山口県立大学 | 看護学部 | 中澤 港 | 公衆衛生学

公衆衛生学−7.老人保健・福祉

参照(次回へ

▼「シンプル衛生公衆衛生学」第9章,「公衆衛生学」第8章,第17章

▼制度,政策を中心に説明する。

内容

老人保健・福祉とは
●老人を対象とした保健・福祉。しかし,「老人」は何が若い人と違うのか? と改めて問い直してみると,その中身が曖昧であり,多様であることに気づく。
●加齢(aging)は生き物であれば必ず経験する。しかし絶対時間(暦年齢)と比例するとは限らない。「シンプル衛生公衆衛生学」には,加齢現象のうちとくに40歳以上の人々に現れる心身状態の変化は老化によるものが多い,と書かれているけれども,「40歳以上」に確たる意味はない。「老年」の定義も法律によって,また時代によって違うので注意が必要。
●老化現象について総合的に取り組む学問分野として老年学(gerontology)がある。東京大学の折茂肇教授たちが中心になって作った長大な教科書(「新老年学」第2版は東京大学出版会から1999年刊,36000円)がある。
●老年学研究から言われるようになってきたことは,老化には生理的老化(健康老化)と病的老化があって,前者は不可避なので(むしろあって当然であり,なかったら不幸かもしれない),後者をできるだけなくそう,ということである。
●もう1つ大事なことは,生理的老化(健康老化)が不可避であることと,資源の有限性のために地球が支えることができる人口には限界があることから考えると,保健医療や衛生状態が改善されれば,高齢化社会は必然的帰結だということ。つまり,少子高齢化社会は産業革命以降の人類社会が目指してきた到達点(日本人類学会サテライトシンポジウムにおける国立社会保障・人口問題研究所の金子隆一さんによる発表[http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/anthro2000/kaneko.pdf]を参照)。だから,問題はその解消ではなく,老年人口が多くてもうまく機能する社会をどうやってつくるかであろう。
老化の特徴
●老化(英語ではsenescence)には,形態的変化と機能的変化がある。普遍的,不可逆的,退行的変化。
●形態的変化:脳,胃,肺,筋肉など,ほとんどの臓器や組織の細胞数が減少。脂肪組織と膠原線維は増加。外見的変化としては身長や体重の減少,白髪,はげ,皮膚のしわ,色素沈着など。
●機能的変化:基礎代謝率,反応速度,眼調節能力,聴力など,諸生理機能が低下。代謝過程が低下。知的能力,心理的能力はそれほど低下しない(社会的知能はかえって発達する)。ただし,もちろん生理的変化と心理的変化には関係がある(例えば,正高信男「老いはこうしてつくられる こころとからだの加齢変化」中公新書を参照)。
加齢と疾病(生活習慣病)
●成人・老年期に多くかつ特徴的な疾患がある。1957年に成人病予防対策教義連絡会が厚生省に設置されたときから,これは成人病と呼ばれた。悪性新生物,心疾患,脳血管疾患は3大成人病と呼ばれ,他の成人病としては糖尿病,痛風,リウマチなどがある。日本では,1951年に結核を抜いてからはずっと脳血管疾患が死因の1位だったが,1981年に悪性新生物と入れ替わり,1985年に心疾患が2位になったので3位になった。1995年から心疾患死亡率が低下しているのは,ICD-10の採用に伴って死亡診断書の様式が変わり,「疾患の終末期の状態としての心不全,呼吸不全などは記載しない」とされたためである。心疾患死亡率は高齢になるほど高く,85歳以上では死因の1位である。
●1997年から厚生省公衆衛生審議会の提案により,それまで成人病と呼ばれていた疾病は生活習慣病と呼ばれるようになった。英語圏では慢性疾患(chronic disease),ライフスタイル関連疾患(life-style related disease),慢性退行性疾患(chronic degenerative disease),ありふれた病気(common disease)などと呼ばれる。複数の因子が関与して発生する(multifactorial),非特異的で不可逆的な疾患であるという特徴をもつ。
人口の高齢化
●2000年国勢調査結果では,65歳以上人口は全体の17.3%を占め,平均年齢は41.4歳である。65歳以上の老年人口は増え続けていて,2010年には22%,2020年には26.9%になるという予測が出ている。100歳以上老人(センテナリアン)も,1963年の153人から,2000年には12256人へと増加している。
2000年国勢調査による日本の人口
●山口県東和町は高齢化率日本一の自治体として有名で(2000年国勢調査では65歳以上人口割合が50.6%。人口は5255人,平均年齢58.1歳,年齢中位数65.4歳である),町全体が老人保養施設のような構造になっていて,ほとんど寝たきりの人はいないとのことである。藤正巖・古川俊之「ウェルカム・人口減少社会」(文春新書),松谷明彦・藤正巖「人口減少社会の設計」(中公新書)などが参考になる。
●65歳以上の高齢者がいる世帯の数は最近25年間に倍増し,2000年には全国で1500万世帯を超えている。全世帯の約3分の1にあたる。高齢者の一人暮らしも最近25年間に約5倍に増え,2000年には男性約55万人・女性約216万世帯に達している。高齢者世帯(男性65歳以上女性60歳以上の者のみまたはこれに18歳未満の者が加わっている世帯)の収入源は公的年金に頼る割合が高いので,高齢化は年金の破綻を招く(成長経済と人口増加を前提にして不当に安い掛け金設定がされていたので,こうなることは判りきっていた)。今後公的年金に頼れる可能性は低いので自助努力が求められる。
老人の健康
●厚生労働省の国民生活基礎調査*(結果の概要が平成10年[http://www1.mhlw.go.jp/toukei/h10-ktyosa/index_8.html]から平成13年[http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa01/index.html]までウェブで公開されているが,11年と12年は世帯と所得のみ)によれば,有訴者率(全国から無作為抽出した対象世帯の全世帯員について,何らかの自覚症状があると答えた人の割合。人口1000対)は男性より女性が高い。65歳以上では男女とも約半数に達している。症状の1位は男性が腰痛,女性が肩こりである。

