題がないか,ということなのだ。自分たちで確かめるしかないのかなあ。

忘れないうちに書いておくと,人口学会での発表に使ったプログラムのダウンロードページには,発表の際に配ったハンドアウトのpdfファイルも置いておくことにした。ついでだから人口学のページからもリンクしよう。


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