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マスメディアへの要望

最近のマスメディアはあまりに情報の質が低すぎるので,改善要求をいくつか書いておく。余裕のある方は,4年前に日記で書いたマスコミの貧困や去年の2月に書いた報道責任も併せて読まれたい。

最終更新:
2002年 9月 10日 (火曜日) 22時10分 (2019年11月27日14:00,リンク先と文字コードだけ更新)
(1) インタビューに基づく記事で,発言を勝手に括弧で補わないで欲しい。
これは間違っていると害が大きい。テレビのテロップでまで括弧をつけて発言を勝手に補っていることがあるが,誤解を生むだけである。
発言の引用を示すカギ括弧内にある括弧は,書き手が勝手に補ったものだと解釈するのが日本語の約束事だから,本当はまったく違う文脈での発言かもしれない。発言の引用は,文脈が判断できるのに必要充分な長さで行うのが原則である。それができないなら,せめて地の文で解説するべきであって,勝手に括弧をつけるというやり方は,記者の理解力に全幅の信頼をおけば成り立つが,そうでなければ成り立たない。括弧付きでなくても,文脈を無視した発言の部分引用は止めて欲しい。
ついでに書いておくと,町の声とか有権者はどう考えているのかなどとと称して,恣意的な発言の取り上げ方をするのも止めて欲しい。何人にインタビューしてそのうちどういう基準で採用したかもわからないようなインタビュー記事は,物凄く作為的なのだが,何も書かれていなければ,たぶん聞き取った人たちを代表するような意見を取り上げたのだろうなと読んでしまいがちである。
発言のテープ起こしが間違っているのは,括弧つけ以前の問題でNGである。マスメディアとは違うかもしれないが,長野県サイトにテープ起こしされている7月5日の知事会見の冒頭,元発言には,『職員』の後に『の皆さん』なんて入っていない。
(2) 憶測を見出しにしないで欲しい。
20年くらい前までは,東京スポーツしかやらなかったことだと思うのだが,最近は全国紙まで平気でやる。忙しい現代人には,見出しだけで情報入手を済ませる人がいることを考えれば,見出しは記事の中身を正確に要約したものにして欲しい。
たぶん,商業主義の弊害である。目を引く見出しでなければ売れないから,憶測でも何でも書いてしまうのであろう。もっといえば,ここに書いた批判の多くは,商業主義の弊害かもしれないのだが。
(3) 学会や海外発信の記事は,ソースが辿れるような情報源情報をつけて欲しい。
新聞記事だけでは短すぎるし,専門性のある記事を非専門家が短くすると,どうしても不自然な部分が出てくるので,間違って紹介していないか確認するためにはソースに当たる必要が出てくるのだ。引用なのにソースを(辿れる形で)明記しないというのは,そもそも引用のルールに反している。
(4) 意見を書く記事には署名が欲しい。
マスメディアの権威に守られた匿名性が,記事内容に関するsensitivityを低めているような気がする。署名されていないと文責が明確にならない。
(5) 独自にきちんと取材して欲しい(裏を取るのは基本では?)。
住基ネット仮運用一日目の状況に関して読売新聞がした「トラブルはなかった」という報道は,まったく総務省の発表をそのまま流しただけで,事実を反映していなかったことは明白だった。同日の毎日新聞の報道と比べたら違いがあまりにも大きかったので,思わず吹きだしてしまった。ただ流すだけではプロフェッショナルの報道としての意味が皆無だと思う。取材に人手が足りないというのなら,記者なんて求人倍率が高いのだから,今の倍くらいに記者を増やして,給料を半減すればいい。本来好きでやっている仕事のはずだから,たぶん労働時間は半減しないだろう。相対的に取材密度は濃くなるはずで,報道の質は上がるのではないか。

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