*この調査は、保健、医療、福祉、年金、所得等国民生活の基礎的事項を調査し、厚生労働行政の企画及び運営に必要な基礎資料を得ることを目的とするものであり、昭和61年を初年として3年ごとに大規模な調査を実施し、中間の各年は小規模な調査を実施することとしている。

平成13年は、第6回目の大規模調査の実施年であった。

●身体機能が低下すると活動が不活発になり,それがさらなる身体機能の低下を起こすという悪循環に陥りがち。そうでなくても老人には自立した日常生活が不可能な人が多い(とはいっても,8割以上は自立していることに注意。柴田博「8割以上の老人は自立している!」ビジネス社,2002年が参考になる)。
自立と要介護
●要援護老人=要介護老人+虚弱老人
●要介護老人=寝たきり及び要介護の痴呆性老人
●虚弱老人=心身の障害または疾病などにより,移動,入浴等の基本的な日常生活動作について,必ずしも介助を必要とする状態ではないが,ひとりで行うには困難が伴いまたは相当時間がかかる
●要介護度の判定は,「痴呆性老人の日常生活自立度判定基準」及び「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」によって行われる。
●「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」:寝たきり者とは,下記基準のランクBとランクCを合わせたものをいう。
●「痴呆性老人の日常生活自立度判定基準」
●介護保険法の要支援又は要介護(ランク1〜5)と認定(後述)された者のいる世帯を世帯構造別にみると,三世代世帯が32.5%,核家族世帯が29.3%である。
●要介護者等を年齢階級別にみると,75〜79歳,80〜84歳,85〜89歳がそれぞれ20%程度。性別でみると,男性が32.9%,女性が67.1%。
老人の受療状況
●65歳以上受療率は1999年のデータで,人口10万当たり,外来が12824,入院が3909である。全年齢をプールしてみると外来が5396,入院が1170なので,高齢者が増えれば全体としての受療率が上がるのは当然である。
●地域間格差があり,とくに在院日数の違いなどから入院受療率は大きく異なる。埼玉,千葉,神奈川などは人口構造が若いから低いのだが,長野や山梨や静岡などに比べ,高知や鹿児島が約2倍なのは人口構造のせいではない。山口も高い方である。
生活習慣病の予防
●一次予防が大事(減塩運動は脳卒中発症の予防に有効であった)。食事,喫煙,飲酒,運動などが関与しているが,非特異的かつ多因子なので,完全なリスク除去は不可能。生活史を通した影響もあるので難しい。老人保健法では1983年からの事業で胃がん,子宮頸がんについては二次予防を重点化し,早期発見を目指した検診が行われるようになり,1987年から肺がん,乳がん,子宮体がんが加わり,1992年から大腸がんも加わった。
リハビリテーション
●身体的機能障害を回復させるだけでなく,精神面での回復を含む社会復帰を意味する。
●それを支える専門職として,医師,看護師の他に,理学療法士(PT),作業療法士(OT),言語聴覚士(ST)などの共同作業が行われる。生活支援のためには介護福祉士,ホームヘルパー,家政婦などの役割も重要。
老人保健・福祉対策
●治りにくいこと,複数の疾患に同時にかかりやすいことなどが医療費を押し上げている。70歳以上の老人に対しては,老人医療費支給制度により自己負担が無料になっているが,この分は市区町村が出しているので,財政的負担が大きい。
●老人保健法(1983年から),老人福祉法,介護保険法(2000年から)で主に規定されている。
●全体の2割しかいない要援護老人を重点的に対策されているが,健康を広い意味で捉えれば,successful agingのためのQOLの向上がターゲットであり,そのためには老研式活動能力指標などで測られる高いレベルの生活機能を高めることが大事。社会資本としてはバリアフリーの設計やフェイルセーフのシステムなど。
老人保健法
●条文はhttp://www.houko.com/00/01/S57/080.HTMで読める。
●目的は,「国民の老後における健康の保持と適切な医療の確保を図るため,疾病の予防,治療,機能訓練等の保健事業を総合的に実施し,もって国民保健の向上および老人福祉の増進を図ること」である。
●予防,医療,リハビリテーションを制度化し,包括医療を考えている点が特徴。
