枕草子 (My Favorite Things)

【第591回】 発表会その2(2001年7月17日)

今日は先週に引き続き人類生態学講義の発表会なので,始発で上野に向かっている。終電で帰って食事をして風呂に入って,いろいろ雑用をして1:00過ぎに眠りに就き,夜中に起きた娘の相手をして,5:30に起きて大急ぎで朝食を終え,食器を洗い,5:42に自転車を漕ぎ出して始発に駆け込むというのは,さすがにしんどい。たぶん眠ってしまうだろう。

やはり眠ってしまったが,大宮過ぎで目が覚めてよかった。研究室に8:00前に着いたのだが,最近はこの時刻でもパプアニューギニアからの留学生ベノさんがいるので,2番乗りだった。午前中は件の発表会に終始する予定なので,今日の勝負は午後である。

発表会が終わって戻ってきたら12:20だった。今日は口頭でコメントできたので(ということは裏を返せば学生間でのディスカッションがそれほど活発でなかったことを意味するので良くはないのだが),ストレスは溜まらなかった。が,やはりここで総括してしまおう(といっても血の粛清をするわけではないが)。

地球温暖化の発表はバランスが取れていた。基本的な情報を過不足なく並べたという印象を受けた。裏を返せば,個別トピックへの掘り下げることは意図されていなかったようだ。時間配分の都合もあるだろうけれど,もう一段掘り下げるとより面白いと思う。例えば,なぜ温度変化の速度がこれまでにないほど速いことが問題になるのか? とか。

二酸化炭素とエネルギー問題というテーマは,ちょっと気の毒だったかもしれない。二酸化炭素との絡みでは地球温暖化に触れないわけにはいかないと考えたのであろう,前半は地球温暖化の話に使ってしまったので,前の発表と重なってしまった。出題意図としては,エネルギー問題を二酸化炭素という視点で見たら? という含みがあったので,むしろエネルギー問題を焦点にしてくれることを期待していた。ぼくだったら,池内了「私のエネルギー論」(文春新書)の第5章に出てくるような,エネルギー源の本質的考察から入って,新エネルギー源の例としては,宇宙太陽発電を挙げて「ミウラ折り」を披露する。15分で発表するには大きすぎるテーマだったかもしれないが,コジェネの説明にしてもちょっと消化不良気味ではないかと感じた。

森林減少の発表は,いろいろな資料に目を通してまとめあげた労力には敬意を表するが,やや荒っぽかった。山が死ねば海も死ぬという例はソロモン諸島でも見られ,オイルパームプランテーション開発の結果,土壌流出で河口がふさがって海の魚やカニが減って,同時にふさがった河口部でハマダラカが繁殖したという話をしようかと思ったが,時間がなかったのでしなかった。

遺伝子文化共進化については,乳糖分解酵素活性を例にとり,主な仮説を説明していた展開は,ほぼ予想通りだった。緊張していたのかもしれないが,多少舌足らずというか,説明が消化不十分なところがあった。例えば,この事例で「文化」が何に当たるかくらいはきちんと説明して欲しいところだ。

最後の「21世紀の農業」は,発表者の農業への愛は伝わってきた。経済の原理から離れて,生命産業として維持すべきという気持ちはよくわかる。しかし,今何が問題になっているのかという論点の絞込みが十分でなかったように思う。脱経済という論点については例えば,ブルーベリーとかさくらんぼがいくら豊作になっても,人手が足りないことと,多量に出荷すると単価が下がることから,ある程度しか収穫しないままに腐らせてしまう例が多いことを考えると,農業と経済を切り離して,経済的利益がなくてもできるような仕事にすべきという論理は良くわかる。しかし,管理農業を進め,農業を工業に近づけた方が生産が安定するし作業は楽になるから仕事としての農業の魅力は増すだろうという,従来目指されていた方向性に対して,そうじゃないんだ,きついことも含めて作物を作ることが「生きているという実感が得られるんだ」という気持ちは,気持ちとしてはわかる人にはわかるのだけれども,実際に産業としての農業に従事したことがないからいえる戯言ではないかといいたげだった最後の実家が農業をしているという学生からの批判に答えられないようでは説得力に乏しいのだ。たぶん,持続性と自立性という評価軸だけだったら,雨と土に頼る農業は,風力発電と燃料電池を組み合わせたクロレラ工場というかつて描かれた未来図に勝てないし,味という評価軸を入れても,ハウスで水分をコンピュータ管理しておいしい野菜をつくる永田農法には勝てないと思う。米国が,なぜ農薬と化学肥料をばらまく農業から,Integrated Pest Managementのような方向へ転換したかということを考えると,土地の劣化が無視できなくなってきたからだが,その辺りの農法の比較なども含め,技術的側面にも踏み込んだ議論が欲しかったところだ。まあ,言いたいことは良くわかったので,発表としては良かったと思うが。

終了後,久々にまぐろ市場に行って,ねぎとろ丼大盛りと豚汁を食べてきた。美味だったので満足である。

午前中に力を使いすぎたせいで,ミーティングの頃には既に疲れ果てていた。ミーティング後に打ち上げがあって,へろへろになって終電1本前で帰宅した。上野から座れたので清水義範「やっとかめ探偵団とゴミ袋の死体」を読み始めたら,軽井沢辺りでさくっと読み終えてしまった。軽く読める佳作である。


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