●中間施設(治療は老人病棟,家庭と同じ機能をもつのは特別養護老人ホームで,その中間の老人をケアする施設)としての老人保健施設の設置もこの法律に基づく。老人訪問看護制度も。
●老人保健施設に入所できるのは,病弱な寝たきり老人,病弱で寝たきりに準ずる状態にある老人,痴呆性老人。「病弱」とは入院治療は必要としないが医学的管理を要する状態をいう。
●医療以外の老人保健事業は「シンプル衛生公衆衛生学2002」p.263の表9-11を参照。
老人福祉法
●条文はhttp://www.houko.com/00/01/S38/133.HTMで読める。
●目的は,「老人の福祉に関する原理を明らかにするとともに,老人に対し,その心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な措置を講じ,もって老人の福祉を図ること」である。
●この法律に基づき,各都道府県レベルで,高齢者保健福祉計画(国レベルでは1986年に長寿社会対策大綱,1988年に福祉ビジョン,1989年にゴールドプラン,1994年に新ゴールドプラン,2000年にゴールドプラン21)が立てられ,活力ある高齢社会の構築を目指して実施されている。
介護保険法
●条文はhttp://www.kaigo.or.jp/bill.htmlで読める。1997年成立,2000年施行。2003年改訂予定。
●40歳以上の国民全てが加入する強制保険(保険料は65歳以上は市町村が決め,40〜64歳は加入している医療保険によって1人ずつ違う)。サービスが利用できるのは基本的に65歳以上(40〜64歳は老化が原因とされる15の特定疾病のみ給付対象となる)。なお,知的障害者施設入所者,重度心身障害児施設入所者,指定国立療養所などの入所者,身体障害者療護施設入所者,救護施設入所者は,既に別の制度で公的救済を受けているので介護保険の給付対象とならない。
●介護保険法で認定される要介護度は6段階。その他に非該当(自立)と認定される人がいる。
●在宅か施設かという大きな問題がある。在宅介護についての給付金(介護慰労金)についても議論がある。長野県は今年から半額にし,来年度から廃止の方針(市町村独自にも同趣旨の給付金はあり,それは別の話)。在宅介護が充実していることで知られる長野県泰阜村は,介護慰労金廃止に賛成しているが,その理由は,介護慰労金は家族介護を合理化してしまうからということである。施設が安すぎるという意見もある。在宅サービスに対してどれくらいの対価を妥当と感じるかという意識は現金経済への取り込まれ方によって違うので,サラリーマンと農家では異なる。実際問題として要介護度4や5の人は家族介護なしでは生きられないという指摘もある(鎌田實・諏訪中央病院長が「長野県版介護保険を丸ごと使う本2001」,信濃毎日新聞社,に書いている)。
●老人の介護の必要性をランクづけし,それによって利用できるサービスも料金も異なるという制度である。合理化のために導入されたわけだが,全国一律の制度であり,国と自治体の負担割合が固定されているために,住民がサービスを使うほど負担も大きくなるという欠点がある。とくに,65歳以上の高齢者の負担が17%(来年度からは老年人口割合が増えることを調整するために18%:この1%の違いは毎月数百円だが,年金生活者には決して小さくないらしい)と,直接の受益者負担がかなりあるため,払えないという状況が起こりうるのが問題。施設を利用する場合の方が割合としては給付が大きいので,施設利用率が上がると負担も大きくなる。先週末のNHK BS1のディベート番組で,厚生労働省の介護保険課長が規模が小さい市区町村で負担が大きくなりがちだと発言して,武蔵野市長に,だから都道府県を保険者にすべきだったし,全国一律ではなくて地域特性を考えて各自治体の自由度をもっと高くした制度にすべきだったのに,といってやっつけられていたが,地域間格差が大きいようである。長野県泰阜村のように在宅サービスをほぼ完全に村で抱えている自治体もある(東京都武蔵野市も在宅サービス料金についての1割の自己負担のうち,7割(つまり全体の7%)は独自に一般会計から補助を出している)一方で,地方には財源不足や人材不足で在宅サービスがどうしてもできない町村もある。

Correspondence to: minato@ypu.jp.

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